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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
30/78

28.古典会

 三つの影が草原を疾駆する。風は草木の青い香りを孕んで、一行のもとを吹き抜けてゆく。天は快晴、描いたような水色に染まっていた。

 果ての見えぬ大草原をウキクサたちは駆けていた。大きな黒駒を先頭に、斜め後方に山猫が、そして更に後方に馬らしき何かが、不安定な挙動でそれらを追い掛けていた。

「……満足したか?」

 斜行していた馬らしきもの――ダイフクがようやっと山猫の隣まで戻ると、乗っていたウキクサがグッタリした様子でそう言った。顔色はあまり宜しくない。

 普通の馬と違いスクーター状なので上下せず乗りやすい筈が、主導権を握られている為却って酔う羽目になっていた。暴れ馬と化したダイフクは、地面に接する部分からサイクロン式に何かを吸い上げながら進んでいた。つまりは薬草やらを採取しながら進んでいた。結果としてストップ・アンド・ゴーを繰り返し、あちこち蛇行した挙句、ウキクサに鎮暈薬(よいどめ)が必要な事態となっていた。

 馬のたてがみから透明な触腕が伸び、目の前に薄青い丸薬が差し出される。これを飲めということだろう。ウキクサは大人しくそれを飲み下すと、あからさまに疲れたと言わんばかりに、馬体の上に半ばうつ伏せに寝そべる。

「難儀じゃったな」

 笑いながら妖精が労う。同乗の女も同じように、「ご愁傷様」なんて言っている。他人事だから笑ってられるが、予告もなくいきなりあれだけ振り回された身にもなって欲しい。喋ること自体がしんどいのだ。

「……で、少年少女はどうよ」

 気を取り直して訊けば、「ああ」と妖精は更に悪い笑みで、「悪くない」とニヤニヤし始める。疾駆する黒馬の背に跨る二人の表情は、後ろからでは窺い知れない。前に乗っているのがレイ。手綱を握り後ろから操っているのがユーリだ。

「レイのやつは見た目少年じゃからのう。何と言うか、見ていてこそばゆいものを覚えるのう」

「……お前、やっぱり確信犯で山猫(そっち)に乗り換えただろ」

「んん? 何のことかのう?」

 出発直前、「誤差だから」とこちらの組から離脱したのは、ダイフクがあちこち薬草を採りながら走り回る可能性に途中で気付いたからだろう。そしてもうひとつ、

「いやあ、いいわぁ。後ろから見てるだけでご飯三杯いけるわぁ」

 ニヤニヤと出歯亀的なことを口走るカルミアだが、その肩に座る妖精の表情も大概似たものである。安定した位置からレイとユーリのやり取りを見たかったのだろう。

「ほっといてやれよ、おっさんかよ」

 呆れながら前方を走る影に目をやる。丘を越えるときに体勢の関係で二人が密着して、「「おおーっ!」」と隣から声が上がる。ウキクサにはそれを相手にする余裕などない。貰った薬を飲み下すと、のぼってきそうな吐き気を抑えるので精一杯だった。


 後ろから歓声のようなものが上がり、レイは溜息をついた。「色々とすみません」と鞍上すぐ後ろに座る少女に謝る。

 少女は、「あ、いえ」と言いながらも、朱の差した顔で、『色々』が何を指すのか考える。

 後方からの揶揄するような声や視線。それと道案内について。……自意識過剰でないなら、胸が密着してしまっていることも、それに含まれるのだろう。

 同年代に見えるわりに落ち着きがあるな、というのが、レイに初めて会ったときの、彼女の率直な感想だった。男が苦手な彼女をして、レイの立ち居振る舞いは好ましく思われるものだった。

 しかし図らずも、少年の背の感触でワケが知れる。変異の度合いが大きいほど、長命になる。個人差はあるが、見た目もその分、ゆっくりとした変化になりやすい――――

「気持ち悪いですか?」

「へ?」

 突然の問いに思わず変な声が出る。と、少年の方も、「あ、いえ、何でもないです」と被りを振って、笑って誤魔化す。ユーリはその笑いで、彼が自らの背中の事を言っているのだと知れた。

