49.礼拝堂の司祭
第三部になります!
宜しくお願いしますー
「……なかなか面白い場所に出ちまったな」
黒花の向こうに出て最初に聞こえたのは、そんな言葉だった。瞼を上げればそこには二人の女性ーーを装ったカミールとアルゴの姿が、そしてその向こうには礼拝中の老爺、老婆の姿が、ちらほらと見られた。説教台のようなもののところには、司祭と思しき服装をした、若い男の姿があった。変異の為だろう、顔には鱗が浮かび、こちらを驚いた様子で見つめていた。
「失礼しました、どうぞ続けて下さい」
そうアルゴは言うと、カミールとともに近くの長椅子に腰掛ける。ウキクサもそれに倣い腰を下ろすと、ダイフクが膝の上に飛び乗ってきた。
「丁度終わるところでしたので、お気遣い頂かなくても大丈夫ですよ。これも主のお導きかもしれませんしね」
そう言うと司祭は両手を組み、
「この出会いに感謝を」
礼拝していた者も「「感謝を」」と繰り返しながら、笑みをこちらに向けてくる。
「あんた方も、幸多からんことを祈るぜ」
カミールがそう返すと、アルゴが顳顬を抑えつつ、小声で何やら彼に注意するのだった。
改めて辺りを見回すと、そこは礼拝堂の中だった。ゴシック様式というやつだろうか、柱は華美に過ぎず、それでいて静謐な空気が漂っている。ドームのような天井をアーチが支えており、実際以上に広く感じられる。礼拝が終わり、司祭がこちらに歩み寄ってくる。
「渡界者が直接礼拝堂の中に出て来られるのは、なかなか稀な事ですね」
ウキクサが握手すると、その手も鱗に覆われており、独特の感触にどぎまぎしてしまう。
「ここは第五界層……で間違いないよな?」
問えば司祭は慇懃に頷き、
「その中でも辺境の部類になりますがね。宿をお探しでしょうか。それとも船を?」
「そうですねえ……船は何本くらい出ているのでしょうか?」
「朝と昼、それと夕方に一本ずつ定期船が出ていますね」
「ならば折角ですし、夕刻まで色々と巡らせていただきます」
そう言って喜捨をすると、堂の外へ向かってゆく。「良い旅を」と見送る司祭の言葉を背に受けながら、ウキクサは小声でカミールに話し掛けた。
「……なあ、どういう事だ?」
「どういう事って、なんだ?」
「いや、船がどうこうって……」
「ああ、そういやあんたはマレビトだったな」
そう言うと笑いながら、
「単純な理屈さ。要するにこの界層が、そういうところだ、ってだけの話だ」
アルゴの手により扉が開かれる。
瞬間、眩い光に思わず目を瞑ってしまう。外は払暁の頃合いだった。
そうしてウキクサは、目の前に現れた景色に思わず感嘆の声を漏らす。
「……こいつは、なかなか」
そこに広がっていたのは、朝日を受けて金色に輝く海だった。近海には漁に出ていると思しき舟の姿が見られ、遠景には大小の島影が浮かび上がっていた。
「これが『群島』の第五界層だ」
「なるほど……島ばかりの所だと分かっていたから、最初から船の時間を訊いていた訳か」
「ほら、二人とも急ぎますよ」
いつの間にかダイフクを抱えていたアルゴが、こちらを急かすようにさっさと道を下って行く。アルゴも「はいはい」と大人しく着いて行っていたが、何か急ぐような理由でもあるのだろうか。
と、二人が人気のない草むらにスッと姿を消す。驚くのも束の間、再度二人が姿を現した時には、見慣れた元の姿に戻っていた。
「余裕があり過ぎですよ。そんなに長く保つ訳ではないんですから」
「分かった分かった」
アルゴの言葉は変装の事を指しているのだろうが、カミールは悪びれず手をひらひらと振っている。解除の場面を目にしたからか、ダイフクがテンション高めに飛び跳ねていた。
「それで、ウキクサはどうするんだ」
「ん?」
「予期せず別れちまったんだろう? 御一行と合流したいか」
「……まあ、俺は特段明確な目的がないからアレなんだが……何も言わずこれっきり、ってのも気持ちが悪いしな」
「ならやっぱり暫くは旅のお供、って感じだな」
そう嘯けばアルゴも、
「こちらもメルキュールの手掛かりはありませんからね」
と、そう続けるのだった。自分が居る事で旅の障害になりはしないかと思わないでもなかったが、まだこの世界について知らない事が多い。ここはやはり二人に着いて行くのが得策というものだろう。「改めて宜しく頼む」とそう言うと、「仰々しいのはやめにしようぜ」とやはりひらひら手を振った。アルゴは、「ああいう人なので、面倒臭いかも知れませんが勘弁して下さいね」と改めて握手してきた。
