第247話 「死刑判決、仮釈放」
「良し……! 善し……! 好しッツ……!!」
暗い小部屋で老婆……いやかつて氷竜と呼ばれた妖婆が喝采をあげる。
目から大量の涙を流し、口からも大量のよだれを流し……酸欠にあえぐ金魚のようにぱくぱくと。
狂気と狂喜に染まった顔で、喜びを体現していた。
「ついにようやっとあのアバズレ……【氷の魔女】が死におった! 炎のガキが殺しおった!」
叫ぶたび、口からツバを撒き散らす。
それらは腐臭をともないながら床を汚した。
「これでこれから……いやいやいやいや! すでにチカラも戻りつつある! これでようやっと儂も【氷竜】にっ……!?」
そこで妖婆は異変に気づいた
あごにまで垂れたよだれを拭い、小部屋の入り口、地上へののぼり階段をにらむ。
カツ、カツ……と靴で石段を歩む音。
それは軽やかにして微かであり、足音のあるじが子どもであることを告げている。
「おうおう、氷竜よ、氷竜のババアよ。久方ぶりじゃの」
「――!? おぬし、アスタルテかっ!」
そうして現れたのは子どもなどではなく……氷竜すらはるかに越えた年長者であった。
「ほうか、やはりの。……魔女の件、召喚の件。ようやくようと知れたわ」
「なにを……言っておるのかさっぱりじゃの」
「コレじゃよ」
アスタルテは一冊の本をかかげた。
抜ける夏空のように青い、一冊の本を。
「なかなかようできておるの。精霊力を魔力に変換、徴なしでも『魔法使い』か。まあ、ほとんどは古代知識の借り物じゃが……」
「くうぅううう!!!」
妖婆は……氷竜はとっさに氷の術を走らせた。
――先手必勝、相手が語りに集中しているあいだに一気呵成にっ……!
「ガッツ!!」
腕と足とまぶたを同時に切り裂かれた。
土の、いや岩の槍により正確に。
「ぬぅぅぅ‥…ふぅおおおおお……」
腕が上がらない。
おそらくは腱を切られた。
きわめて正確に、的確に。
「くっふぅぅ……ぬぅおおおお……」
足が動かない。
おそらくは踵がピンのように床に固定されている。
くるぶしからふとももまで、『槍』がまっすぐに貫いている。
「むぅぬぅううう……くぅおお……」
目が見えない。
おそらくは眼球が根こそぎほじられた。
切り裂くだけではなお足らぬと、まるごとほじくり返された。
そうして訪れたのは、ひたすらの絶望である。
「ひぃああ~、ワシの……ワシの新しい時代が……これから……これから始まるんじゃあ……」
その呟きを、願いを、それ以上に強い言葉がさえぎる。
「させるかよ。みな……みな頑張ってここまでこれたんじゃ。おぬしの我欲での、原初の原罪が生まれた。産まれてしもうた」
明確な否定と、
明確な殺意でもって。
その想いに、妖婆は恐怖した。
「……ヒイッ……」
「あんなことは、これきりじゃて」
瞬間、在り得ぬほどほどの速さで、在り得ぬほど硬い石柱が、ただただ夥しく氷竜を串刺し……否、すり潰した。
アスタルテはこの術に名前は付けていない。
ただ殺す。
疾く殺す。
それだけの術……いってみればただの死刑判決ゆえに。
だが、この術式には『隕石』に等しい精霊力が込められている。
それを、石柱をどれだけ速く動かすか、どれだけ硬く仕上げるか、それのみに集約しただけ。
当然として、相手は死ぬ。殺される。
そうして、かつて氷竜といわれた老婆は、一片の肉片すら残さずこの世から消え去った。
残ったのは、皮とわずかな白髪と、大量の赤い液体のみである。
「あとは……あやつじゃな」
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「……そうか、あのババアもようやく死におったか」
「ああ。かつての『冬』の奥深く、魔女を召喚しおった部屋に引きこもっておったわ」
木々の枝が絡みあう空洞のなかで、老人と少女の声。
火竜【竜骨】と、【土のアスタルテ】である。
ここは大樹海の『どこか』
強大なる土と水の精霊力により、暴虐なる火の精霊力を抑え込んでいる。
その破壊の具現たる火竜……いまは老人の姿だが……が喉を鳴らす。
「カカカッ! あやつは五竜のなかでも新参、チカラも劣っておったからのう。ゆえにあんなバカなことを……」
「おぬしも同類じゃろが。……まあ、結果的に魔女を倒すことができたがの」
「して、あやつはどうじゃった! 儂の炎を授けたヤツは!?」
顔をほころばせ、目を子どものようにキラキラと輝かせながら火竜が問う。
その様子にアスタルテは思わず笑ってしまう。
――まったく、こやつは。
「ああ、強うなったよ。本当に強くな」
「ほう!」
「最後の『火葬』……いや『竜の炎』かの? 巨大な炎の柱で魔女を叩き斬りおったんじゃが……そのあと何が起こったと思う?」
「なんじゃな、勿体つけず話せい」
「水じゃ。抉られた大地にそって、水がなだれ込んできおった。……しかも塩辛い水じゃった」
「海水か!」
パン、と老人が嬉しそうにひざを叩く音。
「魔女の城から東に一直線……そうよ。ソコと海が繋がったんじゃ。あやつは大陸を叩き割りおった」
「やるのぅ!
……いやいや、真に精霊術師なら地形を変えて一人前、ようやくあやつも儂の眷属にふさわしい……」
「悪いが、あやつは我の弟子じゃ」
アスタルテがすぱっと即答、その顔はどこか自慢げである。
だが、すぐに表情をひきしめ正面から火竜をみつめた。
「だから死なせとうない。
竜骨よ……協力してくれんかの」
「……ふうむ」
あごを撫でつつ思案する老人。
しかし、彼のなかでは答えはもう決まっていた。
「――よかろう。
まあ、1000年ぶりに大暴れできるのなら是非もない。しかも相手は生まれ故郷とな! カカカッ! これはいい!!」
枝の回廊を火竜の笑い声がゆらす。
それは老人の声から発せられるものではなく、もっともっと巨大で恐ろしいモノの笑い声であった。





