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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
22/78

21.食堂の少年

 そもそも異色な『客』だった。人間に妖精、その上妖獣までいる一行。専ら地元の人間を相手にする少年にとって、それは経験のないことだった。


(……何が起こった?)


 首筋に冷たい刃先を受けながら全力で頭を働かせるも、狼狽は簡単には隠せない。

 どこで何を間違えたのか、少年は容易には答えを見つけられないでいた。



 ――――――



 そもそも来意を聞いた時点で、少年はそれを断ることが出来る立場ではなかった。()として回されてきた以上、そのように対応しなければならない――でなければ、この店を守ることなど出来なかった。気が進まないのは当然でも、客の前でそんなことはおくびにも出さない。それが彼にとっての処世術とも言えた。

 階上で部屋の準備をしているとき、少年は静かに嘆息を漏らす。それくらいしかやりようがないし、そもそも捌け口などどこにも存在しない。

 空室の隣、従業員部屋を開けば、その窓外、屋根の上に、二人連れの男の姿があった。屋根伝いに渡ってきた彼らを招じ入れると、男の一人が静かに、だが重苦しい声を発する。

「首尾は」

 簡潔な問いだった。男の瞳は自分の望む答え以外は許さぬと、そう言っている。

「今のところは。夕餉はまだ未定ですが、こちらにいらっしゃれば確認も容易かと」

 自分で言っていて、正直やり切れないものがある。心の底に澱が溜まっていく感覚。自分を貶めていく眩暈感が、淡々とした口調の裏で本当の自分を塗り潰していく。

 暗澹とした心持ちの中、男の方は上機嫌そうに、「そうか」とだけ返してくる。もう一人の男は気怠げに欠伸を噛み潰すばかりだ。

 それから旅人に食事の時間を訊き、階下へ降りて下拵えに取り掛かる。従業員控室に潜む二人も聞こえたことだろう。その為に客室の窓を開けておいたのだ。

(はあ……)

 首筋に手を添えられているような心地だった。つまりは息苦しい。その手でゆっくりとだが、(くび)られていくような、そんな感覚。望むと望まざると、一度道を踏み外したらそこにあるのは汚穢の泥海、それだけだ。嵌ったと思ったら、後は沈んでゆくだけ――

 手元に意識を戻せば、白身魚のフライが丁度揚がる時間だった。油を切り、岩塩とともに無味無臭の睡眠薬を振りかける。そして最後に香草を散らす。

 スープにも粉状の乾燥パセリとともに、少量散らして入れた。

 何度やっても気が滅入る。

 悪事を働いているという実感が、身体の中に黒いものを染み込ませていく。血を入れ替えるように。

 黒いものはどんどん広がり、奥深くまで到達し、やがて飽和するときが来るだろう。

 それできっと、悪事の実感から解放されるのだ。その頃には真っ当な感覚など、忘れ去っているだろうが……


――そんなことを考えていた自分を、怒鳴りつけたくなる。

 困惑と恐怖に、状況を考える余裕などない。

 全身から脂汗が滲み出し、心臓が早鐘を打った。


「ああ、上の連中も無力化してあるからの。それを踏まえた上で、ちょいとばかし話をしようじゃないかい」


 妖精が何か言っているが、話の中身が頭に入ってこない。階上から山猫に引きずられてきた二人は、既に昏倒していた。それで、しくじったという、そのことだけは理解した。

 吐息が震え、僅かに鼻腔を震わした。

 頭の中には諦念が浮かび、そして何故かそれ以上に、安堵の気持ちが広がるのだった。



 ――――――



「……ふむ」

 店の少年を前にして、シアは考えに沈んでしまう。

「どうする? まさか殺すつもりじゃないだろうな。俺はお断りだぞ」

「私もよ」

 逃げる心配はないと見て、人間二人は少年の首筋に突きつけていたものを下ろす。少年の顔は悟ったように穏やかだ。抵抗する気力もなさそうだった。奥の中年二人は、揃ってすやすや夢心地だ。

 ダイフクは料理に混入していた薬物から成分を抽出したのだろう、黄緑色の木片めいたものを数枚吐き出していた。皆に分け与えていたことから、恐らくこれが解毒剤なのだろう。

「本当に大丈夫か?」と胡散臭そうにダイフクを見るウキクサに、激しく動いて信用しろと訴えかける妖獣。やがてウキクサが木片を口に含み、次いで睡眠薬入りの食事を口にするのを目につけ、店の少年は驚愕とも呆れともつかぬ表情を浮かべる。

「……うん、メシは美味いな。フライも油っぽ過ぎなくていい。冷めちまったのは勿体ないがな」

 見れば女の方も料理に口をつけており、「あ、本当」と平然と感想を述べていた。

 悔しいかな――とでも言えば良いだろうか、少年はそれが嬉しかった。

 決して不味いものを出しているつもりはない。一級の食材には手を出せなくても、廉価で信頼出来る品作りには拘ってきた。料理の腕自体も磨いてきたつもりだが、それと客が入るか、稼げるかは、別の問題だった。

