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女を連れて行くようになって、はじめは仕事場が落ち着かない雰囲気だった。同僚に冷やかされもした。それも日を追うごとにだいぶ落ち着いた。
同僚たちは女に優しく接してくれている。
迂闊に手を出すと噛まれる、と念を押してあったため、同僚たちは適度な距離を保って話しかけていた。しかし、『弥吉の女であろうとなかろうと俺たちには関係ない』と口々に言っていた。
野花を摘んで渡すのは後輩の次郎左、
さりげなく飲み水を汲んでくるのは同期の正成、
肌寒い日に羽織をそっと肩にかけてやるのは先輩の仁蔵さん、
自分で育てている小芋を蒸かして持ってきてくれるのは用務担当の茂助爺さんだ。
それでも女は噛み付かないまでも、茂助爺さん以外の同僚を警戒していた。けれど時間が経つにつれ悪い人ではないらしいという認識が生まれてきたようで、ときおり微笑んでみせることがあった。このとき、幸運にも微笑を独り占めした同僚は感動のあまり床へ転がってしまうのだが。女は転がる同僚を不思議そうに眺めているという滑稽な構図が度々見られた。
元々和やかな職場だったが、さらに和やかになった。
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女は茂助爺さんとすぐに打ち解けていた。爺さんは耳が不自由なのだが、女と茂助爺さんの意志の疎通はことのほかうまくいっている。
ある日の事。
茂助爺さんと女がお茶を片付けに行ったきり、なかなか戻ってこない。仕事は山の様に残っているが、心配になって炊事場へ向かった。
炊事場が近くなると、声が聞こえてきた。女と茂助爺さんの楽しそうな声だった。
楽しげな声に誘われるまま炊事場を覗いてみたら、女は茂助爺さんにお茶の淹れ方を教わっているところだった。
「ん」
「あー、んん」
「ん」
「おー」
「ん」
「あっ。お、お、お、」
「んぅ~。んぅ」
綺麗に片付いている炊事場で二人、身振り手振りで話している。
お茶の葉はこれくらい、
お湯の量はこれくらい、
湯飲みを温めておくといい、
などと、話している様子が視覚的に伝わってくる。和やかな二人を見ていたら、いつの間にかこちらも和やかな心持ちになっていた。……鬼のように残っている仕事も忘れて。
「お茶、淹れてくれたのか」
話しかけると女は驚いたように振り向いた。
俺を確認すると、にこにこと上機嫌で湯のみを指して、
「ん」
と一言。
「ありがとう。俺が持っていこう」
お盆を持つと、茂助爺さんは頭を下げた。
「あー、はあ、」
ありがとう、と言っている。
「これくらいお安い御用だ。こちらこそ、いつも美味しいお茶をありがとう」
「あー」
俺の唇を読んだ茂助爺さんはまた、頭を下げていた。