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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
14/78

13.妖精なるもの

 眠りから覚めてまず覚えたのは、違和感だった。

 人が増えて神経を張っていたからだとも思ったが、日の光が漏れ込んでいるのは昨日開け放したままだったから良いとして、どうにも空気(・・)がおかしい。

 身体を起こすと、何故かみんなが横並びになって座っていた。心なし片側に寄り、カルミアは口を半開きで、呆気に取られたように何かを見つめていた。


 シャクシャクシャク


 謎の咀嚼音に振り返ると、ソイツがいた。

 手のひら大の、金の髪をした、人型のソレ。透明な翅が光の当たり加減で、時々背中に輪郭を浮かび上がらせている。実体なのかそうでないのか、翅はソイツの服の上に浮いているように見える。

――というより、ソイツ自身も幽かに透けて、向こう側の壁が見える。唯一確かな実体なのは――


 ムシャムシャ


 両手に持つ八朔だけだ。

 薄皮の上から豪快に齧り付いて、リンゴでも食べているような擬音を発しながら、一心不乱に頬張っている。

 暫し私も呆然としてしまう。

 本来なら得体の知れない侵入者に最大級の警戒をしなければならないのだろうが、あまりの勢いにカルミア同様間抜け面を晒すしかない。辛うじて浮かんだ感想も、


(子どもなのに、酸っぱいの大丈夫なのかな)


とズレたものにしかならなかった。

「ん? なんじゃ。妾の顔に何ぞ泥でもついておるか」

 そいつは怪訝な表情を浮かべ、ガンを飛ばしてくる。

「――妖精――――女の子……?」

 私の呟きに、「前者は正解」と指を舐める。黄色い筋が口の端から何本も跡を作っていた。

「確かに私は妖精――まあ精霊と言った方が正しいな」

 精霊が片膝を立て行儀悪く床に種を飛ばす。

「しかし、精霊に性別が存在する必要性が、あるとお思いですか?」

 あからさまな丁寧口調で何とも清々しい顔を向けてくる。あ、こいつなんかムカつくな。

「ひぎゅっ!?」

 そいつを鷲掴みにすると、

「まあ、種ぐらい片付けていって下さいよ、精霊さま」

「ちょっ、わかっ、分かったのじゃ! 分かったからちょい離しとくれ!」

「いや、離したら逃げるでしょう?」

「逃げぬわ! ちょっとはしゃいじゃっただけ……おいおい、なんじゃ?」

 振り返ればカルミアが吐き出された種を拾い、

「人の家で行儀悪いことすると、こうなっちゃいますよー?」

 言って目の前で種を――


 メシャア!!


 指で擦り潰した。

「「あ、ハイ」」

 何故か揃って答えてしまう。あのしおらしく臆病な女は一体どこへ行ってしまったのか。

 その間ダイフクとテトは、ぼんやりそのやり取りを眺めている。「タネも美味しいのに」とでも思っていそうだったので、床の上に転がっていたのを投げてやると、喜んで食いついた。テトなどバリボリ音を鳴らせて、ナッツでも食っているかのようだ。

