第253話 「冬の終わり ~5years after Ver.~」
魔女と戦い、カシスを送り……あれから5年がたった。
俺もとっくに三十路超えである。
がやがやと騒がしいテーブル席のむこうから、イリムの元気な声が。
ヒラヒラとしたメイド姿が美しい。
「師匠、赤酒の追加注文です!」
「あいよ!」
カウンター後ろの酒だるに備え付けられたコックをひねり、じゃばじゃばと豪快に酒をつぐ。
これで都合8回目、相変わらず獣人のみなさんは酒に強い。
いま俺とイリムは、彼女の故郷であるクミンの村……この世界で俺が最初に訪れたあのケモノ村で暮らしている。
冒険者は2年ほどまえに引退した。
そうしてあの、俺がお世話になっていたアライグマの親子の宿屋を引きつぎ、宿の亭主となった。
目下テキパキと給仕にあたるイリムとともに。
「トウカ、つぎ薄焼きパン頼む! 『火』はもう入れてあるから」
「……はい」
トウカ、と呼ばれた少女はいつもの伏し目がちな表情でこくんとうなずく。
彼女は最初のころに比べるとだいぶよくなった。
いまではこうして、忙しい厨房の手伝いもしてくれる。
――彼女は、いや『少女』は。
結局あの日から2年以上引きこもり、隠者のような生活を送っていた。
しかしあるとき『冬花』という自分の本名を名乗り、すこしずつ生活に馴染んでいった。
そのトウカの後ろから、もこもこのケモケモがはっしと抱きついた。
まだまだ小さく、頭を彼女の腰にぐりぐりと。
今年で4才になる、娘のチャールだ。
「レリゴー姉ちゃん、ジャムくれー」
「……わっ、だからその変な呼び名はやめてほしい」
「なんでだー? とーちゃんがたまにそう呼んでるぞ。ゆーめー映画の主人公だってー」
「……私はそれ、知らないんだけど……」
困り顔のトウカは、カウンターからジャムを掴み、それをチャールに渡す。
彼女はそれを素早くうけとり、うりうりと瓶と格闘しだした。
娘のチャールは先祖返りなのか、ケモノ度がずいぶん高い。
腕ももこもこ、顔ももこもこ。とってももこもこな可愛いヤツだ。
そのぶん、幼さも相まって瓶のフタ開けなどは苦手である。
だが、年齢に見合わない怪力によってはんば強引にフタをこじ開けた。
――パカッ、メリメリメリ!
「やったぜー!」
「うおっ、フタがひん曲がってら」
それからブンブンと瓶をふり、中身がだばだばと薄焼きパンに降りそそぐ。
「やっぱなー、パンにはジャムだよなー」
「……あんまり、出しすぎないように。おかあさんに怒られるよ」
「まじかー、やべーなそれはー」
「……はあ」
これはあれよね。
俺の口ぐせ伝染ってるよね。
……そろそろ親として、口調とか気をつけんとな。
そうして俺が内省に浸りつつ皿を洗っていると、カウンターに手をついたイリムの姿が。
彼女も人の親として、母として成長し……体ももちろん成長した。
背もそこそこ伸びたし、胸もそこそこね。
「師匠、波は過ぎ去ったので、ちょっとノールのこと見てきてくれませんか」
「ういっす」
元気よく応えた俺ににっこりと笑ったイリムは……すぐ隣の娘をみて愕然とした。
「あぁああああ!! まーたチャールはそんなにジャムを!?」
「やべーな、激おこだー」
みれば瓶の中身がすべて一枚のパンにぶちまけられていた。
なんてこったい。
「……ははは」
まあ子どもはこれぐらいアホな方がかえって安心できる。
娘と、そしてカウンターをイリムとトウカに任せバックヤードに。
「もうひとりの方は逆にませ過ぎだしなぁ……」
この宿は1階が食堂、2階が宿の典型的なものだ。
家族が暮らすスペースは1階と半地下だ。
「まーたノールはあそこかね」
