第58話 「アリス」
・盗まれた遺体は貴族のご子息のものである。
遺体の回収及び、不埒な盗人の捕縛を願いたい。
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あらためて、これが今回の依頼の内容である。
そして依頼対象は、部屋の中央のベッドに寝かされていた。
まるで生きているかのような姿で。
死後10日以上たっているとは信じられない。
若くキレイな貴族の青年。
体には何十本ものチューブが突き刺さっている。
背中や太ももから伸びる白い管をたどると、壁一面に縫い付けられたモノに接続されている。
壁や机の、そこかしこに膨大な数の小さな人型。
ほとんどが干からびており性別すらわからない。
…………これは、ダメだ。
少しは予想してた。
孤児や奴隷を買い入れているという話は聞いた。
前の世界の、特に中世なんかはそういう話を知っている。
ジル・ドレだとかエリザベートだとか。
しかし……直接こうも見せつけられると……。
気付けばえずき、胃液をその場で吐き出していた。
……なるほど。
あまり食っていくなという忠告はこのためか。
顔を上げると吐くほど動揺しているのは俺だけのようだ。
カシスはこの世界で2年以上生きているし、他の仲間は言わずもがな。
「師匠……大丈夫ですか?」
イリムに背中をさすられる。
いや、ああ……となんとか答える。
「その、この現場を告発すれば終わりじゃないのか?
貴族の遺体に加え、これだけ子どもの死体があるんだ。
もう、あのジジイは終わりだろ?」
「子どもは、合法ですけどね」
アルマが静かに呟く。
見れば、アルマはこの中で唯一怒りだとか、動揺が一切ないようだ。
むしろ興味深くこの部屋を調べている。
「奴隷の所有権は持ち主にある。……あとはわかるだろ」
ザリードゥが怒りを堪えながら唸るように言う。
あとでみんな送ってやるからな、という呟きも。
「……バカだなぁ……このトカゲはほんと」
「あん?さすがにキレるぞ」
「ぜーんぶ中身が抜かれてるよ、魂もなんも、あの中央の男に」
「……なんだって」
「……ハッ。ラトウィッジの野郎……【転生】に至りやがった。させるかよ」
転生……つまり、ああ……なるほど。
年老いた当主が、若い貴族の死体に興味がある理由はこれか。
「この、子ども達はなんの意味がある?」
「……さあ……単純に魔力の多い体にしたいのか、若い体液が要なのか……」
「ゴメン、ちょっと私には理解できないわ」
「俺っちもだな」
「もうひとつ、理由がわかりました」と本棚をゴソゴソやっていたアルマが、青表紙の装丁でみるからに古そうな本をみなの前に開く。
それはラトウィッジの家系図だった。
連綿と綴られる膨大な歴史。
しばらく眺めていると奇妙な点に気がついた。
必ず、直系の後継者を産む者の名前がアリスなのだ。
そしてそのアリスには、どこの家からだとか、両親が誰なのかなどの情報がない。
ポツン、と家系図の中に単独で現れ続ける。
「……これは……」
「みけちゃんでしたっけ。昨日のあの子。
遠目で見てもずいぶん恵まれた徴を持っているのがわかりましたわ。
その時点でうすうす予想していましたけど……」
単独で現れ続けるアリス。
強力な徴を持つという孤児のみけ。
「つまり、アレか」
「そうですわね、この家は優秀な血を持つ者をよそから引き入れ、徴を強化してきたのでしょう。あのご老人が自身を転生させたい理由のいくらかはコレでしょうね。……ご高齢で、お世継ぎを作るのも厳しいのでしょう……」
……みけからアリスになって、ラトウィッジを継承させる、と少女は言っていた。
より正確には言わされていた。
アリスはつねに、ラトウィッジの直系を産む役目を負う。
つまり、あの老人はみけに自分の後継者を……。
「前の世界にもいたけどさ……ほんと、虫唾が走る」
カシスは心底おぞましいといった顔で、貴族の死体をにらむ。
俺も彼女と同感だ。
ユーミルはその死体に手をあて、あまり見せたことのない表情をしている。
悲しさと、優しさと、怒りと、慈しみと。
それらすべてがないまぜになったかのような……。
その彼女にザリードゥが近づく。
「なあ……その中には子どもの霊もいるんだろ?
送ってやることはできないのか?」
「……【葬送】で体がほどけたら、悪事の証拠も消えちゃうだろ……」
「クソッ、そっか」
「……事件が解決すればこいつは豪華な葬式だ。そんときまで我慢しろよ……」
「ああ」
イリムは強い決意に満ちた目で、かつての子どもだったものを見渡している。
彼女の闘気が膨れ上がるのがわかる。
貴族の遺体を見つけたことで次の段階へ。
遺体を回収し告発するか、当主を無力化し衛兵に踏み込ませるか。
状況によってどちらか、という話だったが、残念ながら前者の策は取れない。
体に突き刺さった何十本ものチューブは完全に体と一体化しており、チューブ自体もかなり頑丈なものらしい。
ザリードゥとユーミルなら切れないこともないが、一本でも手をつけた時点で当主にバレるそうだ。
「全力で振って一本、そっからまた全力で振って一本。まあ、間に合わねぇよ」
カシスだけ依頼人や衛兵の詰め所に走らせる案も出たが、ザリードゥのカンによるとこのエリアの衛兵は信用ならないとのこと。
証拠も、犯人もしっかり確保した、もう言い逃れも工作もできない段階で呼ぶべきだ、と。
それと切実な事情として、魔法職3人のパーティで前衛がひとり抜けるのは辛い。
というわけで後者の策、当主の無力化となる。
奇襲状態からいっきに仕掛ければ、ここが彼の館だとしても勝算はある。
ラトウィッジは典型的な死霊術の家で、ゲーム的には召喚師といえる。
あとは指差し、視線などによる呪い。
召喚師は先手必勝に弱く、さらにユーミルによる鎖の拘束で腕も目もがんじがらめにしてしまえば、ほとんどの力を奪うことができる。
スニーク&アタック。
先ほどやってきた見張り処理と戦術は変わらない。
違いはそう……相手が人間性のカケラもない死霊術師というだけだ。
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