50.マンドラゴラ
マンドラゴラと言えば、魔術に用いられる事で広く知られる植物だ。伝説上では、引っこ抜いた時にそれが発する叫び声で死に至ると言われているが、こちらではそこまではいかなくても、やはり同様に声を発し、酷い錯乱に陥るのだと言う。
「長い事こちらでは生息が確認されていなかったのですが……」
注意深く耳を押さえながら、半分飲み込まれブルブル震えるマンドラゴラに司祭が驚きの眼差しを向ける。
「この橋が『悪魔的』なんて呼ばれるようになったのは形状の為もありますが、実際過去に橋の近辺で不可解な事故が続けて起きたからと言われているんです」
「コイツが原因かも知れねえな」
「良く分からんが、群生している可能性は?」
ウキクサが問えば、アルゴも司祭に顔を向け、「地域によって差がありますが……」と難しい表情を浮かべていた。
司祭は耳に当てていた手を離すと、苦り切った顔で「幸か不幸かーー」と僅かに首を振る。
「マナの濃度が高いほど、単独で動く性質のある植物です。ここが第三か第四界層であるならそういう個体だと思えるかも知れませんが……いや、こういった希望的観測は排除した方が良いでしょうね」
つまり、何匹もいるかも知れないという事だ。
「申し訳ないですが、もう少しの間飲み込まないで頂けますでしょうか?」
妖獣とウキクサを交互に見ながら司祭がそう言うが、もとよりダイフクの行動などウキクサにコントロール出来る訳ではない。無言でダイフクを見ると、マンドラゴラの飛び出している部分が激しく震え始めていた。溶け始めているのだろうか。
「……急いで貰えると、多分ありがたいな」
「分かりました」と急いで地面に何か描き始める。円形の、恐らく魔法陣というやつだろう。「音を消します。出ている部分を持っていて下さい」
飛び出している手足の部分をウキクサがしっかり把持すると、陣の中にダイフクが入っていく。ゆっくりと吐き出されるとともに、歪んだ顔のようなものが現れた。
「間違いなくマンドラゴラだな」
「ええ。緊急の島内会議を開きます。ご一緒頂いても宜しいでしょうか?」
「まあ、いいぜ。急ぐ旅でもないしな」
カミールが答えると、司祭は集まり始めていた野次馬に大きめの瓶を持ってくるよう頼み、「それと探知系に優れた者、土壌操作に長けた者を礼拝堂に集めてくれないか。二時間以内に、出来るだけ厳選したメンバーを。あまり言いふらすなよ。ーージャコメッティ兄弟に来て貰えるとありがたいが」
言われて直ぐに島の者が駆けてゆく。この島での彼の信用が窺える。
野次馬を数人現場保存の為に残し、一行は礼拝堂に戻った。アルゴに聞くと、「マンドラゴラは危険性がある生き物ですが、貴重な薬の原料にもなります。仮に群生しているとして、上手く活用出来れば島の財政に良い影響を齎せられるかも知れませんが……」
「実際には難しいでしょうかね」
そう言って司祭が笑う。
「魔法と農作に秀でた者が管理してこそ栽培出来るというものでしょうから。この島では残念ながら人的資源が足りませんよ」
「余所から人を呼ぶ訳にはいかないのか」
「それこそその道の一流が必要だろうよ。そう簡単な話じゃあないさ」
ヒト、モノ、カネ、何れもないのであればチャンスを活かす事も難しい。悲しいが、どこの世もこの点は同じようだった。
「コネもなければ、我々の持てるものは『忍耐』だけですからね」
そう返す司祭の顔には愁いの色が浮かんでいる。どうにかしたいのはやまやまだが、どうにも出来ないーーそんな諦念が口の端から僅かに滲んでいた。
開け放たれた扉口から専門家たちが入ってくる。大体の事情は呼びに行った者から聞いているのだろう、瓶詰めにされたマンドラゴラを見ると、皆緊張と興奮が綯い交ぜになった表情で司祭の周りを囲むのだった。「どうされるつもりですか?」と年配の島民が言えば、「まずは何とか捕獲出来れば、と」などと司祭は言葉を濁した。そうして二時間が経つまでの間に、皆が島の地図やらを取り出し、マンドラゴラが好みそうな場所や自分の力が使える役割を、各々精査し始めるのだった。
やがて背の高い、線の細い二人の青年が堂内に飛び込んでくる。彼らは一直線に司祭の元へ向かうと、「待たせた」とだけ言って長椅子に腰掛けた。それを合図に集まっていた者も手近な椅子に掛け、司祭に視線を集めた。
「お集まりいただきありがとうございます。まずは状況を説明しますねーー」
そう言って、ダイフクが見つけた経緯、そして皆を呼んだ理由を話す。ウキクサたちは島民からの視線を受けながら、黙って司祭の言葉に耳を傾けていた。
「……それでサルマン、お前はどうすれば良いと?」
