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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
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40.仲介人

「『ユーリ』は術適性が干渉の原因になっている、と言っておった。それが三代に亘り同系統の力を継いでいるのなら、先代や先々代も同様の干渉を起こしやすいと考えるのは自然じゃろう。シド殿は自身の主義的にも手を出さなそうじゃが、ダナンはそうではないからのう。しかし……彼奴はすぐにそれを口にするのは憚られたのじゃろう」

 卓の上に座り、シアが傍らに置かれたナッツを齧りながら言う。対面で炭酸を飲んでいたワムジールが、「何でだ?」と口を挟むと、

「自信がなかったからじゃ」

「自信がない? 親子の間で自信もクソもあるのか?」

 一同は宿の部屋に場を移し、各々ゆったりと寛いでいた。カルミアはテトを枕に寝台の上でうつ伏せになり、ダイフクはポールハンガーを登ったり降りたりして遊んでいる。レイも疲れが溜まっているのか、凝りを解すように首を回しながら革張りのスツールに腰掛け、珍しく翼も軽く広げながら、身体のあちこちを伸ばしていた。

 別段シドの所が居心地悪かった訳ではない。それでも気兼ねなく寛げるかどうかは、別問題だったりするのだ。

「仕事の為とは言え、家を空けがちな父親。それでいて自分の時より明らかに重い症状。どうすれば娘の助けになれるのか。……最初から素直に『自分もなった事がある』とでも言えば良かったのかも知れないが、それをしなかったのは何故か」

 こちらはウキクサだった。ベッドに寝転がりながら、「私見だけど」と断った上で、彼は続ける。

「絶対に、間違えたくなかったんだと思う」

「どういう事だ?」

「娘に対する愛情は確かでも、それが相手に伝わっているかは別問題って事さ。ダナンは仕事の関係で、家を空けている期間が長いようだからな。毎日顔を合わせている家族なら、色々明け透けに言ってしまっても『ニュアンス』は間違いなく伝わるんだろうが」

 そう言うと身を起こして、ウキクサはワムジールから炭酸水を一杯貰う。

「顔を合わせる日が少なくなればなるほど、その辺りの遠慮のなさがなくなっていく、か。まあ確かにあの嬢ちゃんも割と控えめな性格だしな。押すとかえって引かれるかも知れんし、変な事を言って逆に信頼を失うような事にはしたくないか」

「ならまあ、一応ハッピーエンドじゃない。今後の事は分からないけど」

 うつ伏せのままカルミアは宣う。欠伸を噛み潰しながらで、今にも寝てしまいそうだった。

「ハッピーエンドっていうか、肚が据わったのかもな。ダナンにしても、『ユーリ』にしても」

 ロビーでの光景を思い出す。酒下しの使用歴と副作用について問われ、ダナンは申し訳なさそうな表情でシアの推論を認めた。次いで理由を話そうとして、しかしそれが紡がれる事はなく、代わりに深い溜息が吐き出される。佇む男の影は甚だ頼りなく思われた。

