第20話 「馬車に揺られて」
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必要なアイテムを揃えた。
といっても道具屋で傷薬と回復薬と毒消し、予備の松明1本。鍛冶屋で楔と小型のハンマー兼ピック。それだけだ。
ロープも油も火口箱も水袋もすでにある。
松明は1本でいいのかと道具屋の主人に言われたが、イリムは『暗視』ができるし、俺は火精に頼めばいい。『灯火』と名付けた明かりの術は、考えてみるとなかなか便利だ。
松明は必ず片手が塞がるし、持ち運ぶ手間も馬鹿にならない。
その煩わしさからまるっと解放されるのだから。
しかし、必要最低限なお買い物だけでは楽しくもなんともない。
店にはあちらの世界ではお目にかかれないような物がわんさか積んである。
「これは…ただの長い棒?」
俺は細長くしなる棒を眺める。……特殊な武器だろうか。
「それは9フィート棒ですね。危険な古代遺跡などで役に立つそうです」
「へえ、こんなただの棒が」
「この高そうなガラスケースに収められたボロっちい袋は?」
「おおお!
これはかの有名な魔法の道具、たくさん入る袋ですよ!」
「へえ」
「袋の10倍もの道具が詰められるそうです」
「マジか」
ファンタジー四次元ポケットか。
こんなもんあったら旅が超快適じゃないか。
「買えないか?」
「うーん……街に立派な一軒家が建てられますよ」
「うへぇ」
魔法の道具というやつは値段がおかしかった。
特にこの袋などの空間系や、時間に関わるものは遺失魔法らしく、お値段の桁が違う。
どちらにせよ、新米冒険者には縁のないアイテムということね。
数時間後。
宿の窓際の席で、空を眺める。
太陽は真上にあり、一日の中で一番影が少なく濃い時間帯だ。
……昼頃、というのが獣人村やあちらの世界基準なのかわからないのでとりあえず正午としたが、アルマはまだ来ない。
「そういや、報酬の3ルクスってどれぐらいなんだ?」
山分けということはひとり1ルクスだが。
「ルクスは王国硬貨で、1ルクスあればひと月は宿に泊まれますね。ご飯は1食になりますが……」
「ふむ」
つまり今回の依頼を成功させれば、とりあえずひと月は生活できるのか。
冒険者はボロい商売やな。
「お待たせしました」
と階段から優雅に現れるアルマ。
服装は初日と同じものだが、ところどころベルトで締めたりポーチが増えていてその上から茶色のローブを羽織っている。彼女の仕事着といったところか。
「では、行きましょうか」
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馬車に揺られて、目的地の北の森へ。
そう、馬車である。
しかも個人所有の馬車だ。
「アルマはお金あるのね」
「仮にも三ツ星なので」
カタコトと揺れるが、尻が痛くなるような揺れはない。
サスペンションのような機構があるのだろう。
なにより厚手のクッションがありがたい。
幌は畳まれ、まわりの景色を楽しむこともできる。
なんか……わりと快適というか、これじゃほとんど旅行と変わらない。
イリムはというと、コレじゃ体が鈍ると言って馬車の先を歩いている。
たまに走ったり飛んだり槍を振り回したり。
……俺も歩くか?
いやしかし一度座ってしまうとこの快適さには抗いがたい……。
「そういや、御者はいなくていいのか」
なんとこの馬車には御者台がない。
今も馬にカタコトと引かれている。
「そこは安心してくださいな。いろいろ工夫があるんです」
ふうん。
「師匠さん、それよりですね」
「なんですか」
「一度、確認のため精霊術を見せてほしいのですが」
「いいけど」
やはりそうきたか。
これから仮とはいえチームを組むのだ。
実力を確かめておくのは当然だろう。
そこに「師匠!アルマさん!」とイリムが鋭く叫んだ。
敵襲か!?