「まあ、単刀直入に訊こう」

 シアもフライに齧り付きながら、少年に向かって言う。

「儂等を眠らせて、どうするつもりじゃった?」

「……」

 少年が半開きになっていた口を閉ざす。それを受けてシアはカラカラと笑い声を立てる。

「ハハ、すぐに吐くおしゃべりより余程好感が持てる。持てるがのう、大勢が決したら投了するのも、また美学だとは思わんか?」

 言って、「んまぁい」ともう一口フライを頬張る。それでも少年は言葉を発しない。それを受けて暫し妖精は黙考し、

「……そうか、そうか」

 何やら感得がいったのか、頻りに頷き始める。

盤面(・・)の大きさが違うのじゃな?」

「盤面?」

 ウキクサの疑問にシアはニヤリと笑う。

「つまりじゃ。儂はこの三人プラス数人規模が共謀してハメにかかったと思っておったのじゃが、そうではないのじゃな?」

 少年が微かに息を飲む。

集落のかなりの割合(・・・・・・・・・)が、この手のことに加担しているのじゃな?」

「……」

 感情のない眼差しで妖精を見つめる少年。ややあって、

「私が言うのもなんですが、そんな大層なものでは……」

 明らかに嘘をついている。つまり、『村ぐるみ』に近いってことだ。そういう場所に、今自分はいるということだ。

「君、名前は」

 ウキクサの問いに少年は気圧され気味に、

「レ、レイ、です……」

「ならレイ」

 ぐいっと少年の顔の高さに合わせ、近付けて、

「この仕事好きか」

 少年が得心のいかない表情をしているのを受け、更に、

「料理は好きか」

 これには少年も怪訝な表情ではあったが、

「……大変な事もありますけど……」

 直接的には言わないが、どうやら料理は好きであるらしい。

「じゃあ、今の生き方は」

「……」

 少年が貝のようになってしまう。それ自体、今の状況に不満を持っていることの表れではあるのだが。

「えーっと、キミ、幾つ?」

 割って入ったカルミアの言葉に、

「え、二十九ですけど……」

「「二十九!?」」

 二人で驚いていると、レイが『やっぱり』みたいな顔をし、シアもまた呆れた眼差しを向けてくる。

「それではお主らの正体など丸分かりじゃろうが」

「うっ」

「ああ、そうか。変貌の度合いが大きい程長命になるっていう……」

 考えてみればシアだってそうなのだが、どうにもこの妖精は別ジャンルという認識になってしまっている――というか、二十九ということはそこまで歳が離れていないのか……

「お主、ひょっとして有翼族(ハーピィ)か」

「……はい」

 呟き服の内側で翼をもぞもぞさせる。畳んでいるのだろうが、まるで分からなかった。

「良く分かったな」

「上手く畳んであるがのう。市井の者には分からんじゃろう。ま、儂ぐらい生きてると違うが」

 年の功というやつだろうか。童顔だが。

「……にしても、一体何がどうして、こんなことをやるようになったのじゃ? 目的はなんじゃ。盗みか?」

 少年は目を伏せる。暫し沈黙が降りて、しかし再び顔を上げ、向けられた視線は、澱みの中に確かな怒りの色を滲ませていた。

「……あなた方、旅人なんですよね? しかもマレビトですよね?」

 やはりこちらがマレビトだということは、明確に理解している。

「……この街は、少し前からこういうことになっています。比較的……最近の話です。目的も原因も、それに根差しています」

 やはり組織立った犯行ということか。シアの知る頃とは雰囲気が違うというから、それも頷ける話――

「しかし、それがあなた方と何の関係があるんですか?」

「え?」

「貴方が善玉、私が悪役。それでいいじゃないですか。……悪役に背景を求めて、何が楽しいんですか」

「……」

「ここで私の物語が終わりなら、早く引導を渡して欲しいです。それとも、他人の一切合切掘り返さないと気が済まないタチですか? だとしたら、いい趣味をしていらっしゃると言わざるを得ないですが」

 自嘲的な笑みの中には、確かな拒絶が浮かんでいる。土足で踏み込み、訳知り顔で言葉を発する輩に対する、軽蔑の色が。人と人の交わりに対する、根本的な懐疑が。シアもカルミアも、思わずそれに黙り込んでしまう。妖獣二匹はいつの間にやら食い終わったのか、丸くなってぼんやりこちらのやり取りを窺っていた。

