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女を囲炉裏端へ運んで、むしろを敷いて寝かせた。埃まみれでさすがに酷いから、顔だけでも拭いてやろうと、手ぬぐいを近づけた瞬間。埃を載せた長い睫毛が震えて、うっすら目を開けた。ゆっくりとまぶたが上がっていく様が神秘的で、目が離せない。
瞳を巡らせた女は、俺の存在にすぐ気が付いた。
すると、女へ向かって腕を伸ばしている状況に気づいて穏やかだった表情が緊張に固まってしまった。
「えと、これはだな、」
顔を拭ってやろうと思ったんだ、他意はない――
手を引っ込めながら、最後まで伝えるより早く。手ぬぐいを持っていた腕を引っ掴まれて、結構な勢いで噛み付かれた。
「うっ」
ビリビリとした痛みが肩のほうへ伝わって行く。女の鼻の頭には皺が寄っていて結構な剣幕だ。
「離せ、痛いだろ」
咄嗟に女の額を軽く叩いたら。
「ふむっ」
と唸って驚くが、それでも噛み続けた。
こうなったら……
「離さないと目を潰すぞ」
人差し指を見せ付けて脅してみせるのに、女は全く相手にしていない。ならばと女の目を瞬間的につついた。
「はな・せっ」
と拍子をつけて。
「うんむっ!」
と言って女は目を押さえたが、噛み付いている腕は離さなかった。
どうにも離しそうに無い様子に、俺も腹を決めた。
「離せ離せ離せ離せ離せ」
ぱしぱしぱしぱし額をたたく事数十回……女の額が桜色に染まるがその口はまだ、俺の腕に噛みついたまま。と、その時。ふじがどこからともなくやって来て、囲炉裏端で寝転がった。へそを上に向けて両腕で耳を撫で付けている姿は俺の怒りを急激に削いでいった。
「離…………はぁ、」
女を離そうとして頑なになっていた気持ちが緩むと、へなへなと体の力が抜けた。噛まれている事などどうでもよくなってしまったんだ。そりゃあ、痛いけれど。
「俺の腕はそんなに噛み心地がいいか」
穏やかに尋ねると女は瞳を瞬かせ……鼻の間に寄っていた皺が消えた。俺を伺うように見上げていたが、そのうちに穏やかな顔つきになった。最後に腕を離して、歯形をぺろぺろ舐めた。
歯形はくっきり残っていて、窪んだ所があざになっている。
まだ舐め続ける女に大丈夫と言って、半ば無理やり腕を引っ込めた。
女は首をかしげて噛みついた腕と俺の顔を交互に見る。何処となく不安げで、本当にもう大丈夫なのか、と顔に書いてあった。
「だいじょうぶ。ほら、この通り。だいじょーぶだ」
腕を曲げ伸ばして見せると、女はちょっと首をかしげ、でも穏やかな顔つきで言った。
「ダ、ぃ……ブ。ダッ」
にかっと笑みを向けられて。片言なのに自慢げだから、噛まれたところはまだ痛いけれど、つられて笑った。