22.記憶を読む男
夕刻の街を、陰気臭い一隊が進んでゆく。数は七人、先頭の男を除き背に荷を負って――否、人を負っている。運ばれているのは今日入門したばかりの旅人だ。一様に眠りこけ、目を覚ます気配はない。と言って、昏倒している訳でもない。穏やかに寝息を立てているようだった。
隊伍を組んだ人々は、揃って街の北にある石組みの建物に入ってゆく。扁額には両向きの矢印を図案化したと思しき紋様とともに、『好悪館』と記されていた。
「――旦那」
先頭の男が中に向かって呼び掛けるも、部屋はしんと静まり返り、差し込む光に微かに埃が浮かび上がっている。
「出ているか……」
男がどうしようものかと戸口を振り返ると、丁度こちらに向かってくる人影が目に入る。
柔和な面立ちの、赤毛の男だった。丈は高い。百八十から、ともすれば九十センチはありそうだが、線が細い為大男と言うよりは、ひょろ長いと言った方がしっくりくる。
「すみません、お待たせしてしまいましたか」
「そんなこたねえ、診てやってくれねえか」
「人間に……精霊と妖獣とは珍しい」
「レイの食堂にやってきたんだと。単に疲れてるだけかもしれんが、揃いも揃ってだからな。アレだと悪いから念の為、ってレイが気を回したんだ。詳しくは本人に訊いてくれ、俺たちゃただの手伝いさ」
言って男はしんがりのレイに水を向ける。レイは精霊と丸っこい妖獣を抱えたまま、『旦那』に軽く会釈をした。それに目顔で答え、
「ひとまず病床に運び込みましょう。後は我々で診ておきますので」
「分かった」
男は答えて、眠る旅人を運び込んでいく。精霊一、妖獣二、人間の女が一、男が三だった。妖獣二匹は、それ用なのだろう、脇の広いクッションスペースに寝かされ、精霊の方は人間の女と一緒に寝かされる。空床しかなかった室が瞬く間に満たされ、『旦那』と呼ばれた男は街の者が去るや、半ば項垂れるように深く嘆息を吐く。
「……人間は男女二人と聞いていたんですがねえ」
眉の上を揉み解しながら、顔も向けず『旦那』が言う。愚痴めいた言葉を向けられ、事情説明の為一人残されていたレイも思わず視線を逸らすのだった。
「どうしてこの二人まで昏倒しているのやら」
言って呆れの眼差しを、横たえられた四十絡み二人に向ける。
「……そこの精霊種に、何かしらの術を掛けられたようです」
「ふむ」
『旦那』は明らかに不快そうな顔で、
「熟睡状態か、参ったね。だが――」
酷薄そうな笑みを浮かべ、
「これも他の連中と一緒で、風土病の一種だ。そう思わないかい? 風土病なら……治さなければ」
言いながら男が、四十絡みの片方の頭の上に手を翳す。
レイは息を呑み、思わず身体を硬直させた。仲間にも『治療』を施すということは、治療後は仲間ではなくなるということだ。男が寸時も置かずその決定を下している以上、末席に連なる自身もいつ同じ立場に立たされても不思議ではない。今こうして『旦那』と会話を交わせているのは、ただの運に過ぎない――と、不意にその『旦那』が笑い始める。
「あ、あの、先生?」
旦那――或いは『先生』は、何が面白かったのか、なかなか笑い止まない。そこでようやくレイも、自身が担がれていたことに気付き、口を真一文字に引き結ぶ。
「ああ、いや、君も相変わらずクソ真面目だねえ。ここまで想像通りの反応をしてくれると、演技した方もやり甲斐があるというものだよ」
水を片手に、男は傍らの椅子に腰掛ける。レイはまだ押し黙ったままだ。
「そう怒るな。だが真面目は美徳ではあっても、美点ではないぞ。もっと面白みのある人間になる努力をした方がいい」
ますます表情を険しくするレイに、「ほお」と、今度は男が軽く声を上げる。
「君もようやく私の前で、そういう顔が出来るようになってきたか」