「……問題ない」

 ウキクサの言葉に「何が」と返すレイ。

「まず、俺は間違っても善玉なんかじゃない。悪役がしつこく傷を抉るのは、別に変な話じゃないだろ?」

 怪訝な表情を浮かべる少年に、「それに、だ」とウキクサは表情を変えず続ける。

「悪役になり切れない奴がそんなことを言っても、説得力がまるでない」

「何を……?」困惑する少年をよそに、ウキクサは尚も続ける。

「仕事は好きだと言う癖に生き方は嫌いだと言う奴を、放っておくのも気持ちが悪いだろう、こっちが」

 そう言って苦笑ともつかぬ、ぎこちない笑みを浮かべる。

 ほんの一瞬、少年の泣きそうな顔が男に向けられる。それはすぐに伏せられ、徐々に肩は震え、やがてそこに嗚咽なのか、荒い息遣いが混じり始める。

「……お主」

「何が分かる」

 シアの言葉を遮り、努めて冷静な声音が発せられる。

「あんたらはしがらみがないからそんな事言えるんだ……しがらみのない奴らに何が分かる……!」

 少年の両の目は真っ赤に、涙を流していた。鼻水さえ垂らし、声は押し殺していても、レイの瞳にはやり場のない怒りが滲んでいた。

 ならばどうしろと言うのだ?

 少なくともその怒りをぶつけるべき対象はこちらではない――と、ウキクサはそのように思惟する。

「だとして、どうするね」

「あんた……!」

「君の事情なんざ、今日会ったばかりの我々が知る訳ないだろう。訊いてその辺り教えてくれたのでもないしな。別にそれはそれで構わないと思うし、全く問題もないと思う。他人に自分のことを教えてやる義理なんざない。だが――実際問題、どうするつもりだ?」

 現実に落とし込め、とウキクサは言う。それ即ち、いつまでも夢見がちなことを言うなということ。乃至――

「しがらみにとり殺されるつもりか?」

 内側ばかり見てないで外も見ろ、と。

 言ってしまえば、何れも赤の他人の、余計なお世話というやつだ。煩わしい上不快な事この上ないが、悪役だから構わない。そういう事だ。

 しかしそれに対し、ややあってから少年が漏らしたのは、

「……どうすればいいんですか」

 教えを請うのでも、むくれるのでもない。もっと困惑に満ちた、絞り出すような、切実な響きがした。

「自分の頭で考えろ」

 ウキクサはそう言ってにべもない。

「俺も正解は分からない。でも他人の出した答えに安易に縋り付くな」

 言うと、少年が俯き黙り込んでしまう。何か言葉をかけたくなってしまうが、そうするのを堪え、少年の作った料理を口に運ぶ。付け合わせもスープも、良く素材の味が引き出されていた。惜しむらくは、食器を使う音が、自分一人だけ響いていたということだろうか。かちゃかちゃと陶器と金属が鳴る音はただただ冷たく、虚しくなる。

「……ウキクサよ」

「ん?」

 シアが真面目腐った表情を向けてくる。

「先程も少し触れたが、地元民の多くが加担しているとしたら、どの道すぐに気付かれてしまうぞ。どうする」

 頭の痛い問題だった。正直自分もシアと同じで、旅人をカモにしようと何かしら仕掛けてくる輩がいるとしたら、多くて四、五人、組織全体でその三倍程度と考えていた。『地元民の内何割』という単位になってしまうと、対策も何もなくなってしまう。簡単にお手上げと言うつもりはないが、取っ掛かりもないまま、刻一刻と状況が悪化していることを思うと、嘆息の一つも出るというものだった。

「……だとしても、脱出の手立てを考えるしかないと思うけど」

 カルミアが言うも、その声は自らの言葉にあまり信用を置けていない風だ。

 実際、ここを逃れたところで何処へ向かえば良いと言うのだ? 隠者のところか? それとも森へ戻るか? あそこはあそこで安全であるのは確かなのだが……。はたまた、別の街、別の結節点に向かうか? シア曰く、あるにはあるが相当遠い、とのことだが。

「……魔法」

「ん?」

 シアが振り返る。意外にも、声の主は食堂の少年――レイだった。

「魔法か……悪くはないが、これだけの数を同時にとなるとのう……」

「違います」

「んん?」

「……最初の質問の答えです」

 最初……と言うと、眠らせてどうするつもりだったのか、に対する答えか。それが『魔法』? 言葉は理解出来ても、意味が分からない。

「……それが『魔法』じゃと? ……もしや」

「巻き上げられても、分からないように……」

 二人の間で話は進んでいるが、こちらサイドは何の事かさっぱりだ。「尚のことタチが悪い」などと言っている妖精を尻目に、テトなど頭でダイフクをリフティングして遊び始めている。

「……しがらみについて仰いましたね」

 なので急に話を向けられて少しばかり驚いた。そしてその眼差しにも。

「しがらみは、悪ですか?」

 真っ直ぐこちらを見つめる瞳は、まだ澱んでいる。しかし何か、別の色も浮かんでいる、そんな気がした。

「悪なワケないだろう」

 そう返すに至って、初めて少年は僅かに頬を緩めたのだった。

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