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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
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29.立夏の祭

 立夏の日に商談を行うという習わしは、遥か昔に遡るという。一説によれば、稲や麦の播種を終え刈り入れにはまだまだ先のこの時期が、気候的にも人が集まるのに都合が良く、自然と商いの話を纏めるられるようになったのだとか。それが後代、『古典会』と呼称されるに至り、より大規模に業種を問わず、多くの者が商いに集まり互いの健康を喜び合うようになった――と、事情に疎いウキクサやカルミアに、レイはそのように解説する。

「赤格子、マサメ、カン」

 壇上では例の男が何やら読み上げていた。どうやら競りの結果発表であるらしく、どの馬が誰によって幾らの値段で競り落とされたのか、そこまで詳らかにしている。その度一喜一憂する声が微かに漏れ聞こえる。牛馬が興奮しないようにという配慮らしいが、それなら外でやればいいのにと思ってしまうのも当然だろう。そうダナンに言えば、「その通りだな」と彼は含み笑いをしながら、「でもそれじゃあ、特別感がねえじゃねえか」ニヤリと口の端を上げそう返してくる。敢えて牛馬のいるところでやる点に、彼らの強いこだわりがあるらしい。

「緑三、ジャガラ、ピンピンロク」

 司会がそう言った途端、ダナンがグッと拳を握る。続けてユーリに向かって、ゆっくりとサムズアップした。「良かったね、お父さん」と彼女も表情が綻んでいることから、馬がそれなりに良い値段で取引出来たのが窺えた。

 その後も読み上げと一喜一憂は続き、やがて「それでは」と司会が一同を見渡して、開会の時と同じく腕を天へ差し伸ばす。

「これにて立夏古典会を閉会致します。御歓談はどうぞ白慶館二階へ」言うとそそくさと壇上から降りる。皆も無言で何やら紙を受け取りながら、奥の通路からぞろぞろと出て行く。

「色々と訊きたいことがあるんですが」

「おう、なんだい」

「淡々としてますけどここで買い手の人とすぐに手続きやらを始めないのか、とか。何故もっと広い開けた場所でやらないのか、とか」

「尤もな疑問だな」

「でも取り敢えず訊きたいのは……あの男のポーズ――腕を上に向けて伸ばしてましたけど、あれはどういう象徴的意味合いがあるのでしょうか」

 祭というのは概して神事に端を発するものだ。神に捧げる儀式の意味合いもあるならば、結果発表のみを『古典会』と称し、生々しいお金のやり取りをその外に置くのも頷ける話だった。やる気のなさそうな声をしていた男が急に声音を整えてあのような所作をするからには、何かしらの意味があると見るのが至当だろう。大自然への感謝なのか、豊穣神への祈りなのかは分からないが。

「ああ、あいつは演劇好きだからな。趣味だろ」

「……」

 とは言えダナンによれば、考察自体は当たらずとも遠からずらしい。

 通常彼らの競りには売り手だけでなく買い手も同場し、その場で即時の利益に繋がらずとも、そこで築き上げた関係を大事にするのだという。

 しかし『古典会』では、敢えてこれが排除される。売り手と買い手、それぞれ同時に、別の場所で結果が明かされる。そうする事で、この頼りない世界でどうやって生きているのかということを彼ら自身忘れないようにする意味があるのだとか。

 ただ決まり自体は比較的緩いようで、直前まで同じ場所に居ても差し支えはないらしい。確かに開会時の人数に比して、場内に入った当初の人数の方が明らかに多い。

 また男の言っていた『御歓談』の意味だが、これは具体的な金銭のやり取りを指すという話だった。更にその後酒を飲んだりもするらしいが、稼いだ金を直ぐにスってしまわないよう、各自銀行のようなものに依頼して簡単には引き出せないようにするのだとか。

「まあそんな訳で、悪いがこっからは関係者以外入れなくてな。宿は五、六軒隣だからすぐ分かると思う」

 一通り『歓談』が終わるのは夕刻頃と聞き、一行は後で宿のロビーで落ち合うことにして、一度親子と別れる事にした。目と鼻の先にあった件の宿は四階建てで、それなりに年季は入っているものの、界隈では最も高い建物だった。時期も時期な為、「大部屋しかなくてねえ」と主人は申し訳なさそうだったが、通された部屋は三階で比較的見晴らしが良く、不満に思う要素は何もない。