階段を降り、食材やお酒の積まれた倉庫を抜ける。
そして奥の扉を空けると、目の前に枝々のトンネルが。
ここ、ケモノ達の暮らすクミン村は大樹海の巨大な、巨大すぎる大樹のうえに立っている。
自然、地下といえばこの緑と茶色のトンネルというわけだ。
その枝葉の絡みあいを眺めつつしばらく歩むと、比較的広い空間にでた。
まるでトト◯でも出てきそうなシチュエーションだ。
そうして、その中心に娘と……もうひとり。
「パパ、おはよう」
「ああ、ノール。けど今はもう夕方だぞ」
「そう」
3才とは思えぬほど落ちついた様子で、さらには大人びた柔らかな笑みで応えるノール。
彼女はケモケモフレンズのチャールと違い、ほとんど人間のような見た目だ。
小さなケモノの耳も、小麦色のふわふわとしたウェーブの髪に隠れ、尻尾にいたってはうさぎのようなポンポン玉が控えめに。
そうしてすぐさまノールは『瞑想』に入った。
彼女は、産まれた時からこうだった。
精霊と語らい、精霊と心を通じ合わせ。彼らを手足のように従えて。
「おうおう、まれびとよ。我が眷属よ、こやつの修行は順調じゃて」
「竜骨の爺さん、またか……」
枝の広間で、鷹揚に構えるよれよれの老人。
火竜、【竜骨】である。
「カカカ、そう毎度まいど構えるな。アスタルテに言われておろう? 今の儂は無害化されておる。いわんや、ぬしの娘をどうこうすることなどできんよ」
「まあ、変なこと吹き込むなよ。……ノールも、この爺さんの言うことは聞き流しておけよ」
「うん、パパ。わかってる」
目をつぶりながら静かにうなずくわが娘。そしてそのまま『瞑想』を再開する。
――その周囲には、俺が理解るだけでも濃密に膨大に、炎と風の精霊がこの小さな少女にかしずいている。
……本当に、これで3才かいな。
親としては喜ばしくも末恐ろしいぜ。
「凄いもんじゃの、ふつう娘っ子は『火』と『風』には嫌われるもんじゃが」
「女は『土』『水』、男は『火』『風』が多いんだっけ」
「ふむ。じゃからおぬしはその2大……ヒトとしては稀有な『二重契約』を成した精霊術師じゃな」
「そんでノールはアレだよね」
「ああ。4大すべてに通じた精霊術師。
――『四重契約』のヒト族など、儂の知る限りにおいても初じゃぞ。エルフですら史上数えるほどじゃて。片手で足りるわい」
現にいまこの場には、俺の視える『火』や『風』以外にも、大樹海に満ち満ちたる『土』と『水』のチカラも集っているのだろう。
まさに天才、神童だ。
「……。」
だが、この才能によりノールはなかなか他の子どもと馴染めなかった。
赤子の頃から精霊と対話を重ねたせいか、精神年齢が高く、同年代の子どもとまったく話がかみ合わないのだ。
姉のチャールにはむしろ自分が年上のように面倒を見てくれるし、トウカとはよく話しているのを目にするので人付き合い自体が嫌いというわけではなさそうだが……。
そうして娘を眺めていると、背後から新たに第三者の声が。
「今年もそろそろ祭りの時期じゃのぅ」
「もうそんな時期か」
振り返らなくてもわかる。
この大樹海の主たる……土のアスタルテだ。
「こたびもまた、主賓が参加してやろうと思うての」
にんまりと笑うアスタルテの姿。
今年もそう……またやってきたのだ。
数百年もこの地で行われてきた伝統ある祭り……『樹霊祭』が。
※前話の予定どおり、金曜日のお昼ごろから4話連続で、間隔を空けて投稿する予定です。
ある一日の出来事がメインになるので、夜などにまとめて読まれる方がオススメです。
気づかれた方もいるでしょうが、明日でひとまずの完結となります。





