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第50話 「バフェットの指輪」


起きたら、目の前は真っ暗だった。

背中が冷たい……まるで石畳の上に転がされているようだ。


げし、と脇腹に軽く衝撃。

視界はゼロだが、明らかに靴で蹴られたのはわかるぞ。


「……起きろよ、まれびと」


気だるそうな、しゃべること自体が面倒くさそうな低い声音。

この声には聞き覚えがある。


「……なんでオマエら、あんな場所にいたんだよ」

「とりあえず、話がしたいなら拘束を解いてくれないか」

えーっ……という呟き。


「助けてやったんだから感謝しろよ」とペシペシ肩を叩かれた。意味がわからん。

足音がし、なにかを揺する音。イリムやカシスのうめき声。


音から察するに、彼女らは優しく起こされたようだ。

俺は足蹴だった。

男女差別だった。

抗議しよう。


「おい……ユーミル、だったか。なんで俺だけキックなのよ」


「……なんでアンタ、私の名前知ってるのさ。

 ……うわ、まれびとでストーカーかよ……救いようないなぁ」


抗議は無視された。


「あっれ……よく見たらカシスじゃん。おひさ」

「……あのね、ユーミル。さすがに昔組んだ仲でもこれは怒るよ」

「だーかーらー。……ああ、めんどくせ」


パチン、と指を鳴らす音。

たちまち目隠しと、拘束が解ける。


周囲を素早く確認する。

どうやらここは地下下水道内の、いずれかに設けられた小部屋らしい。


拘束の下手人である少女、魔法使いのユーミルを見ると、相変わらずの紫ローブで、暗闇にいると亡霊のようだ。

肩から垂れる左右のおさげを、両手でイジイジしながら「助けてやったのに礼もなしかよ」と聞こえるように呟いている。


「なんだかわかりませんがありがとうございます!」とイリム。


「……わっ、子どものほうが礼儀正しいよ。情けねーな大人ふたりは。

 まっ、この子に免じて説明してあげようではないか」

「はあ」

なんだかな。


「カシス、その階段の先……ラトウィッジの屋敷だぞ」

「えっ!」

「……多重結界、さっきの階段から先……そゆこと」

「…………そうか、ありがとね」


カシスがみなに説明する。


「ゴメン、調査役の私のミスだわ。壁に細工や魔法陣がないから油断した。

 まさかよりにもよってラトウィッジのトコだったなんて」


「その屋敷だとなにが問題なんだ?」

まあ、家宅侵入罪にはなるか。


「……名門の、お偉い、クソ金持ちの魔術師の家だよ……」

「そうね、200年は続いているとかいう名門よ」


イリムとカシスの言葉を聞くに、相手をするには分が悪いのだろう。


「……あと、そうだなぁ……専門は死霊術だね」


そうなの?というカシスの声に、情報代こんど奢れよ、とユーミル。


「一般ぴーぽーには知られてないけど……。

 ……街の有力者はだいたい」

「なんで捕まらないんだよ」

「……法律ちゃんと守ってるからだよ……」


うーん……そっか……いや?