 街を歩いていても祝祭的な空気は十分感じられたが、窓から見下ろすと祭そのものの姿が見えてくる。露店はそこら中に見られるし、若い男女の姿があちこちで見られた。相手を探してウロウロしている者も多いし、同性でつるんでいる奴もいた。自分にも覚えがあるが、若い者にとって祭は口実なのだろう。寧ろ出会いの場という側面の方が大きい。奥の方にはちょっとした競技場のような建物があり、大人数でフットサルらしき種目に興じていた。

(……ユーリには向かないかもな)

 率直に言って、控え目な彼女が嬉々としてこういう場所で楽しんでいる様が思い浮かばない。女友達と退屈そうに歩いていたら同級生の男の子たちと会って、流れで一緒に祭を楽しんで、その中の一人と仲良く――なんて流れも、彼女は期待出来ない。離れた所に暮らす彼女に同年代の知己はいるのか、それからして既に怪しい。穿ち過ぎだろうか。

「屋台の食べ歩きがしたいわねえ」

「路銀の無駄遣いは出来んぞい」

「まあ、一応の余裕ならありますので……」

「流石レイくん!」

 言いながらカルミアがレイに抱き着く。とそこで思い出して、

「服は買いに行かなくていいのか」

 以前話していたことだが、自分を含めた彼女以外の面々も服が必要だろう。魔法で綺麗にしているとはいえ、毎日同じ服を着なければならないのは精神衛生上良くない。可能ならば替えが欲しかった。行き交う人々が纏っているものには、現代的ではないものの、デザイン的には向こうのものとあまり大差ないものもある。そういう意味ではこちらは地味なものを着ているので、変に浮かず、ありがたかった。ただ他に東洋風のもの、西洋ファンタジー的なものと、意外に種々雑多、色も様々で鮮やかだ。そういう意味では、通常の洋服以外を選んでも良いかもしれない。

 しかしこれに対しては、即座に「ノー」の言葉が返ってくる。理由を訊くや、

「だって服選びがそんな短時間で済むワケないじゃない」

 使える金が限られているなら尚の事、と彼女はそう力説する。つまり明日以降、じっくり時間を使って、納得の行くものを買うつもりなのだろう。

 店主に翌朝の朝食だけ頼んで街に繰り出し――もっと言えば屋台の多い方へと足を向けると、四方から美味そうな香りが漂ってくる。串焼きは勿論、固焼きにした麺や蒸し料理の類、甘味も綿飴やチョコバナナの他、かき氷やアイスクリームなんてものまで売られている。見れば冷凍庫のようなものに魔力を供給して状態を保っているようで、それぞれ飛ぶように売れていた。

「お主らも食ってみい! この塊肉は堪らぬぞ!」

 言いながらシアが体重に倍する大きさの骨付き肉に齧り付く。透明な肉汁を滴らせながら食べ散らかす様は、側から見ていてなかなかにはしたない。金の無駄遣いは出来ないとかなんとか言っていた当人がこの有様だ。レイの懐から各自銀貨一枚分ずつ渡されてはいるが、飲み食い射的と、すぐにでも使い果たさんとする勢いで使っていた。同レベルであちこち買い回っているのがカルミアで、甘味やちょっとしたアクセサリーに加え、得体の知れない小さな民芸品も購入していた。

「……竜を象っているのか」

「精霊のもあったけどね、ウチには本物がいるから」

 彼女の手の中には、親指大の、小さな木工人形が収まっている。ご丁寧に、紐を通す穴まで付いている。見る人が見れば、南洋のミニチュア神像を思い浮かべるかもしれない。そこへテトとダイフクを引き連れ、「縁起物ですね」そう言いながら懐かしそうな眼差しをレイが向ける。片手には包み紙に覆われた細長いサンドを持っており、油漬けされた小魚が端から飛び出していた。「店にも飾っていましたよ」

「何かご利益でもあるのか」

「御利益と言いますか――二つ目の異界を拓いた時のお話はご存知ですか」

「少しだけ」とカルミアがポン菓子を摘みながら言うと、レイが解説を始める。

「嘗てこちら側に世界が一層しか存在しなかった頃、様々な自我のある存在が凝ったのですが、竜や妖精はその力でもって魔法という概念を創造し、界を積層構造にする形で拡張しました」