窘められたのだと解釈し、レイは、「いえ」と居住まいを正した。
「ああ、別に責めているのではないよ。寧ろ感心している」
言って男はひと息にグラスを飲み干す。暫く置きっ放しにされていたのか、グラスの乗っていた卓には円く跡が残っていた。
「では」
そう言って立ち上がり、男は眠る旅人の頭の上に手を翳す。
「『治療』してやろう。対価はお前の『記憶』だ」
そうして両手で旅人の頭を掴み、自らの額と合わせる。静かに目を閉じ、そして――
「……!?」
瞬間、男が飛び退く。信じられないものを目にしたような面持ちで、旅人を凝視――
「!!」
刹那身体を無理矢理捩らせる。目の前を通り過ぎた何かは措き、本能的に身体を転がらせそこから距離を取る。その拍子にどこか痛めたのか、男は言葉にならぬ悲鳴を発するよう口を開け、左腕を硬直させていた。
男の視線の先には子どもが一人いる。今しがた、言葉を交わしていた相手。その手には頭陀袋に良く似たものが握られている。
「お……!」
上手く声に言葉を乗せられない。
それでも理解出来たのは、裏切られた、ということだ。証拠に少年が、尚も袋片手に襲い掛かってくる。
忽ち頬が紅潮し、頭に血が上っていく。
(木端の癖に生意気な真似しやがって)
半身が儘ならぬまでも、体格差を考慮すればさしたる問題にはならないだろう。万が一の時でも、外に逃れ助けを求めれば住民は『善良な医師』の側に立ってくれる……そう計算し、立ち上がろうとして――誰かに腕を掴まれた。
(しまっーー)
理解と同時だった。
腕を捻り上げられ、足蹴にされて床に這いつくばってしまう。
男の額から、じっとりと汗が滲み出してきた。
「……グルか」
「ご名答」
頭上から知らぬ男の声が降り、レイは淡々と手にした黒い袋を頭に被せてくる。そうやって視界を奪われたところに、
「防音はしっかり施してあるようじゃな。そこは評価してやろう」
中性的な声音が響く。感じからして人間の方ではないだろう。
「……何のつもりだ精霊。そして……レイ」
男は少年のいるだろう方向を睨め付け、ややあって嘆息を漏らす。
「……俺は君の助けになれていなかったのか。君も僕を助けてくれていたんじゃないのか」
呻くような口調には哀切の色が滲んでいる。聞く者が聞いたなら、同情するのだろうが――
「ぷ、ぶははははははは!!」
途端、目の前で精霊が馬鹿笑いし始める。
「……何がおかしい」
「いや、ははは、おかしいじゃろう、『助けになれていなかった』じゃと? そういうのは種が明かされてない内に言うもんじゃ!」
尤もな指摘だ。表情を戻し男が思わず舌打ちをする。対価が何かまで口にしている以上、言い逃れも出来ない。
(……何より)
努めて平静を装うも、次第に焦りを覚えてくる。
(目的は?)
そう自問してから、男はまた即座にそれを打ち消す。目的など分かり切っているだろう。つまり、
「復讐か」
覆いの下から昏い眼差しを少年に向ける。
今まで使ってやっていたが、別に三下など誰でも良い。三下であるということが重要なのであって、自分がその上にあるということが価値なのだ。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる男に反して、レイの表情は悟ったように透徹としている。ともすればそこには感情すら浮かんでいない。路傍の石か虫ケラでも見るかのようなそれだった。
「それじゃあ」
女の声がする。寝かされていたあの女か。
「色々と教えて欲しいなっ」
半ばふざけた女の言葉に、男は呼吸が浅くなってゆく。
ずっと上手く行っていた。
これからも上手く行く筈だった。
なのにどうしてこんなことになった?
