第16話 「ランダムエンカウント」
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翌日、この旅初めての苦戦といっていいだろう。
狂狼の群れに襲撃された。
村で、馬ほどもある狼がいる、とは確かに聞いた。
しかしイリムも強いし、自分には精霊術という武器がある。
ネットで、馬よりもはるかにデカイ猪を仕留めたアメリカンボーイが、銃を片手にドヤ顔をきめる画像をみたことがある。いくら大型とはいえ、銃さえあれば獣は屠れる。『火弾』があれば大丈夫だ、と。
正直なめていた。
「師匠!右から二匹、お願いします!!」
「おう!」
並列想起した『火弾』をそれぞれ叩き込むが、一匹はかすっただけで、そのままこちらへ突進してくる。イリムは正面の2匹で手一杯だ。
こいつは俺でやるしかない。
体に染み付いた防御の技で、ぎりぎり腹を食い破られるのを防ぐ。
しかし、やはり、キツイ。
武器を持った人間ではない、野生の獣との攻防はまだまだ不慣れだ。肝を冷やす防御の合間に『火矢』を小刻みに打ち込み、倒し、すぐに新手が。
……さきほどからこんなことを何度も繰り返している。
そして大きさが誤算だった。
彼らが馬ほどというのは誇張だった……ライオンかトラが一番近い。
しかし飛び道具がメインである俺からすると、サイズが小さく素早いほうが厄介だ。もっとそうした練習をしておくべきだったな。
「やつら……頭も数もいい」
攻撃の波がいったん止んだところで、イリムが呟く。
ここまでにふたりで、10匹は倒している。
さすがに、変じゃないか?
「……なあ、ふつう……こんだけ仲間が殺されたら群れは引くもんだろ?」
「彼らがまっとうな獣なら、そうですね」
「…………。」
「彼らダイアウルフは魔獣、つまり魔物です。
彼らにふつうの考えは通用しません」
「ただの獣じゃない?」
「攻撃性も、頭の良さも。
……村からだいぶ離れてきたという証ですが」
気がつくと、木々の後ろや巨大な根のむこうから、次々と奴らが現れていた。
「まあ、休む暇はないということですね!」
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……そうして、ふたりで群れを平らげた。
周囲にはダイアウルフの死骸が散っている。見渡す限り。
「…………。」
確かに、奴らはおかしい。
頭がいいとイリムは言ったが、なら群れが壊滅するほど攻撃をやめないのはおかしい。
ひたすら攻撃性のかたまりだった。
あれが魔物か。
「……師匠」
「なんだ」
「切り抜けましたね」
にこりと、イリムが笑う。
だが全身ぼろぼろだ。
細かい怪我は数え切れないほどあり、右肩をガブリとやられ腕が上がらないようだ。
俺も精霊術の連発で、クラクラするが、まだ……まだなんとか。
でも、まあ。
「なんとかなったな」
「…………いえ」
イリムは左手で握った槍を真っ直ぐに。
この戦場の新たな侵入者へむけて。
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「ゴガアアアアアァァァァァアアアアアア!!!」
血の匂いに惹かれたか、または別の理由か。
巨大なクマが咆哮をあげながらこちらへ駆けている。
「灰色熊……でも、あんな大きいのは初めて」
イリムが諦観まじりに呟く。
右腕が動かないイリムではあいつと戦えない。
つまり今あいつの相手ができるのは俺だけだ。
急いで火精を励起する。……が、選ぶ術が定まらない。
『火矢』では足止めにもならず、『火弾』では発動が遅すぎる。
強力な弾体を形成し射出するという術のため、イメージに手間取るのだ。
なにか……かんたんな起点があれば、そこから一気に、