「何時ぞやシアから聞いたことがあるな」

 この地の創世神話と、それからの大まかな歴史の流れを話した時に言っていた筈だ。

「『向こう』の世界で使われている自然科学の技術は最早進み過ぎて、『こちら』には容易に転用出来ません。しかし代わりに魔導科学が発達し、生活に欠かせない要素となっています。あそこのアイスクリーム屋も、魔法の恩恵がなければ商売自体が成り立たないでしょう」

「ああ、何となく分かってきたかも」

 言ってカルミアが指を舐める。

「つまり『こっち』の基盤になっている魔法や異界の存在に感謝しつつ、各々新たな挑戦が上手くいきますように、みたいな?」

「加えて両種族は長命で、界渡りも出来ると言われていますからね。この地に定着している者は長久繁栄を、変異を忌避する者は逆に元の世界へ戻れるように、という願掛けの意味があると聞いた事もありますね」

 主義思想は違えど、そういったものに何かしらのポジティブな意味を見出す辺り、人間根っこの部分ではそう変わらないのかも知れない。

「要するに祭は楽しむものということじゃ! 終わってからじゃ何の意味もないぞい!」

 そう言って骨付き肉に焼きもろこしを持ったシアがレイの頭の上に乗る。香ばしい匂いが漂い思わず生唾が溢れそうになる。

「特にウキクサ、お主あまりこういうのには顔を出さなかった方じゃろう」

「そんな事はないぞ。小さい頃は良く行っていた。まあ、それなりの年齢になってからはとんと行かなくなったが……」

「最後に行ったのはいつじゃ」

「まあ、普通に十数年前……」

「カァッ!」と奇声を上げて妖精は被りを振る。「そんなのは行った内に入らんわ! 他に遊興には行かなんだか? 音楽でも観劇でも」

……確かにあまり遊びに行く方ではない。精々年に数度、友人と飲みに行くくらいのものか。スポーツ観戦などにも行っていない。どちらかと言えば、そういったイベント事や映画、ドラマなどの類は、いつからか一切見なくなってしまった。一時の興奮に時間を費やすことが無駄に思えていたのだ。かと言って、その代わりに時間を費やしたものが有益だったかどうかは、何とも言えないが。

「まあその辺は個人の自由、ってやつじゃないか。別段それで誰かに害を与えているのでもないし」

「何言っとる。与えとるに決まっとるじゃろ」

「え?」

 思わず目を白黒させていると、

「お主自身に対してじゃ」

 そんな事を妖精が口にする。

「良いか。糞真面目というのは美徳ではあるかも知れんが、決して美点ではない。何かに打ち込むという行為は耳馴染みは良いが、それだけ思考の幅も、人生の可能性も狭めるものじゃ。物事に対する興味を失っていると言い換えても良い。一度破局を迎えたなら、後には心身ともに疲弊し切った自分か残るだけじゃからな」

 言葉と裏腹に、シアの目にはそれ程真剣な色は浮かんでいない。別段期待はしていないのだろう。或いは、今まで何度も同じ言葉を掛けては、甲斐なく隘路(あいろ)に嵌まり込む者を見てきたのかもしれない。

「じゃから好きな事をするという行為は、人生に『あそび』を作ることでもあるのじゃ。幅や可能性が生まれるし、視野が広がる――まあ、飽くまで儂の考え方じゃ。参考にしてもせんでも宜しい」

「いや、参考にさせて貰うよ」

 言ってひょいと焼きもろこしをシアの手から取って、ひと口頂戴する。噛むほどジューシーな味わいが口いっぱいに広がってゆく。「これ! 儂のもろこしじゃ!」とか喚き始めたのでもうひと口だけ齧って返すと、「後で請求するからの! 食べ物の恨みは怖いんじゃからの!」と子どもみたいな反応を見せる。これは面倒臭いことになる前に、話を別の方向に向けなければ。

