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仕事から帰ってから掃除をして、夕食の支度をする。そらも見よう見真似で覚えて掃除を手伝ってくれるし、水汲みや米とぎもしてくれるから、一日の仕事がだいぶ楽になった。
夕食後、そらはふじと一緒に遊ぶのが日課だ。
「じ」
「なぉ」
「じ」
「なぉん」
「じ」
「あーん」
仲良く呼びかけあっていると思ったら、そらは思い出したように外へ出て行った。
すぐ戻ってきたそらの手には猫じゃらしが一本握られていて、背中に寒気が走った。
あれでどこかを突きでもしたら、うちには日の本を突き抜けるほどの大きな穴が開くだろう。
「まてまてまてまて、そら、家で猫じゃらしはなしだ」
そっと取り上げると、そらは不満そうな顔をして。
「ん」
猫じゃらしを奪い返されてしまった。
「それで家を突いて、家に穴が開いたらどうする。暮らせなくなってしまうだろう?」
猫じゃらしを指して、それを振る真似をして見せると。そらは理解してくれたらしく、眉を上げて頷いてくれた。
「わかったならそれを――」
俺が手を出すのと、そらが猫じゃらしの穂先で床を叩くのは同時進行で……
「叩くんじゃなあああああい!」
叫んだ時にはもう、時すでに遅し。そらは猫じゃらしの穂先で床を突いてしまったんだ。
家が壊れる! 書庫の屋根修理が終わったばかりなのに!
家の修理にかかる費用を漠然と考えて崖から身を投げたような心地になった。衝撃と、深い穴に備えて頭を抱え、目を瞑って現実を遮断した。
……が、三つ数えても衝撃はおろか地鳴りのような音も何も起こらなかった。
恐る恐る目を開けると、そらはムフムフ笑って、俺に見せ付けるように猫じゃらしの穂先で床を突いていた。
「なんで、何も起こらない」
何も起こらないほうがそりゃいい。だが何も起こらなかったら起こらなかったで摩訶不思議な心持ちになる。そらと猫じゃらしが組み合わされば、巨石をもくりぬく力があるのに。確かにあの日この目で見たんだ。巨石に穴が開くのを! 脂汗をかいて呆然としている俺に、そらは「ん~」と満足げに頷いて笑いかけたあと。待ちきれない様子のふじと遊んでしまう。完全に置いてけぼりの俺は、安心したような、謎が深まったような……複雑な心境でふじとそらの遊戯を眺めていた。