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第61話 「相当まずいこと」

そうして攻防がしばらく続いたあと、唐突に敵の波が止む。

アルマの指令で連射も止めるが、並列想起した2丁拳銃デュアルウィルドは保持したままだ。


土煙が晴れてくる。

食堂の入り口は攻撃の余波でぼろぼろで、廊下の壁もその奥の壁も粉砕し庭まで一直線の通り道ができている。

風がかすかに通り抜け、熱を帯びた戦場や体をすこしだけ冷ましてくれた。


仲間を見ると特に前衛は損耗が激しく、イリムとザリードゥはごくりと高級エクストラポーションをあおっている。

イリムは2本目を肩に浴びた裂傷に直接ぶっかけ。

この使い方は局所的な『治癒ヒール』となる。


ユーミル、アルマは肩で息をし、気付けの薬草を口に放り込みモグモグと咀嚼する。俺も彼女らにならい、手探りで腰のポーチから薬草を掴む。


もちろん視線は入り口へむけたまま、口に押し込んだ薬草を奥歯で噛みしめる。

とたん、青臭い苦味とミント系の爽快感が口から鼻へ抜ける。


微量の麻薬成分を含み常用は勧められないが、緊急のさいには重宝される一品で、噛むエナジードリンクである。


精霊の励起れいきと術の想起そうきでフル稼働させていた脳と体に、強制的に活力を叩き込む。

そういえば……と思ったことを口にする。


「背後からの奇襲がなかったな」

「ちらっと後ろを見ては?」


少し悩んだが、アルマが言うのであればとさっ、と後ろを確認。

窓ガラスや、壁のところどころに古びた硬貨が張り付き、白く輝いている。

急いで視線を前へ戻す。


「あれは……盾のコイン?」

「しかもザリードゥさんの『祝福ブレス』込みです。あの硬貨はああいう使い方もできるので本当に重宝しますわ」


魔法の盾(WOK)』を連ねることで『魔法の壁(WAL)』にしたわけか。

アルマは以前のゴブリン退治でも、『幻影』で敵集団を寄せ集めてからそこを爆破するという策をとっさに披露していた。

彼女は本当に魔法を使うのがうまい。


猛攻が止まってからしばらくしたあと、唐突に敵の波が再開された。

だがその数も、質も、さきほどより数段落ちる。

脅威はほとんど感じず、それは仲間の空気でも感じられた。


そうして、スケルトンの間からひょい、と老人が体を滑らせた。

若干、油断していたのだろう。とっさに反応ができない。


すぐさま跳ね上がる両腕、両指での『呪い』の行使はしかし、投網のように放たれた鎖に阻まれた。

ユーミルの鎖である。

巻き付き、うごめき、老人の体を頭部も含め簀巻すまきにする。

とたん、周囲の骨戦士がカラカラと崩れ落ちる。


「……あぶねーなこのジジイ……十指で『呪い』が撃てるのかよ……」

「ユーミルさん、ナイスです」


と微笑むアルマ。私では間に合わなかった、とも。

もし全員に上級の『恐怖フィアー』が掛かった場合、俺たちは後方に逃げ惑うことになる。

そうして後方には『魔法の壁(WAL)』で逃げ場はなく、混乱のなか死者の群れに切り裂かれると。


「裏の窓や壁が破れぬと知ったとき、この手を思いついたのでしょう」

「腐っても名門の魔術師か」

「師匠さん、そうですわね……あなたが成りうる末路でもあります」


アルマにそう言われて、一瞬意味がわからなかった。

俺がこんな、醜悪な魔術師に……


「彼は、自身の館という魔力や死霊、ようは物量豊富な状態で過信し、力押しに頼った。なみの相手ならばそれで十分でしょう。ですが押しきれなかった。だが最後の最後、本来の彼らしい戦い方ができた」

「…………。」

「量、術の本数に頼るだけではまだまだ2流です。そして1流だったものが2流の戦いに慣れてしまうこともある」

「…………。」

「【精霊術師】として破格の弾数を誇る師匠さんを、たった1発の『魔法の矢』で討ち取るすべを思いつくのなら、その新米魔法使いが勝者です。

 ……ゆめゆめ忘れぬように。あなたにはまだ役目があるので」

「…………わかった」


慢心するな、警戒を怠るな、工夫をこらせ。

いままでも当たり前に先輩冒険者から繰り返し言われてきたことだ。

だが【精霊術師】であり、【火線使い】と呼ばれ、機関銃マシンガンのように『火弾』を行使できる自分は、はるかにそれを気にしなければならないだろう。


……と、アルマの足元で小さなうめき声。

みけがゆっくりと体を起こしている。


「よっ」

「えっ……わあああ!!師匠さんですか!」

「はじめまして、アルマと申しますわ」

「わあああ……すごい綺麗なお姉さんですね……」


ちらとこちらを見るみけ。


「師匠さん、やりますね」

「いやいや、残念ながら」

「……私は別に構いませんけど」


えええっ!