――こちらが逡巡しているといつのまにかクマは目の前で仁王立ちし、咆哮を上げていた。
鼓膜が震える。
考える暇はない。
一か八かだ。
愚直だが最速に、まっすぐに黒杖を灰色熊の腹に叩き込む。
こんな攻撃、イリムやカジルさんにはカンタンに弾かれるか躱される。
相手のクマ公にもダメージなんぞありはしない。
だが、こいつはただの目印だ。
「――――ぶち抜けッ!」
杖の先端を起点に、火精をありったけ解放する。
加工もなにもなく、ただただ単純な火力で敵を貫く。
非常に暴力的で簡便なその命令は、破壊の象徴たる火精たちからするとひどく気に入ったようだ。
黒杖の先端から吹き上がる炎の勢いは、普段の自分のMAXを軽く超えている。
文字通り、灰色熊は吹き上がる火柱に貫かれ絶命した。
目が痛む黒い煙があたりに立ち込めている。
クマの死骸は岩のように丸まっている。
「…………。」
身を守るためとはいえ、ここまで完全に焼き殺してしまうと胸が痛む。
相手は獣なのだから、炎で威嚇して追い払うこともできたのでは……。
あの土壇場では仕方がないが、余裕があるなら次はそうしよう。
「師匠」
「なんだ」
「あそこまで黒焦げだと食べられるところがほとんどありませんよ」
「……ええっ」
悪戦苦闘しながら左手だけでクマの死骸を解体するイリムに、諸行無常だな……と呟く。
「なんです?」
「いや、たくましいな、って言ったんだよ。村では狩りなんてしてたっけ?」
「猯やタヌキは罠でとりますけど、クマは今みたいに襲ってきたのを退治したときぐらいですね」
たんたんタヌキか。
よくクソまずいと聞くがこのまえイリムが鍋に入れたのはウマかったのを思い出す。
「しかし師匠、また新しい術を開発してたんですね!凄かったですよ!」
キラキラとした目で解体作業をしながら笑っているイリムさん。
ちょっと怖いよ。
「アレはなんて名前の技ですか?」
とっさの行動なんだけど、というと怒られそうなので適当に名前を決めておくか。
「『火槍』……んん……いや、……じゃあ『火葬』で」
「はぁー、それにしてもすごい威力でしたね」
「……ああ」
ちょっとホイホイ使っていい技ではないな。
精霊術自体、ぽんと手渡されて、手探りで扱っている状態だ。
身の丈にあった術から少しずつ習得していかないとどこかで重大なミスを犯してしまいそうで怖い。
それに、得物の先端から吹き出させるという特性上、俺の打突をまともに食らってくれる相手限定だ。でかくて、知能が低いタイプに大ダメージ。
ゲームでいえば命中最悪、威力絶大なまじんのかなづちか。
クマさんからいくらかのお肉をゲットしたイリムは、ついで荷物をガソゴソと漁りだす。
「師匠も、どこかひどい怪我はありませんか?」
「左腕に一発。ここはもろに噛まれた。
あとは細かい傷がいくつか。
これは狼にやられたのか森の枝にやられたのかわからん」
「じゃあまず傷にコレを塗っておいてください」
と、手のひらサイズのヤシの実モドキを渡される。
よく見ると枝で栓がしてあり、引き抜くとなかからどろりとした白い液体が溢れる。
傷薬かなんかだろう。ずいぶんワイルドな入れ物だ。
言われたとおり、軟膏をぬりぬりする。
「……あれ?」
となおもガサゴソやっていたイリムが不思議な顔で袋から一本の太枝を引き抜いた。
枝にはびっしりと、象形文字のようなものがのたくっている。
「なにそれ?」
「……これは、カジルのですね……まったく」
ん、カジルさん?
「餞別ってやつですよ。ありがたく使わせてもらいましょう。
師匠、こっちに来てください」
言われるまま、イリムに近づくと、突然怪我をした左腕を握られた。
「いたた!」
「で、私と一緒にこの枝を折ってください」
一体何が始まるんです?