線の細い青年の一人が司祭に向けてそう言った。良く見れば彼は耳が少し尖っているだろうか。司祭ーーサルマンは一拍置いて、
「全て捕獲出来れば良し、無理ならば警告を発する必要があるでしょうね。正直それ以上を望むのは、難しいかと」
「……どのくらいの時間を要すると思う」
そう問われ、サルマンは表情を更に真剣なものにした。
「時間自体は、数日もあれば問題ないでしょう。探知系の能力持ちは実物に接すれば探し出すのも早いという話でしたし、見つけたところを土壌の操作に優れた者が追い立てれば問題ないです。しかし……その間に被害が出ないようにするのが肝要かと」
つまり周知して、子どもなどが引き抜かないようにする必要がある訳だ。不用意に引っこ抜こうとした挙句叫び声に錯乱されては堪らない。それにーー
「……皆基本的に性向が善良だというのは分かっているつもりです。しかし……」
「カネになるのが分かってんなら、独力で獲ろうとしたり、何らかの手段に訴えて奪いに掛かる奴が出てもおかしくないな」
話に割って入ったカミールに、皆の視線が注がれる。集まった島民の一人が「まだ情報が広まってないから大丈夫じゃないか」と言うも、カミールは「ないない!」と即座にそれを斥け、
「俺らが見つけてからどの位の時間が経ったと思ってる。二時間だぞ。その間野次馬は集まって来るし、あんたらを呼びに人もやってる。マンドラゴラの件を聞いていなくても、特定の能力持ちが集められている時点で勘のいい奴は動き出していておかしくない」
「となると不味いな。直ぐに動き出す必要があるが……」
と、もう一人の細長いのが頭を掻きながら、
「そいつは分け前の点で、揉めそうだねえ」
のんびりそんな事を口にする。
実際彼の言は正鵠を射るものだろう。報酬については今この場で決める必要があった。
「……最初のこのマンドラゴラは発見者たちに。以降見つかるものに関しては、捜索チームに三割、残りは島の共有資産とする。但し、新たにマンドラゴラの存在が確認出来ない場合は……厚かましい願いだと分かっているが、どうか譲っていただけないだろうか」
そう言ってダイフクとウキクサを見やる。まあ正直、界を渡って早々に悶着を起こしたくはなかった。かと言って、ダイフクがそう簡単に獲物を譲るとも思えない。今瓶に収めてあるのは、あくまで一時的な保管の為、とそう捉えていると考えておくべきだろう。
「……アルゴに聞きたいんだが」
「なんでしょう?」
「このマンドラゴラ、売るとそれなりになるんだよな」
「そうですね」
「船を変更しようと思うと、やっぱりキャンセル料とか掛かっちまうかな」
偉丈夫が笑う。恐らく考えている事は同じだろう。カミールに至っては聞く必要すらない。先程自分の口で、『急ぐ旅でもないしな』なんて言っているのだから。介入する気満々だ。
線の細い男に「旅人をこちらの都合で巻き込みたくはない」と言われるも、こちらからすれば既に巻き込まれているのだ。
「乗り掛かった船を足蹴にしてまで次の船に乗るつもりはないよ。分け前を減らすようで申し訳ないが」
そう返すと何人かの島民が「参ったねえ」とわざとらしい苦笑を浮かべた。
「それで、実際のところ居そうなのか?」
訊くと呼ばれて来た一人が、「やってみない事には分からんが……」とサルマン司祭を見る。彼は僅かに頷き、瓶の下に敷かれた魔法陣ーー先刻と同じものだーーにマナを注ぎ込むと、「逃げられないよう気を付けて下さいね」と探知系の者を促した。
彼らは順に手で触ってみたり、僅かに舐めてみたりとそれぞれのやり方で情報を取得すると、島の地図の上に幾つか丸を描いていく。三人の探知系持ちに渡された赤青緑の色鉛筆で描かれる円は、描かれる順番は違うものの、最終的に皆同じ辺り、五つの地点に収束していく。
「ぴったり一致、ってやつだな」
カミールがにやりと笑った。という事はーー
「確定ですね。マンドラゴラの群生です。残り五体、被害ゼロで回収しますよ」
サルマンがそう言うと、皆力強く頷くのだった。
一体ずつ確実に。それが一団の方針だった。かと言って不用意に全員で行って強いて警戒させてしまう事もない。
そこで幾つかのチームに分かれる事になった。最前線で発見・捕獲する役割に探知系、土壌操作系、それと線の細い二人の内、会話の主導権を握っていた方。聞けば彼はここの保安担当兼村長のようなものであるらしく、であれば先程の様子も頷けるのだった。
第二陣はバックアップ。取り逃した場合の後詰めを担当する。こちらも同様に探知と操作、それに線の細いもう一人が務める。
サルマン司祭は探索持ち一人と礼拝堂に残り、各所に動きがないか目を光らせる役割だ。
「しかし……俺らは本当に遊撃でいいのか?」