突如として現れた陥穽に自身の現在地を見せられ、思考は支離滅裂なまま、なかなか定まってくれなかった。
「堪忍してや」
そう付け加えられると、男は思わず奥歯が歯軋りで削れていくのを覚えるのだった。
――――――
「仲間に加えろ?」
レイがそんなことを言い出したのは、宿で善後策を協議していたときのことだった。初めは何を言っているんだと袖にもかけなかったが、
「自分の頭で考えた結果です」
そう言われてしまえば、こちらとしても少しは興味を持ってしまう。それに、数分前の自身の発言を覆えす訳にもいくまい。
「そう言われてもな。俺たちに何のメリットがある」
「案内人に引き合わせられます」
「?」
案内人の居場所は少年自身が教えてくれたから、別段困ることはない。適当なことを口にしていた可能性もないことはないが、だとしたら自分たちで探し出せばいいだけの話だ。
ところがレイの話では、その辺りは少し複雑であるらしい。
「先程の質問の答えになりますが、この土地には風土病があると言われています」
「さっきの、『魔法』がどう、と言っていた件か?」
「はい」
少年は頷くと、シアに向き直り話を続ける。
「『風土病』を治療する専門医というのが存在するのですが、魔法を行使することでそれを治癒するのです」
「ん? それとどういう関係が?」
カルミアが首を捻る。確かに、話の脈絡が分からない。少年は女の方を向くと、
「私の依頼主はその人物です」
「……お医者さんが旅人を昏倒させてまで欲しがっているのは何だ?」
正直、さっぱり見当がつかない。強いて挙げることは出来るが、物騒な表現しか出てこない。
「え、なに、解剖されて臓器を売るとか?」
「いえ」
「ホルマリン漬けにされる」
「偏見かと」
「お主ら分っとらんなあ」
なかなか答えに辿り着けないウキクサとカルミアに、真打登場とばかりシアがずいっと前に出てくる。
「『魔法』で治療するような輩じゃぞ。『魔法』で何かするに決まっておろうが」
「はい」
シアの言に、レイも肯定の頷きを返す。しかしその言い方だと、どうにも違和感を覚えてしまう。
「その言い方だと、まるで魔法で治療するのが胡散臭いみたいに聞こえるんだが」
「そう聞こえたなら正解じゃな」
「どういうこと?」
「そのままじゃ」
言ってどっかと精霊は卓に腰を下ろす。
「病気の治療と言ったら、基本的に薬じゃろう? 内服にしろ外用薬にしろ、その辺りは『あちら』も『こちら』も大差ない。場合によって外科医が手術するのも含めてな。確かに魔法によって治療することは可能じゃし、一般的に行われてもいる」
「じゃあ、なんで」
「『専門医』かつ『魔法で治療』というのが解せぬ。まずこの狭い土地なら普通専門ではなく総合的に患者を診ざるを得んだろう。それに簡単に魔法で治療と言うが、マナの消費も激しい筈じゃ」
確かに、薬を処方するだけで済むのなら、無駄に労力と時間を費やす必要はない。
なら、強いてそれをする目的は?
「記憶を、読むんだそうです」
予想外の返答が返ってくる。
「記憶?」
「はい。それによって風土病が治るそうです。ですが他にも何か目的がありそうですし……自分はどちらかと言えば、嗜好なのではとも……」
「覗き魔ってこと?」
うへぇ、とカルミアがあからさまに嫌そうに顔を背ける。
「そしてその副作用として、記憶がなくなってしまうそうです」
いかにもきな臭い話だ。治療と称して他人の頭の中を覗き、かつ記憶まで消されてしまうとは。
「どの程度の期間を消される?」
「凡そ半日です」
ここに来た記憶は残るが、その後の一定期間を消されるから分からないという寸法か。しかし――
「なかなか『出来た』話じゃな。他の界層ならまず疑われそうなものだが……」
「嘘ですよ」
少年の声がいやに響いて聞こえる。
「ここに言われているような風土病は、存在しないと思います」
「でっち上げだと?」
「はい」
「根拠は」
「運び込まれるのは、旅人ばかりです。それもひとり身や、完全に外部でこことの関わりがない人間です。つまり、足がつきにくい。反対に、明確な目的をもってここに派遣されている方には手出しすることはありません。出入りの商人や、学者などですね」
そう言えばここを紹介された宿も、何かの調査隊で満室だからと断られたが……
「他の宿の人間も、その実裏で客を選別して協力してる、ってことか」
「でもそんなことやってて、みんな何も言わないの? ケーサツとかもさ」
「ああ、それには儂が答えよう」
言ってシアがカルミアに向き直る。
「各階層に国家というものは存在しない。盟主と呼ばれる者が取り纏めている階層もあるがの。儂の知る限り、ここにはそういった者はおらん。じゃから仮に問題が起こっても、基本的には全て自己責任というやつになる……いや、ともすれば逆なのか」
「逆?」
首を傾げるカルミアに、シアは「うむ」と顎に手を当て、
「例えば街に悪さをする連中がいるとしよう。普通なら治安組織――自警団でも何でもいいが、とにかくそれが捕まえてくれる。ここまでは良いな?」
カルミアと揃って頷いてみせる。
「では、自警団のない街はどうしたら良いと思う? それこそその『専門医』のように記憶を消して他のどこかへ『捨てて』くれるのであれば、重畳だと思わんか?」
成程、確かに多少は現実味がありそうか。
「そういった連中を逆に治安維持に使うのであれば、口出ししにくい環境が出来上がる、ってワケか」
明らかにカタギではないが、それで『秩序』が保たれてしまっているなら、住民が是認する側に回ってしまうのも不思議ではない。概して人間は安定を好むものだし、急な変化を嫌うものだ。
「しかし話を戻すようで悪いが、それと案内人と、何の関わりがあるんだ?」
「案内人だからです」
「は?」
「つまり、その専門医が、案内人なんです」