「別に気持ち悪くは……翼ですか?」

「はい」

「飛べたりするんですか?」

「今はまだ、そんな大きさも、力もありませんよ」

 裏を返せば、変異が進めば、それも可能になるかもしれないということだ。どこか羨ましい気持ちと、大変そうだし別に、という気持ち。ユーリの中ではそれが相半ばしていたが、ふとそこで気付いて、

「あの、大丈夫ですよ……? 気を遣っていただかなくても」

「……しかし、この界層の方にこの手の話はセンシティブなものでは――」

「ああ」とようやく合点が行った様子で、

「祖父母の世代はそうかも知れませんね」

 そう笑い、ユーリは暗に自分たちの世代は違うと言う。

 レイの側からしてみれば、困惑するより外ない。彼の抱いていたこの界層の人物像とは掛け離れているからだ。

「旅をされるというのなら、その辺りはお教えしておいた方がいいかもしれませんね」

 言ってユーリは微笑む。日は既に天頂に掛かっている。果てるともなく続いていた草原には次第に木立が交じり始め、少し先を見れば街道らしきものが目に入った。

「少し休憩を取りましょうか」




「『外縁部』と『中心部』?」

 サンドウィッチをパクつきながら妖精が頭に疑問符を浮かべる。

「確かにこの界層に来るのは久方振りじゃが、今はそんな明確な差があるのか」

「はい。全くの別物と考えていただければ」

「何故そんなことに?」

「まあ、世代が変われば考え方も変わると言いますか……外側の方が、若い人たちが多いんですよ」

 言いながらユーリもバスケットの中から一切れ摘み、「美味しい」と小声で漏らす。因みに作ったのはレイだ。本人は「もう少し手を掛ければ良かった」などと言っているが、味は申し分ない。

 ユーリの話を大略すれば、こうだ。

 大昔、第六の異界に人々がやってきた。彼らは変異によるこの世界への完全なる定着を良しとしない者たちで、元いた世界への帰還を望む者も多かった。

 しかし子が育ち、孫が生まれ、時日を経るに従い、徐々に意識の懸隔、乖離が見られるようになる。子は親に反発し、都市部の郊外へ、更にその外側へ、と離れ移り住む。都市部には親世代が取り残され、外側が新たに交流の基点となる。

 当然、全ての若者が一様に外へと移動した訳ではない。だがそれも世代を累ねていけば、徐々に境界線が明確になってゆく。基点となる一帯、住居の多い一帯、自然の多い一帯や都市のように栄えた一帯――そしてそれらに囲まれ、寂れ果てた、都市部の残骸とそこに住む人々。実際、彼女の父方の祖父母はまだ、その残骸と呼ばれる場所に住んでいるらしい。尤も、彼らも父親とは半ば没交渉で、一家で会うのは専ら孫のユーリたちばかりらしいが。

「儂の知る頃でも、まだそこまで極端な住み分けは行われておらなんだがのう」

 親指に付いたマヨネーズを舐めながら妖精が言うも、特段驚くような表情ではない。長い時の記憶を持つシアのことだ。これまでにも似たような経緯は、幾つもあったのかも知れない。

「言われてみれば私も店で目にしてきたのは、自我の強く取っ付きにくい方々と、それについて批判的な方々と、その二種でしたね」

「ああ」とユーリは苦笑を浮かべつつ、「これは父の受け売りですけど、ああだこうだ口を出され、『正しい方』へ導かれそうになると、二つの反応に類別されるらしいです」

「二つに類別?」

「却って反発や疑問を抱くか、自分の頭で考えず『正しさ』に飲み込まれるか」

 どれだけ自らの思想的正しさを標榜したところで、正しさなんてものはそれ自体絶対的な価値基準とはなり得ないし、正しさだけで平和に生きていけるなら苦労はしない。

 我を通す事が悪い訳ではない。自分の選択をきちんと引き受けられるか、そこが問題なのだろう。そしてそれをきちんと引き受けられない者が多いから、今のユーリのような言葉が出るのだろうが……

