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何日経っても女は話せなかった。言葉や物の名前も知らない。だからあれこれ指さして、とにかく言葉を聞きたがった。
聞きたがる割にすぐ覚えられないようで、聞かれるたびに同じ事を教えた。
根気よく教えられないときもあった。疲れているときにしつこく聞かれるとさすがに嫌気が差した。
こんな具合に。
「ん」
「んぁあ、」
「んっ」
「んぅ、」
「んー!」
「チッ、あーもぉうるさいっ。疲れてるんだ、家にいるときぐらい静かに過ごしたい」
また時に、
「ん」
「……」
「んっ」
「……」
「んんんっ」
「はぁ……そんな事も知らないのか、ったく。俺は忙しい、たまには自分で調べろ」
冷たい態度をとったり、呆れたように振舞ったりしてわざと教えない事もあった。すると女は歯型も痣もきれいに消えたあの噛み痕をぺろぺろ舐めた。
やめろと言って腕を振り解いても、女はまた腕を舐めた。
すると俺はあの時のように、ふとした瞬間に胸中で頑なに張っていた糸が緩んで、疲れているからといって適当に理由をつけて女に冷たくあたったことを後悔する。だから言うんだ。
「ごめんな、」
女は舐めるのをやめて俺を見上げる。目と目が合って、俺の瞳をじっと確認したあと、女はこの上なく嬉しそうに笑うんだ。そうして俺は言葉を教えて、女はにこにこと聞いていた。
そんな日の夜はたいてい、布団にはいった時にもう一度伝える。
「今日は怒ってごめん」
すると女は、にこっと笑ってくれるんだ。