「ところでお前さんの仲間って、ここら辺にもいるのか」

 膨れっ面のシアに訊けば、「多分おるぞ。透明化でも使っておるんじゃろう」

 事もなげにそう返される。

「え、普通に?」

「普通に。まあわらわら群れている訳ではないからのう。屋台の辺りを良く見ていれば、恐らくその内出てくるぞい」

 言いながら骨付き肉に齧り付く。ならばと並びを見ていると、

「あっ」

 確かにパッと姿を現しては、金と引き換えに食べ物を貰っていく姿が。

「まあ流石に第七には殆ど居なかったろうがのう。本拠とは比ぶべくもないが、まあこの界隈なら、それなりにはおるだろうよ。ヒトが千に対して一くらいはおるんじゃないかえ」

「……道理で皆驚かない訳だ」

「お主の所だって、舶来の言葉を話す者がいたくらいでじろじろ見る訳でもあるまい。この界層では少数かもしれんが、ただそれだけの話じゃ。深部に向かうほど数も増えるしのう」

 尤も、と精霊は指を舐めて続ける。

「竜種が現れたら、流石に珍しがられるがのう。あ奴ら、種族的にも傾向としてあまり下層まで降りてこんから」

「竜って、あの竜だよな。とにかくデカい」

「その竜じゃな。『向こう側』で言うところの東洋型も西洋型も、両方おるぞ」

 そんなものが空に現れたら、或いは歩いてきたら、珍しがられるどころじゃない騒ぎになりそうなものだが。「大丈夫なのか」と問えば、「人化出来るから問題ない」とのことだった。

「そっちの形態の時は見た目はほぼ人と同じじゃが、分かりやすく角やらが生えておる」

 何れ目にする機会もあろう、とシアはパタパタ飛んでいき、今しがた現れた同族に声を掛けに行けば、「ようお仲間!」とあちらももろこしを頬張りながら言う。

「楽しんでるかい!」

「この界隈の祭は久し振りじゃが、やはり良いものじゃのう!」

 ハッハッ、と向こうの妖精は笑うと、「やっぱこういう賑やかなのはいいもんだからな! 中心部の祭も嫌いじゃないが、俺はこっち向きだよ」

 言ってもろこしに齧り付きながら、オススメの屋台をシアに教える。何となく皆でついて行ってみるとそこは串焼き屋で、「火の通し方が抜群でな、これに麦酒(ビール)なんか飲んだ日にゃ反則ってもんよ!」

 終始ハイテンションな妖精は既に二、三杯引っ掛けているのだろう、少しばかり頬が紅潮している。

「お主らもどうじゃ!」と既に飲む気満々になっているシアがこちらに訊いてくる。こちら側に来てから酒はまだ一滴も飲んでいない。強いて飲みたいかと問われれば、別に要らないというのが偽らざるところだが、その味には少しだけ興味があった。

「なら頂戴するよ」

「おっ、あんたもイケるクチかい!」

 バシバシと背を叩いてくる陽気な妖精に薦められるまま串焼きと麦酒を買うと、まずはひと口、肉の方をいただいてみる。

「……悪くないな。食べたことのない味でちょっと戸惑ったが、脂が上品で食べやすい。野趣も感じられるのが、またいいな」

 言ってから麦酒を口に含むと、これまた何とも言えぬ芳醇な味わいが広がっていく。

「この苦味は好みだな」

 訊けばこの世界では有名な酒蔵であるらしい。ガラスのジョッキは瞬く間に空になってゆき、最後の一滴を飲み干した瞬間、手の内で溶けて音もなく消えていった。魔法のなせる業だろう。

「因みに肉は、ファボリケの肉じゃ」

「……」

 自分には耳馴染みのない生き物だが、反応から察するに、レイは知っているようだった。しかし何とも言えない表情で黙り込まれてしまうと、何だか不安になってくる。「レイはどうじゃ」という誘いにも、「いえ、もうお腹いっぱいですので……」と目を逸らしながらあからさまな少食アピールをする辺り、一層不安になる。

 いや、俺、何を食わされたんだ――そう思っている横からカルミアが同じ物を注文しているので、価値観というのは十人十色だなあと、妙な意味で関心する。

 と、遠くから喇叭の音が聞こえてきて、それと共に人が大勢、一方向に流れてゆく。

「ここの名物が始まるぞ」

 例の妖精もそちらに向かって飛んでゆく。

「名物ですか」

「ああ」

 妖精はニヤリと笑みを浮かべ、

「『馬寄せ』だ」

 そう言って、懐の金を握り締めた。

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