なんだろう……もしかしてアレか。
左腕が握られているので、右腕で枝を握る。
「「えいっ」」
ポキリと枝が折れ(イリムのほうが当然力があるので手首が少しグキッたが)周囲に白いもやが広がる。すると全身、特に噛まれた左腕がぐるぐると熱を持ち始めた。
この感覚はおぼえがある。
村でトビンさんに回復の奇跡をかけてもらったときと同じだ。
「魔法のアイテム?」
そういうのもあるのか。
「これは去年のお祭りのとき、カジルが巫女さまからもらった物ですね。
土精さまの、癒やしの術が込められたものです」
「カジルさん……イリムが旅立つことがわかってたのか」
さすがだな。
というか許してくれたのね。
気がつけば、左腕の傷はほとんど塞がっていた。
すげえな回復魔法。
土精さまの癒やしの術……らしいが、火精だとこうはいかないだろう。
せいぜいが傷口を焼くか、体温の維持ぐらいだ。
「イリムもコレ覚えられないか?戦士で回復使えるとかええやん」
聖騎士とか。
この世界の法則はしらんが、ゲームでは戦士職は攻撃魔法覚えるより、回復魔法覚えるほうがムダがない。
「……とっても高度な術なのでムリです。
というかどう頼めば土精さまの力で回復の術が起こせるのかがまったくわかりません」
ふーむ。まあ俺もわからん。
森をでて、人間の街につけば人に聞くなり本を紐解くなりいくらでも手があるだろう。
パーティに回復職はぜひほしい。
そうしてさらに3日、白虫球の逃げ出す正反対をひたすらすすみ、野宿し。
もうそろそろ体力より気力が……いやイリムの手前泣き言なんて……。
そうして、唐突に視界がひらけた。
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ついに、ついに大樹海を抜けた。
目の前にはひたすらに平原と小高い丘が広がる。
風が明らかに森のものとは違う。
抜けるように爽やかな、いくぶん乾いた風。
ほぇーとイリムは口を開けながら、しばらくその景色を眺めていた。
「なんにもありませんね!」
「でも、広々としていいだろ?」
「はい!」
小高い丘をいくつか超えると、明らかに人の手で作られた道が見えた。
石畳ではなく土の道だが、均され、踏み固められたれっきとした人工物だ。ほっとする。自然は健康にいいですよとは言うが、延々大自然の驚異のなかだと逆に不健康になるのだ。
主に現代人の心が。
「これが街道というやつですか!すごいですね」
「そうだろう、なにしろここに物を落としたらその瞬間バリアが貼られて所有権が道の持ち主に移ってしまうんだ」
「そんな恐ろしい魔法が!」
「落とし物を察知した領主は、それバリィィィィー!!すぅぱぁバリィィィイイイ!!って目をひん剥いてガキみたいに叫ぶんだぜ」
「へぇぇ……それはそれとして師匠はたまにお口が汚いですね。よくないですよ?」
「すいません」
「あと今の話も嘘ですよね?」
「半分以上は冗談ですが、真実を含むかもしれません。
嘘には真実が隠れているのです」
「……ほんとですかね」
街道をふたりですすんでいるとふいにイリムがえいっ!と俺の体に抱きついた。
「うわわっ!?」
「師匠、肩車してください!」
イリムが腕をまわしているのは俺の肩と主に首であり、どちらかというとチョークスリーパーが決まりかけている。肩車どころではない。
「タップ……まじでタップ……」イリムの肩を叩く。
「師匠?」
するりとイリムが俺の体からおりる。
呼吸を整え、新鮮な草原の空気を味わう。
「その……なんで肩車よ?」
「もっと高くからこの景色がみれたらなーと。……ね、いいでしょ師匠」
わざとか知らんがくい、と体を傾けておねだりするイリム。
父性本能とかその他いろいろを刺激される。
……うーん……わかった、わかったよ。
「ほれ」
「さっすが師匠!」
よいしょ、とイリムを乗せ立ち上がる。
イリムが軽いのもあるだろうが、俺もけっこう体力がついてきたな。
ラクラクだ。
「わぁー、すごいすごい!高いです!」
「そか」
そのまましばらくパパさん気分を味わいながら街道を歩む。
なんだか幸福物質がバンバンでてる気がするがまさしく気のせいだろう。
そうして、
俺たちは旅をつづけ、地図とにらめっこし、2回の野宿を挟んだころ。
ようやく人間の街にたどり着いた。
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