「墓場からここまでゾンビを追ってきて、それが階段登っていったんだが」

「……へえ」


そうなの?と彼女はイリムに尋ねる。

再確認は大事だが、あんまり信用されていないようでちょっとムカつく。

依頼を請けた経緯や、尾行の説明をするイリム。


「……ふうん……でもさ、ただ散歩させてた、って言われたらどうする?」


確かに。

墓場を歩いていたからイコールそこの墓地から盗まれた、とは証明できない。

地面から這い出てくる現場を押さえたわけではない。


「……それに墓泥棒だけじゃ大した罪にはならないし……罰金ぐらいじゃね?」

「おかしくないか?」


お貴族様にはコネとお金があるんだよ、と返された。


「……でも、そう……うーん、でもなー……」


ローブの少女はぶつぶつと独り言を呟き始めた。

なんか、外界を完全にシャットアウトしているような。


「あれはユーミルが考え込んでいるときのクセだから。しばらくほっとこ」

「そうか」


「ところで、アンタさっきまれびとって言われてたよね」

「ああ」

「師匠から言ったんですか」

「なわけない」


「……ふつうにバレたでしょ。私も、初対面で言われてびっくりしたもの」


なんか、見分け方があるんだろうか。

だとすれば恐ろしいことだが。


俺が怖い顔をしていたからか、

カシスは「安心して。普通じゃ絶対使えない方法らしいから」と。


------------


「……よし。オマエら協力しろ」

唐突だった。

意味がわからない。


「きちんと説明して、ユーミル」

「ほいさ」


ユーミルの説明をまとめる。

彼女はあの屋敷に用があるらしく、中に入りたい。

俺たちもあの屋敷が怪しいので、中に入りたい。


ただの墓泥棒程度では罰金ぐらいだが、俺たちの依頼にあった貴族の遺体。

これはまずい。


貴族のご子息を盗んだとなると、しかもそれが死霊術にまつわる家であると。

これがセットになるとかなりの問題で、いくらお偉方でもお縄につかねばならない。


「潜入して、貴族の遺体を抑えて、それを外部に証明すれば。私たちの勝ちになる」


もちろん、もう一回はきちんと墓泥棒の現場を押さえたいところだが、遺体というのはナマモノだ。

こんなん息子じゃねえ!となるタイムリミット前に回収したい。


そこは大丈夫だろーけどなぁ……とユーミルは呟くが、DNA鑑定もない世界では信用ならない。


「……そうそう、侵入するにはこのままじゃ無理がある……」

「なんで?」


「……代を重ねた死霊術師の、本拠地の結界……無効化できるわけないじゃん」


「じゃあどうするんですか?……そうか、強行突破ですね!」

「できればそれは避けたいけど」


相変わらずイリムは突撃派で、カシスは慎重派だ。


「ラトウィッジの多重結界は……とっても強固、私じゃムリ。

 …………だから、無効化できるヤツに協力してもらう……」


と、ユーミルは俺の手をとった。




「――そうか、俺か」


なんだか知らんが俺の力があれば、多重なんちゃら結界をぶち破れるということか。精霊術には、隠された未知の力がまだまだあるのだな。


「どうやればいい……ついに、無効化能力キャンセラーまで獲得してしまうのか?」

「…………。」


「称号また増えちゃうじゃん、やっべ。

魔力漏出マナリーク】いやいや、【万象を凪ぐ者】とかもいいな」


「……なあカシス。まれびとってのはアホばっかなのか」

「いえ、こいつがガキ臭いだけよ」


ぐいっ、とユーミルが俺の手を引っ張り、その指にはまっている指輪を指す。


「……この指輪……誰に貰った?あとその子の腕のベルトも」


子どもじゃないですよーと抗議するイリムを無視し、なおもにらむユーミル。


「ああ、この『矢避け(アヴォイド)』の……」

「そう、『矢避け』『防護プロテクション』に『一度きりの大治癒』も。

 ……一ツ星がこんなの買えるわけがない」

「えっ?」


「そもそも店にもなかなかないよ、このクラスは」


「……その、ちょっと待ってくれ。コレは、『矢避け』だけじゃないんだな?

 『防護』だのなんちゃらの治癒だのってのも?」


「……そう……例えばさ、さっきの『睡眠スリープ』……ふたりは耐えたじゃん」

「えっ、そうなの」とカシス。


彼女は真っ先に倒れていた。


「……初回で、一発で堕とすつもりだった……あれが防げる『防護』はなかなかない。『矢避け』に『防護』がセットなんて……キミたち上級冒険者かよ……」


そうか……自分では気合で耐えたつもりだったが。

あれは指輪の助けがあったのか。


「一度きりのなんちゃらは?」

「……すごい大怪我を治す、それやると壊れるけど。

 ……この術式の構成密度だと……うわ、内臓ひとついけるよ……すっげ」


「…………いや、マジで?」

「マジ」


正常な思考がフリーズする。

内臓ひとつって……そんな無茶苦茶な。

カシスもぶつぶつと独り言と呟き、うわぁ……とため息をついた。


「アンタ、たぶんそれルクス金貨1000枚は下らない」


ちょっと頭がクラクラしてきた

今この指にはめられている物には、それだけの価値があるのか。

イリムも、じっ……と腕に巻かれたベルトを見ている。


「ユーミルさんの目から見て、これをくれた人にはどういう意図があると思います?」


「……着けた対象に絶対に死んでほしくない」

「そうですか」

「…………。」


ゴブリン退治を終えたあと、アルマはこの指輪を渡してくれた。

……もうだいぶ昔のことのように思う。

あの時彼女はなんと言っていたか。

……覚えていない。


「……術式の文法も近代のものだし、遺跡からの出土品じゃない。……これをくれたのは?」

「……アルマっていう知り合いの錬金術師だ」


「ビンゴじゃん。……錬金術師……もしアルマってのがアルマーニュ・ペルト・フラメルならやべーなぁ……どう?」


「いや、フルネームは覚えてない」

「……しょぼいなー」


フラメル家もしらねーのかよ、とユーミルの小言が飛ぶ。


「……まぁ、その指輪の作成者ならあの結界も問題ない……

 だから呼んでおいてよ」


いろいろと頭がついていかない。

なぜ、こんな高価なものをくれたのか。彼女は何者なのか。

……会っておくべきだ。


連絡手段はない。

だが、たぶん大丈夫だろう。


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