第62話 「誰《た》がために」
みけは外にいろ、というユーミルの指示で6人であの胸糞悪い部屋へと踏み込む。
豪華な客間……というかあらためて見れば当主に相応しい内装である。
ところどころに、不愉快なモノが貼り付けにされているせいで気付きづらいが。
その中央に置かれたこれまた豪奢なベッドの脇に、ひとりの青年が立っていた。
青い髪、金の瞳。すらりとした出で立ちは確かに高貴な生まれを想像させる。
しかし、その中身にはたっぷりの醜悪さが詰まっていた。
「どうも、挨拶が遅れたようで……」
鮮麗された動きで一礼。
俺に貴族の礼儀作法はわからないが、それでも正統のものとわかる優雅な所作。
たっぷり時間をかけたあと、おもむろにクツクツとした笑い声が響く。
ユーミルが2歩、前にでる。
ここは私に任せて、と。
「……ラトウィッジ、まさか【転生】を編み上げるなんて……驚いたよ」
「……なんだ、小娘?」
じーっと目の前のローブの少女をにらむ青年、いや今やこの館の当主か。
その彼がしばらくしてため息を漏らした。
「ほうほう、同業者か、珍しい。どこぞのお家か知らんが、所詮下賤で卑しいものであろう」
「……うわ、よくわかったね。なにしろ滅んじゃったからなー……」
「―――ハッ、すでに我が身は全知」
なんだか青年はテンションが高いというか、浮かべた笑みも病的だった。
およそ、人の表情ではありえない。
「……ずいぶん調子よさそうだな」
「この体には、数多の力が宿っている。先ほどの枯れ木のような体とは段違いだ」
「……ふーん、こえーこえー」
「わからぬか?この身には大量の、それも7歳未満に厳選した幼子の魂を取り込んでいる。50、100では効かぬぞ?私も忘れてしまったぐらいだが……」
「159人だよ」
当主のひとりごとを素早く断ち切る。
ユーミルが、冷たい怒りを湛えているのがこちらまで伝わってくる。
イリムが静かに左手を握ってきた。こちらもしっかり応える。
「…‥は?いや、たぶんそれぐらいか。鑑定眼はしっかりあるようだな」
「……そりゃどうも」
「で、だ。それだけの魂の量、魔力の純度。
貴様もこの道の端くれならわかろうものだろう?」
「……ああ、想像するだけで恐ろしいね。
5、6歳なんていうと一番残酷な時期じゃん……」
あっ、というアルマの呟き。
これはまずいですねー、と続ける。
どうした?と小声で聞くと、みなさん、決して動かずにいて下さい。
できれば目をつぶっているのがお勧めですよ、と。
「……どうもお前とは話が噛み合わん。よほど下等な家に生まれたか、まともな師が……」
と当主が口にしようとした瞬間、ユーミルの鎖が彼の口に直撃した。
「あががっ!……ぐっ、貴様!!」
「……デス太の愚弄は、許さない」
歯が折れたのが、口からの出血を抑え血走った目でユーミルをにらむ当主。
だがすぐに、にちゃあ……と口を限界まで広げる。
「そうか!では貴様は『魅了』で壊れるまで使ってやろう!
むろん後ろのコバエどももな!ほうほう、よく見れば悪くないのもいるではないか!」
「……うわー、元気なご老人ですわね」
ニコニコとアルマは笑っているが、俺は怖気が走っている。
そもそも、これからかける呪いを宣告する意味がわからない。
「廊下にいるのだろう、みけ!お前もな、これからはたっぷりと……」
「おい」
ユーミルが大声を上げる。
当主はありえないという顔で彼女を見る。
「『金縛り』が効いていない!?」
「……んなもん、発動すらしてねーよ……」
あたふたと見るからに慌てだす青髪の青年。
「莫迦なっ!この身には数多の辺獄の霊魂が宿っているのだぞ!?」
「……そうだな、たくさん、たくさんいるな……」
「それに宿る魔力を以ってすれば、視線だけですら高度な呪いの行使を……」
突然、当主の右目が破裂し鮮血が吹き出した。
「がっ!!」
「……だれもな、オマエのいうことなんて聞きたくないってよ……」
「いや……バカな……全員……隷属シィイイッツ!?!?」
男の右腕と左足が、あらぬ方向に折れる、いやねじれ曲がった。
雑巾しぼりのようだ……と場違いなことを考える。
「……さっきみんなと話して、決めさせたんだ。
このままどこかに行かせてやるか。万が一この体にお前が入ってきたら、何かしてやりたいか」
この部屋で、ユーミルが悲しげな顔で男の死体に触れていたのを思い出す。
あの時、死者の、子どもたちの霊と語り合ったのか。
死者と語り合う力を持つ魔術師。
そうであれば、つまり彼女は……。
男のさらなる悲鳴。絞られた雑巾が無造作に地面に叩きつけられている。
びたん、びたん、びたん、びたん。
繰り返し、繰り返し、あらん限りの力で。
びたん、びたん、びたん……ぶちっ。
ほつれた部位が、千切れ飛んだ。
「―――――――ア、」
直後、想像を絶する咆哮が上がった。
気付けば男は両目も潰され、泣くこともできずに鳴いていた。
鳴いて、許しを乞いていた。
子どもたちに、貴族の男に、そしてなにより自分自身に。
雑巾しぼりが追加される。
「……だーから言っただろ、子どもは残酷だって」
「ユーミルさん」
イリムの声。
ユーミルの背中へ、強い口調で。
「もう十分じゃありませんか」
「……それを決めるのは私じゃない、あの子たちだよ」
「でも、もう本人も罪を認めて、」
「……それを決めるのはアイツじゃない、あの子たちだよ」
俺は男が苦しむさまを見て、多少なりザマアミロと思っていた。
だが、腕が千切れたあたりから、なにか……言いようのない不快感を感じていた。
「私はユーミルさんに賛成ですわ」とアルマ。
「復讐はよく、遺族の勝手な鬱憤を晴らしているだけじゃないかとか、殺された人は復讐なんて望んでいないだとか議論になりますが。この場合、その当の本人に直接聞くことができる。死霊術というのは素晴らしいですわね」
ザリードゥは「ノーコメントだ」と首を振り、カシスも「私には決められない」と同じく惨状から目を背けた。
その間にも、びたんびたんという耳障りな音と悲鳴が響き渡る。
「私は、反対です」
「……だーかーら、イリムの意見は関係ないの、当事者同士で決めさせてるじゃん」
「ユーミルさんの死霊術で、力を与えて……ですよね」
「……そりゃあ、そのまんまじゃ『霊動』は難しいしね」
「じゃあ、子どもに刃物を与えているのと同じです」
「……うん?……そっかぁ、そうなるかもね」
「6歳の子どもに刃物は早すぎます。取り上げます」
「……ハッ、そーかよ……じゃあやってみなよ……」
―――バチリ、とふたりの間に緊張が張り詰める。
「……おいイリム」
「師匠、ここは引けません。子どもに、あんなことをやらせるのは悲しいです」
―――直後、イリムが弾丸のように紫の少女へと駆ける。
ふたりの戦いが始まってしまった。
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