「実際、ユーリはどう思う?」

 中心部に住む者は――或いは彼女の祖父母は――本当に言うほど偏屈なのだろうか。

 伏し目がちにユーリは紅茶をひと口含むと、

「正直、どちらの主張が正しいかは措いて、祖父母は私が行けば喜んでくれるし、私も一緒に時間を過ごすのは決して嫌いではないです。考え方を強要する事もないですし。……多分、祖父母が許せないのは――」

 そこまで言って、彼女は黙り込んでしまう。その先口にしようとした言葉の不確かさに、形を成さず霧散してしまったのか。

「目的地まではあとどのくらい?」

 話題を変えてユーリに問うと、

「あとはひたすら街道筋に進んでいけば着きますよ。人の行き来も増えるので、ここまでみたいに飛ばしては行けないですが」

 途中からは下馬して徒歩になるらしいが、それでも小一時間程度で会場に到着するという。当初予定では夕刻前の到着だったが、思っていた以上にダイフクがハイスピードで走れた為、全体的に早く着くという。

「祭には参加されるんですか? それともすぐに駅馬車に?」

 ユーリはレイの方を向いて言う。少し期待するような眼差しに見えるのは、きっとこちらの心が汚れているからだろう。見ればカルミアもニヤつきを隠し切れず、口の端からサンドウィッチが零れ落ちそうになっていた。

「急ぐ旅でもない……んですよね?」

 ちらとレイがウキクサを見る。ウキクサは更に妖精の方に視線を向けた。

 この中で一番旅を急ぎたいとしたら、間違いなくシアになるだろう。シアには『求道者の塔』の者を救いたいという、明確な目標がある。他の者は、言ってみればただ流れているに過ぎないし、この世界の事についてはまだまだシアに依存しているところがあった。

 それでいてシアは、「如何にも」と即座にレイの言葉を肯定する。全体のことを考えて配慮したのかも知れないし、そもそも『塔』については急いだから解決するといった問題ではないのだろう。

「お主らも『立夏の祭』に参加したことがないなら出るといい。儂も久し振りじゃから楽しみじゃ!」

本人が一番乗り気であるらしい。何よりだ。




 街道と言っても、古代ローマ式に石畳が敷設されている訳ではない。土が均された、田舎の間道のようなものだ。

 とは言え道幅はそれなりにあり、馬車は問題なくすれ違える。それでいて猛スピードで白茶けた土埃を巻き上げるような輩は少ない。レイの居た街の近縁とは明らかに雰囲気が異なっていた。

 街道沿いには時折茶屋の姿も見られ、幾人かの旅人がそこで腰を下ろし汗を拭っている。並木の類は少ない。少し外れたところに巨木がどんと立ち、そこの下に店が二、三軒――そこに向けて側道が伸びているパターンが多い。祭の日とあって、往来にはそれなりの人の行き来があり、荷を携えた商人らしき姿も少なくなかった。

「親父さんとはどこで落ち合うんだ」

 ウキクサがユーリに問う。既にダイフクからは降り、徒歩で馬に乗った彼女の横を歩いていた。

「一応、祭りの会場近くにある家畜の仲買所で、合流する予定です」

 ユーリが立夏の祭に来た最大の目的は、父親の商談を間近で見て学ぶ為だった。勿論、母親の言っていたような同世代との交流も理由のひとつではあるだろうが、馬の生産を生業とする一家の一員として、先達のやり方を学び、可能なら実地で取引を行うのは、必要不可欠なことだろう。