 気付けば『ユーリ』も何か言いたそうに、だが父親と同じように、言葉を成す前に飲み込んでしまう。

 しかし『娘』は代わりに――恐らくそれなりの逡巡があったのだろう――一瞬空を切りながらも、『父親』の手にそっと自分の指を触れた。

 その意味ははっきりこうとは言い表せないだろう。触れた指には様々な意味が包摂されている。ダナンはそれを優しく握り返し、そして娘のそれにそっくりな苦笑を浮かべた。

 それを目にしてしまえば、不思議とこちらの口からは何も言葉が出てこなかった。会話するでもなし、ただ手を繋いで帰る二人を、皆は見えなくなるまで見送ったのだった。

「……何だか、無性に伯父に会いたくなりました」

 レイがそう言うと、思わず皆の頭の中で、それぞれ会いたい人の姿が浮かぶのだった。

 成り行きで始まった旅だったが、改めてその目的を考えると、各々終着点は異なる所にある。

 レイにとって旅の目的は、伯父を探す事と、見聞を広める事にあった。

 シアは『塔』の人間を元に戻す為の何かを求めて。

 ダイフクやテトは単に興味本位で付いてきているだけと考えるのが至当で、いついなくなってもおかしくない。

 ワムジールは一連の騒動が決着を見たら、それを詩にしながら今度は第七へと向かうという。

 ダナン親子は当然、あの草原の家に帰るだろう。そこが帰る場所なのだから。

 カルミアがどういうつもりでいるのかは分からない。或いは惰性で付いてきているだけなのかも知れないが、この世界の事をもっと知っておきたいという打算は少なからず働いているだろう。……自分と同じように。

 自分の目的は何だ? 自分を見つめ直す為、ってやつか? 強いて形容するならそういう事だろうが、こちらにしたって成り行きでこうなっているのが実際のところだ。来た当初は独り森の奥で暮らしていたのだ。それで別段何という事はなかった。

 旅の仲間なんてものに期待しない方がいいだろう。求め過ぎない方がいい。……今が特別なのだ。それは重ねて、弁えておかなければならない。

(……しかしまあ、『特別』が悪という訳でもあるまい。それも併せて、覚えておかなければならないな)

 シャワーを浴びて部屋に戻ると、明日の朝が早いのもあり、皆既に眠りに落ちていた。長距離移動やらで、流石に疲れが溜まっていた。

 ウキクサもベッドに潜り込むと、想像以上の心地良さにすぐ目蓋が落ちてゆく。どおりで皆すぐに寝てしまうわけだ。

……そう思っている内に意識を手放して、気付けば朝を迎えていた。掛時計の音に目を覚まさなければ、皆寝過ごしていたかも知れない。

「身体が軽いな」

 それが起きた時の第一印象だった。まだ空の明け切らない時間帯だったが、数日来覚えなかった清々しさがあった。身体に溜まっていた(おり)が消えてなくなっている。

 皆もそのようだったらしく、ベッドに何かしらの付与がされているのかとも思ったが、従業員によればそんな性能はないらしい。但し質の良い第五界層の羽毛を用いているとの事で、そう聞くとどの世界でも良い物は良いのだなあと妙な納得感があった。

 ダナンは『ユーリ』と既に宿の前で待っており、開口一番「すまなかった」と謝罪してきた。「……意識を失うけど身体が勝手に動かされてるって感覚は、俺の中ではかなり扱いが難しいんだ。……いや、はっきり言うべきか。トラウマなんだよ」

 聞けば、一緒に飲んだ友人と死に掛けたのだという。自分が『意識』を、友人が『聴覚』を引いた時に火災が起きたらしく、その状態の『ダナン』が警告を発したり友人をどうにか助けようとしたものの、巫山戯ているのだと受け取られてしまったらしい。

 二人はどうにか外に逃れたものの、正気を取り戻したダナンは突如として自らを火の海の中に見出す羽目になった。

「あの時の恐怖は今でも忘れられない」

 そう語る男の表情は蒼白に近い。確かに、急に目の前に火柱が現れたら、それは恐怖以外の何者でもないだろう。パニックになる画が容易に浮かぶ。

「よく無事でいられたな」

「それこそ、運が良かったんだろうな。もう少し遅かったら、文字通り火の海に飲まれていた」

「友達は無事だったの?」

「ああ。……というより、君たちも会ってるよ」

 言われて恰幅のいい商人の顔が思い出される。

「アリーか」

 ダナンが首肯する。成程、だからシドに次いで真っ先に助力を求めたのか。自分が過去『意識』を引いた事を知っており、かつ様々な事情に明るい。幼馴染でやり手の商人との事だから、自分達のようなガヤがいても上手くボカす所はボカしてくれるだろうという期待も出来た。

「ま、あんまり気にしなくていいんじゃない? 誰でも言いたくない事の一つや二つ、あるわよ」

 そう言ってカルミアは伸びとともに欠伸を漏らす。そうして通りを歩きながら、「どっち?」とダナンを振り返る。親子はそれに苦笑いを浮かべると、「こっちだ」と間道を下ってゆく。