マジか、とアルマを見る。

にこにこと笑う彼女の笑顔。


「祖のため、詐欺師の処断のため、なによりフラメル家の復興のため。

 あなたがたにはいろいろとしたい実験が……」

「結構ですやめてください」

「……そうですか」


アルマは心底残念そうだった。

やっぱ錬金術師アルケミストはマッド・サイエンティストじゃねーか。

死霊術師ネクロマンサーとどっこいどっこいだったらイヤだな……。


「ちょっとアンタたち、そろそろこっち来て」

とカシスの掛け声。


老人はユーミルにふん縛られイリム、ザリードゥ、カシスに囲まれている。

もう、危険はないだろう。



簀巻すまきにされた当主をみなで見下ろす。

こうしていると老人虐待かなにかをしているようである。

みけは、恐る恐るといった感じで後ろに張り付き俺の服を掴んでいる。


頼りにされて嬉しい反面、とっさに動きづらそうと思うが、イリムにやるよりはマシだろう。

あいつはとっさの時は超機動をかますので、みけが吹っ飛ばされる。


「……ミリエ……いやみけ。この状態でなんかする手段、ラトウィッジの術式には?」

「…………。」


全身ぐるぐる巻きで、口も目も塞がれているかつての当主を、みけは特に痛々しいそぶりも見せず観察する。


「わたしの知る限りでは、ないです」

「……まー、変な素振り見せたら即、締め殺せるからなぁ……」


ああ……この状態から、ギュッと。

ユーミルの鎖はわざとなのか、手入れの関係か。

バリやサビがところどころにあり、アレで絡め取られたあと引き絞るとそのまま鎖で切断される。

絶対に目にしたくない光景だな。

かつて動画で見た、廃棄牛のダブルローラーミンチを人間でやるわけだ。


「カシスさん、依頼人のところまでお願いします」

「わかったわ。依頼人、衛兵の詰め所の順ね」

「そうですわね」

「……まって」


ダッ、とカシスが駆け出そうとしたその瞬間、ユーミルが静かに制止した。


「……こいつ、なんかやろうとしてる」

「なにかって……?」

見れば、老人はもぞもぞと身動きを取り始めている。

「……さあ……知らないけど」

―――ギュルギュルッ!!と鎖が高速で回転しながら締め付け、あっという間に簀巻きの中身が吹き出した。


思わず目をつぶり、グロテスクな光景に備える。とっさにみけの目を塞げたのは俺にしては判断が速かったと思う。

そうして覚悟を決め目を開けると、辺りにはヒトの肉片ではなく黒いヘドロのような液体が飛び散り、次から次に床へと染み込んでいる。


「これって……黒森のときの」

イリムが呟く。


そうだ、あの防衛戦で敵の大群を食い止めたあと、彼らの死体はボロボロの黒い染みとなって地面に消えていった。

そしてもうひとつ思い出した。

ユーミルとの出会い、撃退した異端狩り、その死体。

彼らも、ユーミルが腕を振ったあと地下水路の床へと、タールのような染みに呑まれて消えていった。

この現象にはどんな共通点があるのか。


「……ちっ……めんどくせー……」

「なあユーミル……」

「……ちんたらしてねーでいくぞ、師匠」


テクテクと廊下へと歩みだすユーミル。

アルマも付いていきましょうと、みなに声をかける。


先頭を行くユーミルに俺とイリムが並ぶ。

イリムは前衛として油断なく前方を警戒している。


「なあ、どういうことだ?」

「……最後の手段として、むりやり【転生リンカネーション】したんだよ……」

「―――!!」

「まずくはないですか」

「……ああ、相当まずいことになる……」


そのわりにはユーミルは余裕というか、むしろ静かな笑みを浮かべている。

それは優しく、誰かを見守るような笑みだった。


「……最後は、やりたいようにやらせてやるからな」



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