 道の両脇に茅屋が並び始める。そこに暮らす人々は洗練されているとは言い難い。服は擦り切れ膝が露わになり、襟口はかなり縒れている。裏手に干された上衣は、元は赤かったのだろうが、日の光ですっかり褪せ、白っぽく変じていた。

 進むにつれ次第に人が増えていき、先の茅屋からものの二十分で、通りは繁華街の様相を呈してきた。平屋が多かったのが二、三階建てになり、あちこち人が行き交っている。

「今までで一番活気があるな」

 そう言ってウキクサは人波を見渡す。比較的子どもの姿が多いのは、今日が祭の日だからだろうか。「こっちです」と下馬していたユーリが先導して、脇道に逸れる。本当は牛馬の専用口があるらしいが、便宜上ここからも入れるようになっているのだとか。少し歩くとだだっ広い一画に出て、馬、牛、ロバなど荷役・農耕用の家畜が何頭も並んでいる。

「穣中郷ダナンの娘ユーリです。後ろの皆さんは私の客人になります」

 受付らしき男にユーリが言うと、「おお、ダナンさんの娘さんか。ちょっと待ってな」と後ろを向き人を呼びにやる。暫し待つと奥の方から褐色の肌をした壮年の男が向かってきた。

 短髪に口髭を蓄えた男はユーリを見据え、「来たか。そちらは」言って娘に説明を求める。ユーリが事の顛末を掻い摘んで話すと、「それは随分世話になってしまったな。一家を代表して御礼申し上げる」

 そう言って相好を崩し、改めて手を差し出す。

「ダナンだ。困った事があればなんでも聞いてくれ。それと職業柄駅馬車の関係者には顔が利くから、発つときには是非頼ってくれ」

「そ、その前に、是非祭を……」

 ユーリが言うと、「ああ、そうだな!」言ってダナンは呵呵大笑する。「先に宿を取るといい。お祭価格になっているかも知れんから、そこは注意した方がいいが」

 各人と握手を交わすと彼は紙を取り出し、何やらペンを走らせる。因みにダイフクたちは挨拶に代えてガシガシ頭を撫でられていた。

「ここが俺の投宿しているところだ。予算的に大丈夫ならここを薦めるぞ。一人二人用の部屋だと料金はこのくらいだ」

 言われレイが紙片を覗き込み、相場と金額を照らし合わせる。

「時期と街の規模を考えれば、妥当な料金設定かと」

「大部屋はもう少し値が張るがな。全員で使うなら逆に割安かもしれん」

 悪くない、とそう思っていると、「ダナンさん、そろそろ入札が終わるよ!」と奥の方から声が掛かる。何頭か競りに出しているらしく、競売終了後売主もすぐに手続きを行う必要があるとのことだった。

「折角だから、兄ちゃん達も見てくかい」

 興味がないと言えば嘘になる。だが仕事の邪魔にならないだろうか。暫し言葉を探していると、「折角お誘いいただいているんですし、いいんじゃないでしょうか」と意外にもレイが乗り気な発言をする。他の面子は特に否やはなかった。

「ユーリ一人入れるのも客を何人か一緒に入れるのも、手間に大した違いはねえさ」

 言いながらダナンは職員の所へ首掛けの通行証を貰いに行き、皆に手渡す。ダイフクとテトにはフェイスペイントで緑色に縦棒が三本書かれた。見渡せば他の関係者の家族だろう、会場に来ている小さい子どもには、皆頬に赤や黄色の模様が描かれている。色で地区を、模様で誰の関係者かを示しているらしい。

 人の特に集まった一画に向かうと、ダナンの姿を認めてか、一段高い所に立つ若い男が、「始めますよー」と間の抜けた声を発する。それを合図に集まっていた者はピタリと喋るのをやめ、壇上の男に注目した。

 すると男は「皆いますねー」と確認してから、「では」と、おもむろに天に向けて手を伸ばす。そうして打って変わって荘重な声音で、

「立夏古典会を開催致します」

 厳かに、そう宣言するのだった。

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