ぐっ、と黒杖を握り火精を励起させる。
森で何度も繰り返しただけに、それなりに体が覚えてきた。
「どこからだ」
「……あ、いえ。遠くに見えただけです」
「イリムさんは目がいいですねぇ。……ああ、3匹いますね」
振り返るとアルマは筒を覗き込み、「たぶんあの様子だとホブゴブリンですわ」
こちらも目を凝らすが、かろうじて小さな点が丘の上を移動していることしかわからない。
アルマはしばらく観察したあと、こちらに筒を手渡してくれた。
予想通り、望遠鏡のようだ。しかも伸縮式。
こちらもアルマの覗いていた方向にむけ、覗き込む。
……緑色の肌で、まさしくなゴブリンが3匹、黙々と丘をすすんでいる。
だが、サイズがいいというか、6頭身でパッとみ人間にみえなくもない。
服を着込んでカツラでも被り後ろから見たら見分けはつかないだろう。
「ホブゴブリンって、どういう魔物?」
あんまり聞いたことがない。
「彼らは魔物……とも言い切れないんですよね、困ったことに」
「?」
「攻撃性や残虐性が高い通常のゴブリンと違い、こちらが関わらなければ基本的には攻撃してきません。どちらかというと亜人に近い種族ですね。極まれにですが、田舎の村などで収穫や用心棒をして食料を貰うこともあるそうですが、街にはけして近づきません」
「じゃあ魔物じゃないんだ」
「いえ、魔物と亜人の中間といいますか。
ゴブリンに雇われて人を襲うものもいますし、いろいろ、です」
「……そうですわ。
精霊術の実演にはちょうどいいのでは?」
さらっとすごいことを言う。
「……その、あれは悪い個体なのか?」
「わかるわけないでしょう。
放浪の旅をしているのか、これから村を襲いにいくのか。
後者なら人助けになるのでは?」
うーん……ちょっとなあ。
それはひどいんじゃないの。
クマは人里に降りてくる可能性があるから、山で見かけたクマを必ず殺すかというと違うと思う。
「前者だと嫌なので、違うモノで」
「ふうん……まあいいですけどね。
明日のゴブリンの中にホブが混じっていても手を抜かなければ」
「それは大丈夫だ」
しばらく見ていると彼らは進路を変え、丘のむこうへと消えていった。
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日が落ちつつあるころ、林の脇に馬車を止め野営の準備に入る。
それが一段落したら夕食の前に訓練をしておきたいな。
精霊術の実演にもなるだろうし。
「えー、じゃあこれから訓練を始めよう」
「はい、師匠!」
こうするのもずいぶん久しぶりだ。
村での日々がちょっと懐かしい。
アルマは、岩に腰掛け足を組み、こちらを観察。
いつのまにか左目にモノクル……片眼鏡をかけている。
彼女は視力が悪いようには見えなかったので、恐らくなんらかの魔道具だろう。露骨に値踏みされているようでちょっとなぁ。
「イリム、とりあえず『投石』はあれから成長した?」
「この日を待っていましたよ!
なんと!私も新技を編み出していたのです!」
ぐっ、とイリムが槍を掲げると、その穂先にみるみる石礫が収束していく。
「…………えっ!!」とアルマの声。
「おおお」
石礫は尖った石片へと形を変え、サイズも50センチほどある。
「えいやあ!」
とイリムが槍を正面に突き出すと同時に石片は唸るように発射され、的として立てた板を千切るように粉砕した。
うわー、すげえな。
『投石』どころじゃないよ。貫通力自体は俺の『火弾』を越えている。
「どうですか!
名付けて『石槍』です!」
にこにこと術の解説を始めるイリム。
人攫いの首魁を不意打ちしたあの攻撃、自身の槍を操って投じたあの一撃がイメージの元になったそうだ。
樹海の行軍中も、野宿の見張りがてら練習していたのだと。
「【槍のイリム】を名乗るからには術のほうも槍といえるぐらいでないと。
『石矢』ではかっこつかないので」
「そこはこだわりか」
「あとは師匠に言われたとおり、これにもっと回転をかけたり工夫をですね」
「じゃあそれを練習だな」
「ただこれ、『石槍』はまだまだ重いんです。戦闘中に集中してだすのはまだ難しいかと」
「『火弾』も最初はそうだったよ」
とふたりで話していると横から視線を感じた。
みるとアルマが無言でこちらを見ている。
「や、蚊帳の外ですまん。
……えーと、イリムに関してはこうだけど……」
「ええ、お気にせず。そのまま続けてくださいな」
にこり、と笑うアルマ。
「そうか」
俺はどうするか。
とりあえず肩慣らしに『火弾』を1発。よし、だいぶ発動は早くなってきた。
火精の調子もいいらしい。
次は並列想起。
いけるか……と、『火矢』を6発装填する。
イメージはリボルバーの回転式弾倉だ。
これは意外なほどしっくりきた。
むしろ4発よりもやりやすいぐらいだ。
同時に6発、いくつかの的に叩き込む……が当たったのは2発だけだった。
うーむ……。
試しにもう一度、今度は大きめの板にむかって真っ直ぐ全弾叩き込む。
これはすべて命中し、即座に板が燃え上がる。
……なるほど。
弾倉の弾を銃から発射するイメージのせいで、バラバラの方向に同時に発射するととたんに精度が下がる。俺自身が想像できないせいだ。
『火矢』の並列想起は範囲攻撃にしたいのだが……いや、高速連射で代用にはなるか。
「合格です」と後ろからポンと肩を叩かれる。
振り返るとすぐ目の前にアルマの顔。
たぶん10センチもない。
うわっ!と後ろに飛び退く。
相変わらず突然近い。
気配も読めない。
「そのふたつがあればゴブリン相手に引けを取ることはないでしょう。術のお名前は?」
「『火矢』と『火弾』だ」
「さきほどの『火矢』の乱射は範囲攻撃ですか?」
「ああ。ちょっとうまくいかないが」
「明日の依頼で、もしかしたら私の術がお役に立つかもしれませんわね」
「いまここで見せてくれないか?」
戦いの最中では見逃すこともある。
「私の術は、あなた方と違って消費型でして。 お金もかかるし大変なんですよ」
にこにこと笑いながらまた岩へと腰掛けるアルマ。
「さ、続きをどうぞ」
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