第26話 「夜の宴2」
川面を眺めながら、これからのことを漠然と考える。
なにか理由はわからないが、転生者なり転移者なりはだいぶ憎まれているようだ。
絶対殺さなきゃいけない決まりでもあるのか。
つまり、敵だらけの世界というわけだ。ひどい場所に飛ばされたもんだ。
……しかし、いっそすっきりする気持ちもある。すべて敵なら、うじうじ考える必要もない。シンプルだ。そう考えたとき、ふとイリムの顔がうかんだ。
……よほどのことなのだろう、まれびとというやつは。
いつもにこにこ笑っているあいつにあんな表情されるとはな。
いや、こんなことでショックを受けてたら、この先、生きていけるとは思えない。ははは、と自嘲気味に笑い飛ばす。
……そうだな、さっさとこんな街は離れよう。
すく、と立ち上がると、街の方から走ってくる小さな影がみえた。
イリムだった。
ここからでもわかるぐらい必死に走ってきているのがわかる。
何度も何度も見た、彼女が獲物を仕留めるときの走りだ。
……殺しに来たんだろう、彼らのように。
であるなら自分は身を守らなければならない。
守るために戦わなければならない。
ずくっ、と強烈な矛盾で吐き気が込み上げたが、その理由はわからなかった。
なんで……自分は、こう……。
気付くと彼女はもう一動作の距離まで来ていた。
踏み込んで、突きこむ、必殺の間合い。
とっさに精霊に呼びかける。が、殺すのはやはりできない。イリムを殺すなんて嫌だ。だからなにか、動きを止めたり、眠らせたり、なにか。なにか。
そこで当たり前に思い出した。
自分には、炎の技しか扱えない。
焼き、焦がし、殺す。そんな術しか知らない。
なるほど。確かに、侵略者だというのは正解かもな。
自嘲気味に笑う。
直後、弾丸のように突っ込んできたイリムの頭が腹に直撃した。
「……う……おおおお……」
マジで全力できやがったなこいつ……。
痛みで声も出ないが、頭はどこか冷静になっていた。
どうせこの世界では自分の居場所はないのだ。
異世界人は死ななければならないのだ。
ならば死なせてくれるのは縁のある人のほうがいい。
そして、縁のある人はこの世界でこいつしかいない。
「………もういい、殺してくれ」
腹への攻撃のまま停止していたイリムがくるりと面をあげる。
さきほどの恐怖に染まった顔ではないが同じぐらい怖い顔だった。
怒りと、たぶんに蔑んだような表情だ。
世界のゴミムシを見下しているのだろうか。
だったらとっとと殺してくれよ。
「ばーか」
軽蔑の眼差しのまま、ひどく簡素な言葉が飛んできた。
「ばかばーか。師匠のバーカ」
「ほんとバカなんじゃないですか?
っていうかほんとに馬鹿だったんですね。
なんで突然走っていったのかなぁと思ったらそういううじうじしたこと川でも眺めながらうっとり考えるためだったんですね、このバカ師匠は」
「師匠が外の人って気付いたから、
今までのこと全部まったくなしにして私が血相変えて殺しにきた、と。
本気で、本気でそう考えているんですか?」
…………。
いや、でも、さっきの通りで見ただろう。
まれびとでも外の人でもなんでもいい。
この世界ではそういうのってバレたら殺されちまうんだよ。
オマエだって恐怖に怯えて俺を見てたじゃないか。
わけわかんないで飛ばされて。
いろいろあってなんとかなって。
その村が好きになって、同じくらい好きになれる人ができて……。
そんなやつに、俺と同じ境遇の人を嬉々として殺すこの街の連中と一緒になって睨まれて……。嫌だ、怖い、帰りたい……殺されたくない……。
……怖い、怖いんだ……。
今まで、いろいろ溜め込んだり悩んでいたものがどんどん溢れてくる。
俺はいつのまにかその場に泣き崩れていた。
……ふと、頭が、温かいものに抱きとめられる。
「大丈夫ですよ。
……私は、怖くないです」
たまに彼女にそうしていたように頭をなでられる。
「師匠は誰にも殺されません」
「師匠は、私が守ってあげますから」
「大丈夫です」
「それだけは信じてみてください」
どれだけそうしていただろうか。
さきほどまでのとめどない恐怖はだいぶ薄れていた。
完全に消えるものではないけれど、ここは安全だとわかる。
「落ち着いた、もう大丈夫だ」
わからないことはたくさんある。
これからのこと、どうするのか。
しかし、とにかく立ち上がらなければならない。
立ち上がるにはイリムのホールドを解かなければならない。
名残惜しいが、立ち上がるためには必要なことだ。
「イリムさんや、そろそろあやしてくれるはいいですよ」
…………聞いてる?