「で、結局アンタは何者なの」

 放してカルミアが問うと、「だから精霊じゃ」と返ってくる。

「それに、質問をするのはこっちの方じゃ」

 打って変わって真面目な顔で、自称精霊がこちらを睥睨する。

「お主ら、どうやってここに入った? 通常の手段では辿り着けない筈じゃが」

 怒気を孕んでいる。理由は分からない。特段嘘をつく理由もないので、あった事をありのまま伝えることにする。

「変な緑の目をした男?」

 経緯を語ると妖精はブツブツ考え込んでしまう。何か思い当たるものでもあったのだろうか。

「知り合いか」

「ん? ああいや、自信はない。じゃが本当に古い知己で、そんなのが居たような居なかったような……」

 言って追憶の中から何か掬い上げようとしているのか、目を細め虚空を見つめる。ややあって、「えっと」とカルミアが声を上げる。

「私は……?」

「分からん」

 妖精は早々に匙を投げてしまう。

「誰かの導きで連れてこられたのでないのなら、迷い込んだのではないかえ?」

「迷い込んだ?」

「そういう奴も、(たま)におる」

 言って大きく伸びをする。凝り固まっていた身体をほぐすように。

「『迷い込む』、『呼ばれる』、表現は様々じゃが、現象としては同じじゃ。何らかの不可抗力が生じて、こちら側に来てしまうことを指す」

 尤もらしいことを言っているが、どの程度信用すれば良いものか。それに――

「俺らが来た間隔については、どう説明する?」

 問われ妖精が目を(すが)める。

「明らかに打ち棄てられて久しい土地に、ピンポイントで新たな住人が、僅か数週間の間隔で現れるなんて、作為があるとしか思えないが」

 沈黙が降りる。カルミアに視線を投げれば、彼女も神妙な面持ちで、妖精の言葉を待っているようだった。

 因みにだが、ダイフクとテトは興味なさそうにグダッと伸びていた。

「……その可能性は、排除出来ない」

 ようやく絞り出された言葉には、困惑の色も混じっていた。

「だが仮にそうだとして、理由が分からん」

「そう……まあ、それはひとまずいいとして――」

 カルミアが残念そうに肩を竦めたかと思えば、今度は身を乗り出して、

「妖精さんの、お名前は何て言うんですか?」

 すると妖精の方も喜色を露わに、

「そう、それじゃよ、それ!」

「へ?」

「妖精なんていう古今東西可愛らしいので通ってるキャラが出てきたら、もっと食いつくじゃろうよ、普通! 妖精じゃぞ、妖精! この子みたいに、もっと興味持って!」

 カルミアを指差しながら、こちらに文句を言ってくる。いや、正確にはダイフクと、テトに対しても。興味なさげに部屋に落ちてた木の実で遊んでいるが。

「イタズラで取り替え子をする不気味な存在じゃなくて?」

「ぐぬっ……!」

 痛いところを突いたようだ。

「過去そういう輩がいたことは、認めよう……しかし儂が言いたいのはそういうことじゃなくてだな! もっとこう……どこから出てきたとか、何が好きなのとか、色々あるじゃろ!」

 胡散臭い眼差しを投げてやっても良かったが、ただでさえムキになりそうなのがこれ以上やると意固地になってしまいそうなので、ここはカルミアさんにお任せすると、

「ちょっと色々あったばかりで、驚きのセンサーが壊れ気味なんです」

と言って、彼女は妖精を膝の上で宥める。

「ふむ、まあそれも致し方ないか……此奴らのような生き物も、初めて見る訳じゃろうからの」

 言ってダイフクたちに視線をやるも、当の本人たちは相変わらず木の実で遊んでいる。

「あの子たちは、一体どういう……?」

「妖獣と呼ばれるものじゃ。しかし変わった波長をしておるな。儂もあまり見たことがない」

 何がどう変わっているのかはさっぱり分からなかったが、いずれ分かるときが来るだろう。そう思って、それ以上突っ込むのはやめた。

「じゃあ、お名前は?」

「市井の者は、シアと呼ぶな」

 音の響きは柔らかく感じた。まあ、実際とは甚だ異なるのが何とも言えないが。

「歳は」

「五十八じゃな」

 見た目の割に、かなり歳がいっている。

「尤も、何代目かは分からぬがな」

……ちょっと、これは言っていることが理解出来ない。

「歳を取ると物事を忘れやすくなるのと同じで、代替わりの度に記憶の大部分は褪せていくからのう」

「代替わり?」

「一度死んで、生まれ変わるのじゃよ」

 え、じゃあ何か、そんな太古の記憶を、今まで引き継いでいる、って言うのか?

「有り体に言ってしまえば、そういうことかのう。まあ、実際は二代遡るくらいが関の山じゃが」

……マジで何者なんだ、こいつ。

「あ」

 カルミアが突然驚いたような声を上げる。

「さっきまで透けてたのに」

 言われてみれば、シアの身体は羽を除いて、完全に実体化している。まあさっき直で掴めたくらいだから今更の驚きはないが。

「マナを補給出来たからのう」

 言って床の上に転がる八朔を見やる。

「ランタンの中に居たときは、半ば冬眠状態じゃからなあ。代わりにマナもあまり摂取しなくて良かったのじゃ」

 ランタン?