 夜の色がまだ残る空は、間道を下るに従い建物の影で一層細く薄明かりを絞られて、闇の色に塗り潰されてゆく。坂が階段になっていないのは救いだったが、舗装されてからかなり時日を経ているのだろう、時折窪みに足を取られ歩きにくいことこの上ない。

 その坂の下に、二つの人影が見える。一つは見覚えのある年配のシルエット、もう一つはそれと同じくらいの中肉中背、フードを被っている。

 まだ早い時間だからか、二人の他に通行人の姿は見られない。間近に近付いてみてようやく二人の顔の輪郭が顕わになる。

 年配の方は予想通りシドだったが、フードの方はやはり見覚えのない、若い男だった。暗がりでは何とも言えないが、或いはまだ成年に達していないかも知れない。

 シドはダナンを認めるや、「すぐに移動する」と足早に皆を促し、更に狭い路地に入ってゆく。先頭は例のフードだ。闇の中で良く苦もなく進めるものだと思ったが、或いはそれも術か何かを用いているのかも知れない。

 道幅が僅かに広くなった所で男は止まると、道の端に造られたまま放置された無用階段の横に立つ。

 これを登れという事か。

 シドがこちらを手招きしながら登り、最上段に達した次の瞬間、その姿が消えてなくなる。

 呆気に取られていると男は、「さあ」と皆を促す。明らかに尋常じゃない現象を目の当たりにしてそんな事を言われても困るが、テトとダイフクがとっとこ階段を登り切って消えるのを目にして、カルミアがそれに続く。妖精二人も、「良く出来ておる」と何やら感心して消えていき、他の面々も続けて登っていく。

 結局順番が最後になって登ろうとした時、

「あんたマレビトかい」

 とフードの男が話しかけてくる。「そう見えるかい」と返すと男は肩を竦め、黙って後ろから急かしてきた。そうして最上段に差し掛かるや――

「……っ、眩しいな」

 煌々と灯りに照らされた部屋の中に立っていた。壁は白一色で、何とも無機質だ。求道者の塔に少し似ている気がする。他の皆もふらふらと室内を歩き回っていた。

「……こんな大所帯なら予め言って頂きたかったですね」

 パーカーフードを被った男がそう発すると、彼に皆の注目が集まる。

 暗がりでは気付かなかったが、パーカーの色は赤い。七分丈のパンツは真っ白で、改めて見ると漠然と自分の頭の中に浮かべていた仲介人像とはかなりの隔たりがある。

 シドは、「すまんのう」と一応謝ってはいるものの、形だけで、悪怯(わるび)れた様子もない。

 ともすればこの大所帯はシドの巡らした一種の策なのかもしれない。何の為かは分からないが。

「まずは製作者からの回答を伝えさせていただきますが――別室に移動されますか」

「いや、構わん。ここで良いよ」

 恐らく自分達一向が到着する前に、事前情報として『あちら側』に状況などを話してあったのだろう。

「では……『伸び切った糸玉は巻き初めに力を要す為、自然には元の状態に戻り(にく)いだろう。治療法の見当は付くので、当方へ来られたし』。以上です」

「ほう、噂の製作者に(じか)で会えるとはのう」

「アリーたち商人でも辿り着けなかったのに。それだけユーリちゃんに興味がある、って事かしら」

「……失礼ですが?」

 パーカーはシドに説明を求めると、「孫の恩人じゃ」と皆が紹介される。

「――まあ、構いませんが……どの道辿れるようなルートではありませんので」

 何かしら術的処理(・・・・)が施されているという事だろう。離れず大人しく着いていく方が良さそうだった。

 部屋を出て一行は長い廊下を歩いてゆく。部屋と同じ白い壁で、やはり同じように照明があちこちに配されている。部屋は見られない。延々と続く一本道は、歩いていて不安になってくる。

