第63話 「鐘は鳴る」
イリムがユーミルへと一直線に駆ける。
ユーミルは素早く腕を上げ、イリムになんらかの『呪い』を……かけようとしたその先にすでに少女の姿はない。垂直に跳躍したイリムはローブの少女の真上を飛び越え、そして瞬時に目の前に広げられた鎖の1本を蹴り真横へ飛ぶ。
真下から展開した鎖の花を回避され、ユーミルが感嘆の声を上げる。
真横に飛んだイリムはその先の壁をそのまま蹴り、斜め下へ。地面を捉えさらに前進。あくまで悶え苦しむ当主へと迫る。
恐らく、彼の息の根を止めることでこの状況を止めようというのだ。
ユーミルもさすがというか、その動きを予測してすでに鎖を投じていた。
イリムの行く手が鎖のカーテンで封じられ、意図を察した彼女は後ろに跳躍。
「チッ」というユーミルの声。
指差しはイリムの先ほどの動きを予想し天井にむけていたが空振りに終わった。
その高速のやりとりを眺めながら、俺はさきほどの言葉を思い出していた。
「子どもに、あんなことをやらせるのは悲しいです」とイリムは言った。
あっ、と思った。
そうか、そうなのだ。
俺が感じていた不快感をずばりとイリムは言い当ててくれた。
残念ながら、当のご当主さまに憐憫の情はあまり湧かない。
俺はそこまでできた人間じゃない。
でも、小さな子どもが激情や恨みに任せてその小さな手に見合った小さなナイフをあの男に振り下ろしているとしたら。
そうせざる負えない状況になってしまっているなら。
それは悲しいことだと思った。
ずい、と一歩前へ出ようとすると、それはアルマに止められた。
「今は、あのふたりに任せましょう。それに、2対1になるのなら私がユーミルさんに加勢いたします」
「……だが」
「それに、風向きがほんの少し変わってきました。今はあのふたりに」
「…………。」
ふたりの戦いに目を戻すと、戦況は歴然だった。
溢れるほどの身体能力を持つイリムと、死霊術師であるユーミル。
戦士と魔術師を単純に比べることはできないが、ふたりは同じ程度に見える。
それを埋めるのは経験と目的の差だろう。
経験はイリムのほうが劣る。
さきほどから回避のクセを読まれ、小さな呪いを何度も受けている。
イリムの動きが素早いせいか高度な呪いは受けていないようだが、それでもだんだんと使う呪いの種類が変わってきている。
指さされただけで、体に切り傷が走る。血がにじむ。
そのたびにもう止めろ!とユーミルは叫ぶ。
だがイリムは突進を止めない。
そう、彼女の目的はあくまで子どもたちであり、ユーミルへの攻撃は一度もない。
気付けば、びたん、びたんという音は止んでいた。
四肢がねじれた男が静かに嗚咽を上げる声だけだ。
眼を開く。
いつもいつも、火精を視る時に使っている意識の切り替えだ。
『霊視の魔眼』とアルマは言った。
であるなら、今この時だけでもいい。
火精以外のあらゆる霊の声を捉えられるようにと……。
イリムは何度も前進する。
ユーミルはそれを阻止する。
それを、子どもたちの霊は眺めていた。
その手に持つナイフを止めて、彼女らを見ていた。
声も聞こえる。
痛そうだよ。
苦しそうだよ。
どうして……あのお姉ちゃんは、なにをそんなに頑張って……。
その直後、ついに、ユーミルの鎖がイリムを捉える。
10を超える鎖の群れが彼女の体に絡みつき、地面に彼女を打ち据えた。
「……イリム……ここまでだ」
「…………。」
致命傷はないし、大きな怪我もない。
だがイリムは傷だらけだった。
体中から血を流し、豊かな耳も血に濡れている。
「……おいトカゲ男、こいつに『治癒』を……」
「待って下さい」
鎖でぐるぐるに巻かれたイリムから声。
「あの子たちと、話をさせて下さい」
「……はぁ……?話なんて……」
と振り返ったユーミルは、言葉を失った。
しばらく、無残な男の体と、その奥の子どもたちを眺めた。
在りえざるモノを見るかのように。
「……そっか」
ユーミルは静かに呟くと、腕を引き上げイリムの拘束を解いた。
スルスルと彼女を縛っていた鎖たちが紫のローブの元へ吸い込まれていく。
イリムはゆっくりと立ち上がると、子どもたちの方へ歩き出した。
そのイリムへユーミルが何事か詠唱する。
「……しばらく、死者と話せるようになる……」
「ありがとうございます」
イリムは子どもたちの前に座り、彼ら彼女らと目線の高さを同じにする。
そして静かに霊たちを抱きとめ、小さな声でいくつか話をした。
内容はありふれたものだった。
愛情と、心配と、ほんの少しのお説教。
聞くものが聞けばあざ笑うだろう。
陳腐でありきたりだと哄笑しただろう。
そんな、ごくごく素朴なお話は……親に売られて、ここに買われた子どもたちにとっては生まれて初めてかけられた言葉だったのかもしれない。
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しばらくしてイリムがすっ、と子どもたちから離れる。
「送ってやって下さい」
彼女が強い意思を感じさせる声でそう言う。
声はザリードゥに向けて。
「……わかった」
今の今まで静かに壁にもたれ掛かり、無言を貫いていた男が応える。
スタスタと素早く、真っ直ぐに。
ねじれた男を抱え、丁寧な詠唱の声が響く。
『葬送』の奇跡。
天国だとか、あの世だとか。
あるかもわからないその場所へ送る。
……だが、ここよりはずっとずっといい場所に行けたのだと思う。
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その後、イリムの頼みで現・当主にも『治癒』が施された。
痛みに苦しむ声は悪人とはいえ堪えるものがあるし、なにより少し静かにして欲しかったので特に反対はしない。
なにより、今回の事件も含め、洗いざらい吐くという仕事が彼には残っている。
死んで逃げることは許されない。
カシスは依頼人への報告へ。
しばらくすると衛兵も含めここに調査の手が入るだろう。
見事依頼解決である。
みけは、ほうとした表情で廊下を眺めている。
そのみけに、ユーミルが声をかける。
「……その……思い出したか?」
「いえ……すいません」
「……そう……」
みけがミリエルの記憶をすぐさま取り戻す、ということにはならなかった。
ユーミルによるともうここのご当主さまにはなんの魔術の力も残ってはいないそうだ。
みけの記憶喪失、あるいは記憶の封印は、本人によるものか、時間が解決するモノなのかもしれない。
そこらへんの現代心理学ちっくなところは、後でユーミルに話しておこう。
その後アルマとユーミルは手当たり次第に館を漁った。
物理的な盗みは少ししかしていないそうだが、目に見えないなんやかんやは洗いざらいふたりに回収されたそうだ。
そしてこれは敗れた魔法使いや魔術師の当然の末路で、この世界の慣習であるらしい。
郷に入っては……の精神でとりあえず見ないことにした。
イリムは、ザリードゥに治療されぴんぴんしている。
むしろアルマやユーミルの作業を手伝っている。
ユーミルとの仲が険悪になったのでは……と危惧していたのだが、そういうのは一切ないそうだ。
「冒険者同士が、互いに信念を持って決闘するのはよくあることです」だと。
じめじめ根に持つほうがおかしいとまで言われた。
100%賛成はできないが、少し、参考にしようと思った。
こうして、長い戦いの夜は終わった。
そうして次に悩むのは、みけの処遇である。
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