 ハッと気付き振り返ると、ダイフクとカノープスが揃ってソレを、恐る恐るとだがつついている。「ちょっと貸してくれ」と取り上げてみると、

「――ない」

「へ?」

「妖精の紋様が、綺麗さっぱり消えてる」

 五角柱の形をしたランタンの、細密な表現を施されていた一画だけが、加工前のガラス地に戻っている。いつの間にやら緑の光も消えていた。

「……まさかここから出てきたとか言わないよな?」

「他のどこだと言うのじゃ。そこに決まっておろう」

「いつ?」

「お主の寝ておる間じゃ。顕現を目にしたのは、そこな二匹だけじゃな」

 ダイフクが肯定するように縦にうにょうにょ伸び縮みする。テトは何故か目を細めドヤ顔を浮かべていた。

「其奴らが遊び半分に、ランタンにマナを送ってくれたお陰で、起きることが出来たのじゃ。ま、もう少し眠っておるつもりだったのじゃが……」

 ドヤ顔のテトが天を見上げ、ダイフクもその背に乗り、やはり同じように天に向かって縦に伸びていた。

「あいつ、ランタン飲み込んだりしてたけど」

「良いではないか。別段減るものでもなし」

 燐寸(マッチ)は減るけどな、とツッコむのは措いて、先程から気になるワードが発されていた。

「――マナって、何だ?」

 聞いたことがない訳ではない。但しそれは西洋御伽噺やらファンタジーやら、でなければゲームの世界でしか耳にしないものだ。

「マナは基本そこら辺に遍く漂っているもので、まあ空気に薄く混ざっているものだとでも思ってくれれば良い。この世界に生きる者の、根本でもある」

 分かるような、分からぬような。

「平たく言えば、お主の世界には基本的に存在しない、生命力の源じゃ」

 生命力の源と言われると、抱いていたイメージに近い気もするし、そうじゃない気もする。

「魔法とか、使えるの?」

 乗り出して訊いたのはカルミアだ。興味津々なのだろう、先程までの胡散臭いものを見る目はどこへやら、今や爛々と輝き熱を帯びている。確かに使えるようになる術があるなら、是非とも習得したいものだった。

「ごくごく初歩的なものなら、修練次第で使えるようにはなるぞい」

「ホント!?」

 カルミアが跳び上がって喜ぶ。初歩的なものでも、やはり魔法と聞いて心が躍らない者はいないだろう。自分だってその一人だ。

「寧ろ、覚えて貰った方がいいかもしれんの」

「「?」」

 カルミアと二人で首を捻っていると、

「死ぬまでこの狭い世界で暮らすと言うのなら別じゃが」


 え? それってつまり――


「この森から、出られるのか?」


 この迷宮染みた樹海から。

「ああ、出られるぞ」

 こともなげに妖精は言ってのける。

「なに、ちょっとしたコツが必要なのじゃよ。順路というやつじゃ」

 言ってその順路を教えてくれるでもなく、脇に置かれた水筒に、直に口をつけて水を飲む。直ぐに咽せて、穴の開くほどそれを見つめていたが。ああ、そう言えばそれは――

「この水筒、お主の言う緑眼の男のものか」

 言うより早く、問いが飛んでくる。そうだと答えると、

「それはまた何とも物好きな、いや――」

 そう言って再び黙り込んでしまう。

「『寧ろ覚えて貰った方がいい』って、どういう意味?」

 先刻の言葉が気になっていたのだろう、カルミアが眉を顰めて問う。

「ああ、何から説明すれば良いかのう……主らはこちらでは、マレビトと呼ばれる存在なのじゃ」

「マレビト?」

 聞き慣れない言葉だった。

「異界からやってくる人間、時空の概念を超越して現れる来訪者。そういう者を、マレビトと呼ぶ。お主らの世界で使われるそれと字義が同じかまでは知らぬがな」

 来訪者。つまりこちら側(・・・・)ではない、外様の人間。歓待されるにせよ排斥されるにせよ、そういう存在であるということは覚えておいた方が良いということか。

「要らぬ揉め事は、主らも願い下げじゃろう」

 二人揃ってその言葉に頷く。

「この世界の人間は、大なり小なり魔法を操る。最低限の知識や技術は覚えておいた方が良い。或いはマレビトであることも隠しておいた方が良い場面もあるじゃろうな」

「あまり受け入れられていないのか」

「いや、違う」

 言って妖精は気鬱げな表情で溜息を吐く。

「寧ろ、言えば多くの者が親身になってくれるじゃろうな」

「ならなぜ」

「親身にも、色々な親身があるのじゃよ」

「ああ……」

 何となく分かった気がする。

「お節介焼かれ過ぎて、かえって困るってやつか」

「それだけならいいんじゃが」

 言って何とも言えない表情で妖精は腹を掻く。

「物事の考え方は十人十色ということじゃ」


 まあ、会ってもいない住人についてどうこう考えても仕方ない。……そう思うと、腹が減ってきた。考えてみれば、起きてからまだ何も口にしていなかった。

「ひとまず腹拵えさせてくれ」

 そう言い自家菜園へ下りて、いつもの芋を収穫し、八朔、ベリーのセットを摘む。皆も下りてきていたので、各々の分は各々で採って貰う。

「もしや、いつも同じものばかり食っておるのか?」

「野菜も一応、あるっちゃああるけどな」

 基本的に遠い方の菜園からは必要量しか採ってこないので、今はあまり手元にはない。猪の干し肉ならあるが……ん?

 ダイフクが明後日の方向を向いていた。そういう時は大抵、


 バシュッ!


 大抵、人魚が出現しているのだ。その半ばを身体の中に取り込み、得意げに跳ねながら帰ってくる。

「おお、獲れたか! 流石だな」

 それ程でもある、といった風情で獲物をこっちに渡してくる。皆で食べようということだろう。

「ダイフクが美味いもん獲ってくれたから、みんなで――」

 振り返るとそこにはドン引きしたカルミアとシアの顔があった。

……あ、あれ?

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