 と、途中でテトが立ち止まり、何もない壁際に鼻を近付ける。パーカーに促されてようやく歩き始めるも、やはり気になる風だった。

「何かあったの」

 カルミアが問うも、山猫に返事を期待している訳ではない。逆にパーカーの方が、「大したもんだね」と半ば呆れ顔を浮かべる。

「あそこは別の場所と繋がってる。見えないように迷彩を施したんだけど」

 通用口のようなものだという。見た目には全く分からなかった。テトの嗅覚だからこそ見つけられたといったところか。山猫はお褒めの言葉を理解しているのかいないのか、ごろごろと喉を鳴らしていた。

 やがて廊下の端に、虹色に光る扉が見えてくる。玉虫や螺鈿のそれと良く似た――構造色というやつだ。

 それを抜けると現れたのは、四方を囲われた小洒落た菜園のような場所だった。

「ここで待っててくれ」

 中央の四阿(あずまや)に案内するや、パーカーはその向こう側、荊のアーチを潜って消えてゆく。

 妖獣組がそのまま彼に着いて行こうとするのを止めると、四阿の長椅子に掛けて菜園を一瞥する。

 つくりは所謂西洋式庭園のそれに近かった。しかしあくまでつくりの話で、庭園と呼ぶには強烈な違和感があった。

 原因はその『色』だ。草花の葉や茎はともかく、花弁までもが一様に緑に染まっている。

 薔薇の花も百合の花も、濃淡の違いはあれど緑一色。それでいて作為性の感じられない、自然な緑をしている。緑の描くグラデーションは、見る者に『眼福』という言葉を想起させる、美しいものだった。

 懐に収まっていたダイフクがうずうずと動き回りたそうに震える。恐らく有用な薬草でも生えているのだろう。

 と言ってここでそのまま好きにさせたら、野放図に動き回り庭を丸裸にしてしまいかねない。そうなればユーリの症状をどうこうなんて言っていられなくなるだろう。下手をしなくても賠償ものだ。「許可を貰ってからな」そう言うとダイフクは諒解したのか、ぽよんと一度震え、じっと欄干の上から優良物件を物色しているようだった。

「なんなんでしょうね、ここ」

「魔女草の類も栽培されているな。……緑変した草花は、マナの影響か?」

 レイとダナンが辺りを見回す。無用階段からここまでは特殊な魔術的通路だった。だからここが宝鐸の何処なのか、或いは宝鐸ではないのかすらも分からない。カルミアが植えられたものを観察しながら、

「酒下しの原料、とか?」

「それはあるかも知れませんね……どう見ても尋常な場所ではありませんし」

「これから対面する相手が、そんなに分かり易く手の内を晒すかねえ」

 趣味の自家菜園と呼ぶには、些か凝り過ぎている。またカルミアやシドによれば、珍種・希少種がそれなりの割合を占めるとの事だった。何かを目的に栽培していると見るのが至当だろう。空間自体も何かしら術の力が働いているのか、都市的な空気の濁りは感じられない。

「まあ、わざわざこんな回りくどい対面を望む相手だ。気にしても始まらないだろう」

 言っていると荊の向こうから、足音とともに金属の軋む音が近付いてくる。

 程なく姿を現したのは、例の赤いパーカーと、彼が押す車椅子にのった白髪の男だった。それなりに年配で、シドまでは行っていないが何よりは上だろうか。少なくとも見た目からはそんな印象を受ける。

 表情は硬く、無愛想というよりはぎこちない。満足に動けなくなって久しいのだろうか、上背がありそうな男は幾分頬が()け、全体的に線が細い。筋肉が削ぎ落とされてしまっている腕や脚は、枯れ木のような頼りなさだった。

 しかしそんな儘ならぬ身体を他所に、瞳だけは爛々と、強い生命力を宿している。明らかに、生半可な人物ではない。そしてパーカーが連れてきたという事は――

「……『酒下し』の製作者の方、ですね」

『ユーリ』がそう言うと、男は一度、ゆっくりと瞼を落とし、彼女にその双眸を向けるのだった。

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