王都小話 「ランクアップの祝い酒」
※休憩回です。
初めてのゴブリン退治、その後の1ヶ月で請けたさまざまな依頼。
荒事だけでなく対応できると証明できた宿の殺人事件。
それにアルマの推薦も加わり、なんなく一ツ星となれた。
その一ツ星のランクアップ祝いという名目で、今日は酒盛りに来ている。
まあ、ほとんどこじつけの理由だが……。
ちなみにカシスは外せない用があるとかなんとか。
「とりあえず一人前と認められたわけだ。
槍のイリムさんとしてはどうだい?」
ミレイちゃんが訪ねてきたとして、ぎりぎり名前が伝わるかどうかといったところ。もちろん【二つ名】で同業者に覚えてもらえることはないだろう。
「まだまだ私の実力はこんなものじゃないです!
これからすぐにでも二ツ星ですよ」
さっそく濃いエールをふたつ注文するイリム。
依頼達成で乾杯、なんかかんや理由つけて乾杯と、なにかとご利用になるギルドの食堂。同時にイリムの飲酒率も上がっているような……悪い影響やな。
アル中の酒浸りガールになられては悲しい。
心配性のお父さんは肉やシチューを頼んでおく。
いつもの注文通り、お酒の前にシチューが届く。
小麦粉デロデロのこってりシチューなんて酒の前に食うのかとお叱りを受けそうだが、この世界のシチューはシチューといってもただの野菜と肉の煮込みスープで、これが一般的。
しかしここの食堂のものはそれにミルクが足され、馴染みある味わいに仕上がっているのが好みだ。あやふやな知識だが、お酒の前に乳製品は良いらしい。
濃いエールが届き、ここでひとまず乾杯。
元の世界のようにゴクゴクはいかず、ちびちびっと少しずつ頂く。
滋味と旨味が濃厚なのでこれでいいのだ。
ここのシチューにも合う。
「師匠はシチューが好きですよね。
なんだかいつもと違う優しい顔をしてる気がします」
うん?そうなんかな。
「故郷が牛乳がどこでも売ってるような場所でな。それでスープにいれる文化があったんだよ。まあ、懐かしいんじゃないかな」
飛ばされた当初は焦ったがそれほど名残惜しい故郷でもない。
味覚は正直なのかも、まぁいいか。
「私はちょっと苦手だったけど、だんだん慣れてきました」
「イリムに猫さんが混じってたらたぶん大好物だったんだが……」
「そうなんですか?」
「猫って牛乳好きだろう」
「聞いたことないです」
ふむ。
……異世界の猫は生態が違うのかな。魚はどうなんだろ。
祝杯ということで、酒量がだんだんオーバーしてきた。
俺もイリムもけっこう酔っている……かもしれない……。
へろへろ笑ったりなんだり。
「あとなんか猫やウサギの獣人ていうとエロいイメージがある!」
「最悪ですね!」
ばんばんと机を叩きながらはしゃぐイリム。
酒強いこいつがここまでなるとは。
しかし周りに迷惑だよなぁと思ったが、ここは冒険者の食堂。
まわりにも何組か似たような阿呆がいる。
騒いでいる奴やのろけている奴ばかりなのだ。非常に騒々しい。
以前は……こういう店や空気はあまり好きではなかった。
いわゆる、みんなで呑んで騒いでな店だ。
今いるギルドの食堂との最大の違いは、顔見知りが増えてきたということだろう。一ツ星というだけで声をかけてくれる者が多い。それだけでも違うものなのだな、とひとり感慨にふける。
イリムがだんだんと船を漕ぎ出し、眠たそうな様子だ。
また宿までおぶってかないとな。
「……師匠は、」
「うん?そろそろ寝るか?」
「私が猫さんのほうがよかったですか?」
ふむ。
イリムは猫になりたいのか……じゃなくて猫の獣人か。
前線ばりばりのワンコ混じりじゃなくてDEX高めの盗賊レディがよかったのか。
「私が猫さんなら、
こんなに悩んだり傷付いたりしなかったと思います」
「………………。」
そっか、
そうだよな。
いつも前にでて戦うのはイリムばかりで、俺は後ろの安全圏で術を放ってるだけだ。いっぱしの魔法職である自覚はあるし、彼女の力になれているという自信はあるが、傷つくのはいつもイリムだ。
そりゃあ辛いだろう。
わしっとイリムの頭をかき抱く。
「ひやぁぁああっ!」
じたばたと暴れるが気にしない。
「ゴメンな。いつもいつも辛い思いをさせて」
「えっ……師匠……その、積極的ですね」
がしっとイリムの肩をつかみ、彼女の目を見る。
「いつもいつもイリムばかり前にでて戦ってもらって本当にすまないと思ってる」
「?」
「もちろん俺も前にでて戦う……とはいかない。俺には無理だ。ごめん」
「えーと」
「でも、
イリムができるだけ傷を負わないよう俺ももっともっと強くなってみせるから」
そうだ。まだまだ一人前になっただけ。
この世界には危険が溢れているのだから、この程度で安心できるはずもないのだ。
「なっ!」と強くイリムに約束する。
「……まあ、今はそれでいいです。
ほんとに師匠はアホですね」
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