「師匠追っかけて走って疲れたから、おぶってってくださいね」
いたずらそうにニマッと笑う気配がする。
さっきまでの醜態を考えれば、文句は言えまい。
よいしょとイリムを背負い歩きだす。肩と背に確かな重み。
まだ少し不安定な俺の心には人よりすこし高い彼女の体温が心地いい支えになってくれた。
たぶん、イリムもそれをわかってておぶえと言ったのだろう。
……まったく、これではどちらが師匠だか。
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「さっき私が街の人たちみたいな怖い顔してたのは、あの広場での悪趣味な騒ぎに対してですよ」
「……そうか」
今夜は森か街道で野宿しようという提案に、イリムは冷静だった。
灯台もと暗し、と。
考えてみればあの騒ぎでこそこそと街を出るものがいれば怪しさ抜群であるし、そもそも夜の森は危ない。もちろん、泊まるのはさきの食堂から遠すぎず近すぎずの辺り。
まあ、いつものあの親父さんの宿でいいか。
それでも今夜は一晩中警戒は怠れないな……。
宿に向かいながら、ぽつりぽつりと話しを聞く。
この世界での異世界人のこと、その扱い。
異客と呼ばれるよそからの来訪者は、この世界に害為すものとして処分されるそうだ。かつて大昔に殺しまくったアホがいて、その後も盛大にやらかしているアホがいるそうだ。
殺しまくったアホは【炎の悪魔】とよばれ最後はかつての仲間に討伐されたそうだが、【氷の魔女】は召喚後から現在にいたるまで絶賛やらかし放題で、世界を永遠の冬で閉ざしヒトを滅亡させるのが目的だそうだ。
一度ならず二度までも、異常な侵略者が。
そして二度あることは三度ある……まれびとは尽く殺さねば。
なるほどな。
……が、ドが着くほどの田舎で生まれたイリムはそれ以上のことは知らなかった。例えば【氷の魔女】がいつからいて、具体的になにをしているか、人類はどれぐらいそれに対抗しているのかなど。
「ふーむ……イリムも詳しくはないのね」
「私は大樹海の奥深くの村で育った箱入り娘ですよ!」
口調が得意げだ。深窓の令嬢のつもりなのかもしれない。
しかしその村からは精霊術師であることで追い出され、今度はまれびとだから抹殺対象か。俺をこの世界に飛ばしたヤツはなにか恨みでもあるのか?
「そういえば、よく俺のこと見つけられたな」
街はそこそこ広く、ましてや俺は街の外れにいたのだ。
「……声が聞こえたんですよ。
師匠は東の川辺りにいるよ、早く行ってあげて……って」
「ええっなにそれ怖い」
霊感かなんかかよ。
「たぶん、馬鹿な師匠ならああいうところでうじうじしてそうだなぁっている私の直感がささやいたんでしょうね」
ひでぇな。ほとんど当たってるのも含めて。
しばらく歩いて、いやに静かだなと思って気付いたらイリムは寝てしまっていた。すーすーと、背中で静かに。
今この世界で俺の秘密を知っているのは彼女だけだというのに、平気で。
口封じに俺に殺されてしまうかもとか、微塵も思わないのだろうか。
……いや、もうやめよう。
彼女の真っ直ぐさに対して、そんなことを考えるのは。
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