第238話 「開拓村の戦い」
古戦場にて王国の民が決死の防衛を続けていたころ、それより南のいくつもの村や町も似たような状況にさらされていた。
傷ついた南方山脈から漏れでた『氷の魔女の領域』……の切れはし。
それは北はもとより、かつて交易都市を襲ったものよりもはるかに劣る。
天候を書き換えるほどの力はなく、すぐさま肺を焼かれるほどの冷たさもない。
ただ大地が白く染め上げられ、ただ雪が降りそそぎ……ただ魔物が湧くだけである。
「ぎゃあああああ!!!」
そうして、またひとり村人が雪狼に喉もとを噛みちぎられた。
あたりには似たような死体がいくつも。
子どもだったり、老人だったり、女性だったり。
そう、若く戦える男たちはみな前線に行っている。
国の兵士として駆り出された者。
傭兵として冒険者として依頼をうけた者。
傭兵だった祖父の遺品を盗み出し、名をあげるんだと家を飛び出した者。
友人たちに煽られ、気がつけば戦線に並んでいた者。
もちろん残った男もいれば戦える女もいる。
彼ら彼女らによって、いまも必死の戦いが続いていた。
そしてそれは、残ったまれびとたちの【開拓村】も例外ではない。
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「――ハアッ、ハアッ!!」
開拓村の青年コバヤシさんは小屋の扉をゆっくり開け、あたりを油断なく見渡した。
広場も、村の家々も白い粉雪に染まっており、夏だというのに真冬のようだ。
吐く息も白く、吸い込む大気は冷たい。
連戦につぐ連戦により火照った体に刺すように染み渡る。
そして、村は半壊していた。
みなで建てた風車小屋も、妻に告白した思い出のベンチも、じょじょに知り合いが増えていった家々も。
2年過ごした村の景色はさま変わりしていた。
「……でも、誰も死んでないっす。なら何度でもやり直せる……!」
そう。
この村にはしっかり準備があった。
カジルさん、ミレイちゃん、そしてコバヤシさんを筆頭とした自警団のみなは日頃から訓練を欠かさなかった。
フラメル家……そう錬金術の家からは備えとしてマジックアイテムがいくつも支給された。
特に『炎晶石』は冬の魔物にばつぐんに効いた。
現代人であるまれびとからしても「投げつければ爆発する石」はあちらの世界にもある。
練習によりみなが使えるようになった。
だがそれも数に限りがある。
いくら【炎の精霊術師】のチカラを借りようとも、材料である水晶石はとても高価だ。
備えとしてあった20個は、すべて使いつくされた。
だが、あれで時間稼ぎができた。
カジルさんと領主であるベルトランさんの判断により村を放棄し、【大樹海】へと避難したのだ。
大樹海は竜骨を封じるため、濃密な精霊力……土精と水精のチカラに満ちている。
ゆえに残り滓ていどの『魔女の領域』であればそれなりに対抗できる。
「……でも、カジルさんはさすがっすね」
ケモノ村の自警団、その団長でもあった彼は優秀だった。
まとわりつく白きゴブリン、オーク、雪狼からみなを守りつつ次々と避難を成功させた。
今ごろは雪原を駆けながら、大樹海までうまく誘導しているはずだ。
まれびとのみんなも、預けられたドワーフの子どもたちも、館のメイドさんたちも。
――だが、決定的に逃げ遅れた者がいた。
コバヤシさんの妻である。
彼女はかつて、自由都市にて師匠たちに助けられた女性である。
トランプ富豪ラザラスの慰みものとなり、用がなくなり捨てられた。
そのさい、告げ口をされぬようにと目を、喉を潰された。
もちろん避難に不利なことは事前にわかっていた。
だからそのための訓練も十分にした。
しかしあの混乱、あの混戦。
誰を責めることもできないだろう。
それに、コバヤシさんは告げたのだ。
待つべきか行くべきか悩むカジルさんにむけ「自分が必ず守る」と。
「大丈夫……必ず」
背後には、怯える彼女と……その娘の姿。
彼女がラザラスに捨てられた理由はこの子だろう。
身勝手にもほどがあるほど、腐りきった理由ではあるが。
「必ず……ふたりとも樹海まで――」
そうして、彼はひやりとした感覚を感じた。
この感じはおぼえがある。
はるか格上の戦士であるカジルさん、彼との訓練のときにいくどもいくども……
「――!?」
「きゃっ!!」
急いで彼はふたりの体を引き寄せた。
天井から轟音、そして小屋が激しくゆさぶられる。
――そうして、ふたりが立っている場所に『丸太』が振り下ろされていた。
「きゃぁああああああああああ!!」
娘が声をあげる。
コバヤシさんも急いで視線をうえに。
