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第3話 「訓練」

 翌朝……ではなく昼だ。


 当たり前だが、あんな甘くてコクの強い(つまり雑味が多い)酒をパカパカやられたら、そりゃこうなるよ。朝よりは頭痛や倦怠感は減ったが、これはキツイ。

 ……だめだ、下に行って水をもらおう。



 階下の食堂で、水を一杯頼むと、アライグマの娘さんが昨日は大変でしたねと笑いながらコップに水を注いでくれた。水を飲みつつなんとなく食堂を眺めていると、だんだんと酒精は抜けてきた。夕方には槍の訓練があるからな、初日から約束すっぽかしとかありえんのだ。


 手持ち無沙汰になり、食堂の女将になにか手伝うことはないかと聞くと、あんたは客人だから休んでなと返される。女将さんの横では娘さんが昨日のように水桶に溜まった皿をシャカシャカと洗っていた。やはりアライグマがなにかを洗っているのはとても似合っているな。


 夕刻、広場である。


「こんにちは!旅人さん!」と広場の反対側からイリムの声。元気だね。

「よう」とカジルさんの気さくな声。


 イリム、カジルさんがそれぞれゆっくりとやって来た。

 やっぱ田舎の人はルーズよね。10分前集合とかない。


 広場の真ん中にある凝った装飾の棒が日時計であることを宿の娘さんから聞き、読み方も丁寧に教わりしっかり時間を守ったのだが、それよりこの人達30分は遅れていますな。


 ちなみに約束の時間である夕刻とは元の世界の感覚でいうと午後の3時ぐらいだ。


 今の俺の格好は村で用意してもらったものである。いかにも旅人といった服装で、茶色のローブも貰ったがそれは宿に預けてある。


「ついてきな」


 カジルさんはそのままスタスタと広場の入り口にむかう。

 広場の入り口は、木で囲った簡素な門があり、つまり村の出入り口でもある。


「昨夜は宿で大変でしたね!」

「昨日宿にいたっけ?」

「夜遅くだったので覚えてないですか」


 確かに昨夜の後半の記憶はぼやぼやだ。言われてみればイリムもいたような気もする。つーか、子供が酒盛りに来ちゃダメだろ。


「そういえば旅人さん、体育会系だとか昭和のノリってなんですか?」

「えっ」

「なんか、この村がそれに似ててちょっと苦手だの、なんだの」

「あー、あんま気にしないでくれ。酔っぱらいの寝言だ」


 そうしてイリムと喋りながらカジルさんについていき、門を抜け、すこしいったところの原っぱに着く。原っぱというか、葉っぱと枝がぎゅうぎゅうに密集した地面だ。


 試しに足を蹴り込んだり、ジャンプしてみてもまったくびくともしない。

 村の家もこの上に建っているのだろうか。


 原っぱの端には柵が立っている。

 そういえば昨日、カジルさんが柵やロープの先は行くなとか、なんとか。


 確かめてみるか。

 柵の向こう側を覗くと、変わらず緑の原っぱが続いている。

「旅人さん、危ないですよ!」とイリムに腕を引っ張られる。


「この先は地面がある保証がありません。慣れた人じゃないと」


 イリムは足元の枝を拾い、柵のむこうへ放り投げる。

 ばさばさっ!と音をたてて枝は葉っぱに飲み込まれていった。


「おお、怖えな」

「編み込みがされた地面と違って、自然のままなんです。枝や葉を読めれば平気ですけど」


 イリムの指さした先を見ると、柵のはるかむこうを歩いている獣人の姿。

 へぇー、すごいもんだ。


「始めるぞ」と後ろからカジルさんの声。……そうだ、ここには訓練にきたんだよね。


「じゃあ、ほれ」とカジルさんに長い棒を投げ渡される。


 長さは俺の身長より30センチほど短い、140センチくらいか。彼も同じぐらいの棒を持ち、イリムは自分の身長以上の、それでも俺と同じ長さの槍を構えている。


 こうして目安になるものを持ってわかったがイリムの身長は120センチぐらいだな。そんな体躯でまともに武器が扱えるのだろうか。


「大方、イリムに無理に勧められたんだろうが……」とカジルさんが呟き、

「初めにいっておくが、あまり期待はするな」と忠告してきた。

 刃がついた武器は初心者には危ない。だから棒術でな、とも。


 ――訓練が始まった。



 結果は、ひどいものだった。

 最初は相手の動きが全く見えなかった。

 突然頭に痛みが走り、気づいたら仰向けに転がっていた。


 ほんのすこし慣れてくると、ものすごい速さで頭を殴られたり足払いをかけられていることに気付いた。気付いたところでどうなるわけでもなく、無様になんども殴られ転がされた。


 途中から、ガクンと攻撃のスピードが落ちた。

 恐らく、彼からするとありえないほどにレベルを落としてくれたのがわかる。

 それでも、こちらが殴られ転がされるのは変わらなかった。


「…………。」


 そうして1時間ほどたっただろうか。

 言葉がでない。イリムは、とてもすまなそうな顔をしている。カジルさんは無言だ。

 根本的に、なにか、無理なことをしている気がする。


 ……いや、たぶん、恐らく。

 疑問を確かめてみよう。


「イリムとカジルさんで、お手本を見せてくれませんか?」

 これでハッキリするはずだ。


 いつもやっていることだ、とカジルさんは棒を構え、イリムはいつもは槍同士なのにそれでいいんですかとカジルさんに聞く。

 カジルさんは問題ないと答え、棒を流暢にぐるぐると操る。


 両者、槍と棒を構え対峙する。

 たかだか模擬戦、しかし張り詰める空気は実戦さながらだった。

 そして結果は明らかだった。


 ……イリムにカジルさん、ふたりの動きは人間業ではなかった。

 スピードもそうだし、動きもそうだ。目にも止まらぬ速さで互いの武器を交差させ、飛んだり跳ねたり躱し合う。


 それでもカジルさんが上手うわてというのはわかる。イリムの槍には刃がついており、カジルさんはただの棒だ。だがなんども地に叩き伏せられるのはイリムのほうだ。


 数合の試合を観戦した後、自分が弱いと言われた本当の意味に気がついた。

 まるでお話にならない。


 それからしばらく、日が落ちるまで。

 棒術の技、特に防御の技を叩きこまれ、必死に練習した。

 異世界に飛ばされ、自分の実力の低さを知り、すこしヤケになっていたのかもしれない。


 そんな俺に、カジルさんは厳しくも優しく付き合ってくれた。

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