「ああ、そうだ。その前に色々と訊きたい事があるんだが」
「何でしょう?」
「この界層の『四つの領域』って、どういう感じなんだ?」
ダレイが別れ際に、そんな事を口にしていた。あの時は時間の関係もあり、詳しく聞く事が出来なかったが。
「そうですねえ……この界層は大きめな三つの島と、沢山の群島で成り立っているのですがーー」
言いながらアルゴが懐から地図を取り出す。右上と左上にまずひとつずつ、加えて中央下部寄りに細長くひとつ大島があり、その周囲には埋め尽くさんばかりに中規模、小規模の島が描かれている。大小合わせれば千を超えるだろうか。
「文字がやけに集中している所があるな」
見れば三つの島の間、地図の中央付近に異様に文字表記の集中している箇所があった。決して大きくはない、小さい部類に入る島々だがーー
「『本島』だな」
カミールがどこからともなく取り出した飴玉を舐めながら、そんな言葉を口にする。
「この界層の四つの領域のひとつだ」
「言ってみれば国のようなものですね。あの密集した一帯の、所謂俗称というやつです。他の三領域は、それぞれ大島がある所を中心にした一帯になります」
「現在地はどこだ?」
「ええっとですねえ……あ、すみません!」
アルゴが通行人に声を掛けて、何やら船着場への道を訊ねている。界を渡ってここに出る者は珍しくないのか、事情を説明すると「大変ねえ」と訊かれた方の年配の女が笑っていた。
「どうやら私たちは今、ここにいるようですね」
言って地図の中央左端、比較的左上の大島に近い辺りを指差す。地図上には『トライメンテ』と記されている。
「向かうならジヌーヴが近いか。ピセへの連絡船も探せばありそうだが」
「前者ですかね。ひとまずそれで行ってみましょう」
「……基本的に栄えている方に向かう、って方針か」
ウキクサが言うと、
「新聞に広告を打つとカネ掛かるしな。あいつなら多分都市部で占いしてるか、じゃなきゃ釣りしてるかだろ」
「或いは自分に対する予知能力も発現したという事でしたので、向こうから見つけてくれるかも知れませんがね。それにーー」
偉丈夫はウキクサの頭の上に乗ったダイフクを軽く撫でながら、
「結節点は四領域の中心部に出やすい傾向にあります。ひょっとしたら、お仲間とも合流出来るかも知れませんよ」
ダイフクがぷよぷよと揺れる。テトと行動を共にする事も多かったから、実は寂しかったりするのだろうか。
「……で、本当にさっきの司祭さんに言ったように、島を観光するつもりなのか?」
ウキクサとしては冗談半分に言った言葉だったが、『浜辺』の二人は大真面目な表情で、
「勿論です」
「アイツを探すのは真面目にやるが、それはそれ、これはこれだ」
言いながら揃って階段を下ってゆく。船着場でアルゴが夕方の便を人数分確保するや、「二度目の朝食は入りますか」などと言ってくる。意外に食べる方なのだろうか。そう思って傍らの解析学者に訊いてみると、「まああの図体だからな。俺ら程燃費は良くない、ってやつさ」
それでも大人しく着いて行くようで、海辺に面した軽食屋ーーイタリアのバールのような店に入り、エスプレッソを頼んでいた。ウキクサもカフェラテを、そしてアルゴは……
「お客さん、朝からなかなか食べるねえ」
そう言われる程度には、大量のパンがプレートに盛られているのだった。
「……なかなかカネが掛かりそうだな」
「まあ、払うのは本人だからな」
返しながらカミールは海の方向に足を投げ出し、暁に煌めく海を堪能している。アルゴはやはり優雅な所作で、パンを軽くちぎりながら、口元に運んでいた。
「『時差』の影響はゼロって感じだな」
「影響がありそうなら食事で脳をリセットしてしまえば良いんですよ。それより差し当たり、面白そうな場所が二つほどあるようですね」
アルゴが話を訊いた店員によれば、この島は界層の中でも長閑な所であるらしく、大した産業もないのだとか。島民は必要な分だけ魚を獲り、作物を育て、そうやって穏やかな日々を送っているという。
旅人もその原風景的な空気感を求めて時折訪れるとの事だったが、数は決して多くはないようだ。それでもそんな者が見に行く箇所があるにはありーー