そこには叩き割られた屋根と、天井と。
その裂け目からのぞく、巨大で醜悪な獣の姿。
「……雪トロール……」
3メートルをゆうに越える巨人。
丸太を片手で振り回せるほどに巨大な手のひら。
文句なく、上級相当の魔物である。
彼は思考を一瞬、放棄しかけた。
悲鳴をあげ、逃げ出したかった。
しかしそれは断じてできないとおのれを奮った。
いまだひとりも死んではいない。
いや、死なせるわけにはいかない。
せっかくこの異世界で生き延び、あるいは助けられた命。
この世界に残ると決めた命。
それを無駄にすることは、見捨てることは、到底許されることではない。
「――ハアッ、ハアッ!!」
だが、しかし。
彼はたかだか中級の戦士。
せいぜいが、森のクマを殺せる程度の戦士。
今日だけでいくども死にかけた。
今日だけでいくども殺した。
白きオークを。
白きワーグを。
「GOGAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
しかし、この目の前に立ちはだかる巨人は、ファンタジー世界でトロールと呼ばれる怪物は……手にした丸太でたやすく家を両断した怪物は。
到底彼に殺せる相手ではなかった。
中級風情に殺せる相手では決して。
「……。」
盲目の、この世界でできた妻が後ろからすがりつく。
目の見えぬ彼女に、この絶望を見せずにすんだことは幸いか。
――否。
彼女は耳も聞こえる。
さらに後ろにひかえる娘の、震える手も感じ取れる。
なにも、なにも変わらない。
この地獄を体感させているという事実はなにも変わらない。
「……大丈夫だ」
強く、彼は……コバヤシさんは告げた。
思えば彼女も不運の極みであった。
この異世界に飛ばされたのは当然として、その行き着く先はラザラスの邸宅で。
野心に満ち、意欲に満ち、そして性欲に満ちたかの大富豪。
まれびとでありながらまれびとを喰らう魔物。
彼女がそこで、どんな扱いを受けたのか。
なぜ子どもがいるのか。
なぜ目を切り裂かれ、光を失ったのか。
なぜ喉を潰され、声を失ったのか。
――はらわたが煮えくり返る。
もし今でもラザラスが生きていたら、コバヤシさんはためらいなく彼を殺しただろう。
ムシのように。
ゴミのように。
だが、いまこの時……震える妻を、娘を、つまりは家族を救えなければ……ヤツと同じにまで堕ちるだろうと腹をくくった。
◇◇◇
「……。」
思い返せば、彼女との最初の夜は大変だった。
暴れて、泣き叫び、拒絶された。
当然だろう。
あんな経験をして、あんな扱いを受けて、それでも自分に心を許してくれただけでも僥倖だ。
そうしてひと月後、彼女は体を許してくれた。
ぎこちなくも……それは嬉しく、そして暖かいものだった。
『あの世界』ではゴミのようだった自分には、もったいないほどに。
「――ハアッ、ハアッ!!! クソ、こいよ化け物がっ!!!」
「GUGAAAAAAAAAAAA!!!」
彼女はこの世界で、自分を信じてくれた。
誰も彼もが信じられないこのクソみたいな世界で。
その信頼を裏切る?
ゴミのような自分の断末魔を聞かせて、ふたたびの絶望に落として、この醜い化け物の前にさらす?
真っ白で、毛むくじゃらの、醜い野獣の前にさらす?
「ありえねえだろ、そんなのは!!」
――簡潔にいって、そんなことは許されない。
震える彼女を守れずに……そんなものはただのカスだ。ゴミですらない。ゴミですら上等だ。
「はぁあああああああああああああああああああ!!!!!」
ゆえに、コバヤシさんは全力で手にした槍をふるった。
目の前に迫る巨人、すなわち死そのものに。
己が体が壊れるのも無視して、全力で。
ゆえに、その槍は音を置き去りにした。
音速をゆうに超え、爆風とともに放たれたソレは真っ直ぐに敵を貫いた。
「GO……? GOGYUUUU…………」
どすん、と巨体がゆっくりと崩折れた。
その腹には、本来あるべき中身がごっそりとぶち抜かれた、まさしく風穴が開けられていた。
ドリルで根こそぎぶち抜いたかのような、大きな大きな風穴が。
「――!!」
「お義父さんッツ!!」
ふたりの家族が、彼を抱きかかえる。
彼はこの日、ふたつのものになれた。
文句なしの、上級の戦士と。
文句なしの、彼女らの家族に。
「ふう……つう……なんとか……なったっすね……」
全身の骨がバラバラに外れるような痛みに耐えながら、彼はなんとか立ち上がった。
そうして逆に、ふたりの家族を強く抱きしめる。
まだ、雪は降り続けている。
まだ、窮地を脱しきれてはいない。
しかしもう、彼は負ける気などしなかった。