「そもそも島の問題ですからねえ。旅のお方に頼るのでは、こちらとしても申し訳ないですから」
のんびりとした口調で線の細い男ーージルは言う。
「遮音に関しては、魔導具でどうにかなりますからねえ」
言いながら羊皮紙を取り出す。先刻サルマン司祭が描いたような紋様が描かれている。
「アルゴの錬金薬の方はどうだ?」
「もう少し掛かるんじゃねえか? まあ本人は、完成さえすれば簡単に連中を集められると言ってたが」
錬金術師アルゴは、礼拝堂で得たマンドラゴラの葉っぱの欠片をもとに誘引薬を作製している。万が一取り逃した場合、それで特定の場所に集めるのが目的だ。
「まあ、それが必要な局面にならない事を祈るがなーー始まるぞ」
前方に目を向ける。目的のマンドラゴラを見付けて、これから捕獲に乗り出そうという所だった。土壌操作でマンドラゴラから半径十メートル程が隆起し、保安担当が土から突き出た葉の部分を掴むとーー
ブチッ
何かがちぎれる音がした。引っこ抜こうとした訳ではない。自ら葉の部分を切り離したのだ。次の瞬間ーー
『××××××××!!』
聞いた事もない叫びが辺りにこだまする。第一陣の三人が思わず耳を塞ぐ。マンドラゴラは土の上を疾走すると、円を飛び越えようとする。
と、いつの間にやら動き出していたのか、ジルが飛び出し、力任せに棍棒を叩きつけた。
マンドラゴラが四散してゆく。あれでは価値が落ちてしまうのではないか。そう思っていると、
「住民の安全が第一です」
そう言って彼は爽やかな顔で破片を拾い集めるのだった。
「全く、おっかない事この上ないな」
カミールがボヤくが、ウキクサも全く同じ意見だった。こんなのがあと四体もいるワケだ。
「こいつはのっぴきならないな……」
思わずそんな言葉を零してしまう。島内には特に注意の触れが出されている訳ではない。徒に騒ぎを大きくするのは好ましくないという判断からだ。
見れば前衛の三人は叫び声を間近で聞いてしまい、なかなか立ち上がる事が出来ないでいた。
「……これはマズいんじゃないか?」
問えばジルは顔に笑みを浮かべたまま、
「うーん……マズいですねえ」
第一チームは一時戦線離脱だ。となると、後はバックアップ陣でどうにかするしかない。
「土を弄って警戒されてしまうなら、オーソドックスに気付かれないよう近付いて素早く引っこ抜くか、でなければその辺りを吹っ飛ばして始末するしかないんじゃないか」
ウキクサがそう言うと、一同がそれに頷く。実際それくらいしか、やりようがないだろう。
ーーと、保安担当を介抱していると、アルゴが丘の上から駆け下りて来る。錬金薬が完成したようだった。開口一番、
「これはなかなかな捕物になりそうですね」
「どういう事だ?」
神妙な表情のアルゴに問えば、
「今の叫びを感知されました」
感知された。つまりーー残りの四体が逃げ出したということだ。
「一番近いのは?」
「畑の方です。向かいますか?」
「そいつは移動し続けてんのか?」
カミールの問いに探索持ちの男は、
「いいえ、一度移動してからは動いていませんね。或いは土の中に身を隠しているのかも知れません」
「他のもか」
「ええっと……はい、そうですね。やはり一度移動してからは、動いていないようです」
ならばという事で、一旦礼拝堂まで第一陣の三人を運んでゆく。
「さて、これからどうするかだが……」
司祭は溜息をつきながら、
「まさかトカゲみたいに自切するとは思いませんでしたね……。遮音の魔法陣も、起動させる前にそれをされてしまうと、こちらとしては手の打ちようがないです」
「にしても、兄さんの注意が足りなかったとは思うけどねえ」
ジルが嘆息を零しながらそう言った。どうやらこの保安担当兼村長とは兄弟であるらしい。
「となると、プランBか」
言ってアルゴを振り仰げば、褐色の偉丈夫が力強く首肯する。そうして懐から、黄色い液体の入った小瓶を取り出した。
「十本ほど作製済みです」
「誘因薬か。良くこの短時間で作れたもんだな」
「全くだ。コレ、原材料とかなんなんだ?」
ウキクサとカミールが感心したように見ていると、「いやいや」とアルゴは苦笑する。
「マンドラゴラの実物が目の前にあるんですから、そう難しいものでもないんですよ。葉っぱを少々貰って、後はーーこいつを混ぜました」
ぬっ、と試験管を取り出す。
「『海坊主』です。マンドラゴラはマナが豊富な土壌を好みますからね」
「成程、上手くやるもんだ」
ジルや司祭は「ウミボウズ?」と聞き慣れない単語に首を捻っていた。それを無視してウキクサたちは、
「それじゃあ二回戦といこうか」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべるのだった。