「島の北側に位置する『悪魔的な橋』と、西側の『物見の塔』」
言いながら次々とパンを平らげてゆき、瞬く間に皿の上がまっさらになる。
「ここからだと、『塔』の方が近いでしょうか」
「まあ確かにそうだろうが……それより悪魔『的』ってなんなんだ? 『悪魔の橋』じゃあ問題あるのか?」
ウキクサがそう問うも、アルゴにしたって答えは持ち合わせていない。
「別に理由がある訳でも、大層な逸話がある訳でもないさ。田舎だからね。ちょっと変わった名前を付けたがるものなんだよ」
と、こちらは店主の言だった。
「早速行ってみるか?」
カミールの言葉に二人とも首肯すると、真っ直ぐ島を横断すべく、元来た道を戻ってゆく。自然、最初の礼拝堂の前を通る事にもなりーー
「おや」
先の司祭にも出くわしてしまう。
「……ああ、なるほど」
そう言いながらアルゴとカミールに目をやる。それも当然だろう。妖獣を抱えた旅人と一緒に現れた女二人ーー肌の色などは違えど、その背格好は目の前の二人と同じだった。彼が察したのだとしても、それこそ自然というものだろう。
「胡散臭いかい?」
カミールが自らそんな事を言う。司祭はそれに苦笑のようなものを浮かべると、
「一応それなりに色んな人を見てきたつもりです。あなた方は何かから逃れてきたとか、そういった人間ではないでしょう」
「そう言っていただけると助かります……それで、ちょっと道を確認しても宜しいですか?」
「どうぞ」と鷹揚に返す司祭にアルゴが『悪魔的な橋』の場所を改めて訊くと、「ああ、ならば折角ですし私もご一緒しましょう」と、そんな事を言い始めるのだった。
「宜しいので?」
「のんびりした島ですので」
と返事になっていないような言葉を返しながら、司祭は迷いなく道を進んでゆく。坂道のてっぺんから見下ろすと少し下に用水路が流れており、欄干のついた橋が架かっているのが見える。
「あれは……『悪魔的』じゃあなさそうだな」
カミールが言うと、司祭も「そうですね」と頷く。
「もう少し先になります」
更に遡ると、欄干のない橋が二つほど見えてくる。何れも古くから使われているのだろう。弧を描く橋は石積みだが、どちらかと言えば厚みがなく、心許ない。
「これが……?」
「いえいえ、これはただの古いだけの橋です」
そう言って更に奥を見遣る。視線の先にあったのはーー
「……なんだ、ありゃあ」
思わずウキクサは頓狂な声を上げてしまった。
そこにあったのは、奇妙な蔦が横に伸び、絡まって石化したかのような、そんな構造物だった。一応対岸とは繋がっているから、橋ではあるのだろうが……
「これは……『悪魔的』だな」
石の蔦はしっかりと編み込まれている訳ではない。寧ろ隙間だらけでーー油断すれば真っ逆さまに用水路へと落ちてしまうだろう。
加えてそれは橋の中程で丸く大穴が空いており、向こうに行こうと思うならば二メートル弱は跳ばねばならないだろう。
「稀に穴が塞がる事もあるんですがね。半ばまで実際に渡ってご覧になりますか」
「ジャンケンでもするか?」
そう言ってカミールが拳を突き出している間に、ダイフクが肩から飛び降りて身体を縦に長く横に長く、器用に橋を渡り始める。
やがて穴の前までくると、何を思ったのか、そこに勢い良く飛び込んだ。
「ダイフク!」
驚くのも束の間、妖獣は穴の中から勢い良く飛び出してきて、再び穴の中へーー
「……転落防止で、中に術を仕込んであるんですよ」
含み笑いを漏らしながら司祭がそう言った。なるほど、確かにそうでもしなければ、子どもや酔っ払いの事故が後を絶たないだろう。しかしトランポリンなどの実体のあるものではないから、正直心臓に悪い。そんな事を思っていると、
「……アレも、仕込んであったのか?」
橋の上に戻ったダイフクは、何かを咥えているようだった。緑の葉が見えているから、植物の類だろう。心なしか、ソレがピクピクと動いている気がする。
「まさか」
「へええ」
司祭とカミールが揃って声を上げる。何か珍しいものなのだろうか。アルゴに訊くと彼も驚いた風で、
「いやあ、私も久し振りにお目に掛かりましたよ」
言ってそろりそろりと橋を渡ってゆく。そうしてダイフクの側に軽く跪くと、
「間違いありません」
そう言って一行を振り返った。
「これはーーマンドラゴラです」




