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「とん、とん、じょー、じょー」
夕飯のあと、そらは一人で巨石の湯へ行って今しがた戻ってきた。洗い髪を囲炉裏端で乾かしながら、さっそく膝の上を陣取ったふじに歌を聞かせている。
それは同僚達が教えた、道成寺の歌だった。
「俺は湯へ行ってくる」
「ん」
そらの微笑みに見送られて、屋敷を出た。明日は休みだ、ゆっくり湯に浸かりたい。
くりぬかれた岩の、半円状の屋根の下。ちょろちょろと湯が流れる音を聞きながら、浴槽の淵で着物を脱いだ。
熱めの湯に入り大きく溜め息をつく。
「嗚呼、いい湯だ」
木々の隙間から鎌のような月が見える。
「今日も一日つつがなく終わった」
俺の暮らしに不思議な女が増えて、はじめの七日はとにかく疲れたが、何だかんだで落ち着いてしまった。
「こんな暮らしも悪くない……かも、な」
屋敷に戻ると、そらは囲炉裏端で横になっていた。寄り添うふじはへそを天井へ向けていて、半目を開けて俺を確認したら、また目を閉じた。
そうっとそらの顔を覗き込むと、すやすや眠っていた。
その無防備な寝顔といったら……疲れが吹っ飛ぶというのは、こういうことを言うのだろうなと、はじめて知った。
布団へ運んでやろうと思い、そらを丁寧に抱き上げれば。ふじがじとっとした目でこちらを睨みつけた。その目は「眠りを邪魔するな」と文句たらたらだ。
「ここで寝たら風邪をひく。布団へ行くからふじもおいで」
話しかけると、ふじは大きな体で飛び上がり。そらのおなかに乗っかって丸くなった。
「どんだけ歩きたくないんだ、お前は……」
「なぉん」
「はいはい、運ばせていただきますとも」
「なぉー」