第13話 「シンボルエンカウント3」
追放。
そうか。
ギルティではあるが、火炙りだの縛り首だのギロチンだのではない。
殺されるほどの罪ではない。
ただ、村から出ていけ、と。
ならまったく問題ない。
「ここの件が解決したら、俺は村を出ます。
だから、俺の話を聞いてほしい」
ガルムさんは、しぶしぶだが頷いてくれた。
さっそく方針を決める。
バンダナ男は俺が相手をする。
黒杖をいつもの防御の型ではなく、攻撃の型で構え、棒術使いの自警団員を装う。
俺の攻撃の型はまだまだ未熟で、ある程度熟練の相手にはすぐにわかるそうだ。
相手の油断を見計らい、並列想起した『火弾』2発を叩き込む。
それを合図にカジルさんとガルムさんが首魁に奇襲を仕掛け、このなかで最速のイリムが雑魚ふたりを黙らせる。
俺の並列想起はまだ完成はしておらず、他にも不確定要素はある。
だが、やるしかない。
「最後に、これだけは守れ」とカジルさん。
「できるだけ素早く敵を排除。できるだけ子どもを優先」
「はい」
「わかりました!」
カジルさん、ガルムさん、イリム、俺の順で続々と渦中へ飛び込む。
そうして、状況が見渡せた。
俺たち4人と対峙するよう4人の人攫いが部屋の中央に。
その奥には転がされたミレイちゃんと猫人の少女。
動きのない妹の姿にイリムの殺意が一瞬、俺でもわかるぐらい場を満たした……が、すぐに収まる。
たぶん、気絶なり眠らされたなりなのだろう。
スーッ……と怒りを納めたイリムはしかし、敵の首魁へと襲いかかった。
「ハアアアッ!!」
普段の彼女からするとありえないぐらい、愚直で、バカ正直な突進。
それは当然のごとく達人には通用せず、難なくかわされたあと後頭部へ一撃。
ダン!、とイリムは床に伏した。
彼女の手から自慢の愛槍が転げ落ちる。
…………え、その……嘘だろ?
首魁はしばらく怪訝な顔でイリムを眺めていたが、くるりと首だけ回してこちらへ声をかけてきた。
精一杯の挑発を込めて。
「思わぬ収穫でしたね。まさか獲物がむこうからやってくるなんて」
首魁はニコニコと笑顔を振りまく。
「しかもこんなかわいいお子さんですか。これはよい所に売れます。
少女にしても、こんな樹海の貧相な村で暮らすより幸せです。
……これは困りました、またまた善行を積んでしまいますね」
イリムは手下に縛られ、その場に転がされる。
槍も手下に奪われた。
これは……まずい。
いくらイリムが槍の腕は中級で、優秀な自警団員だとしても、心は妹を奪われ不安定な16歳の少女に過ぎない。
こういうアクシデントは起こり得る。
どうする、どうすればこの状況を……。
「あっ」
と人攫いのひとりが声があげた。こちらの顔をぽかんと眺めている。
なんだ?と睨み返すと、相手の表情がみるみる険しくなっていった。
「……オメェあの時の!!」
首魁が視線をこちらの3人に油断なくむけながら、部下に問う。
「なんだ、知り合いか」
「ハイ親分!こいつですよこいつ、獣人村に加担してた変な人間です!」
「……オマエが殺したはずでは?」
「そのはずなんですが……」
そうか。
黒装束でわからなかったが、あのときの人攫いか。
瞬間、奴が容易く殺した少女のことが頭をよぎる。
……だめだ。
ここで冷静さを失っては。
「おい、お前」と首魁に呼びかけられる。
「なんだ」
「どこの者だ。王国民か、西方諸国か?
まさか帝国民ということはあるまいが」
いや……知らねえよ。
ぶすっと黙っているとかなり怪訝な顔をされた。
癪なので「お前に答える義理はねぇよ」と答える。
「そうか」
首魁はふうーむと大げさにうなずいたあと、
縛られたイリムの腹を思い切り蹴り上げた。
放るようにイリムの体が宙に浮き、そのまま向こうの壁に叩きつけられる。
がふっ……とイリムの口から血が溢れ、ヒューヒューとかすれた声がこちらまで響く。
「てめぇッッツ!!」
黒杖を突きつけ、秒で沸騰した頭でいくつもの『火弾』を並び立てる。
とても同時に扱いきれる量ではないが、全弾こいつに叩き込んでやる!
「答えよ」
「ああっ!?」
「お前がどこの者か」
「だから……知るかよって言ってんだよ!」
じーっとこちらを眺めながら首魁はなおも続ける。
「では例えばいくら払えば手を引く?100ルクス?西方銀貨10万か?大金板10枚も用意できるぞ?」
「知らねぇよ!」
しーーんと、首魁は押し黙る。
しばらくして、クヒヒヒヒヒッとヒステリックな笑い声をあげた。
「お前はアレか……そうかなるほどなるほど……」
「では円か、元か。それともドルか?」
「……えっ」
聞き馴染みのある単語を突然問われ、一瞬ぽかんとしてしまう。
それは致命的にまずかったのだろう。
「いいでしょう」と、やたら演技がかった動作で手をパーンと叩くと、首魁はうんうんと頷いた。
「そちらの人間の青年ひとりと、後ろの獣人のかわいそうな子どもたち3人、清く正しく公平に」
「交換いたしましょう」
カジルさんとガルムさんがじり、と俺を守るように間合いを詰める。
「どういうつもりだ?」
「つもりもなにも、言葉どおりですよ。青年ひとりと、子ども3人。
考えるまでもないでしょう?」
場が固まる。
その沈黙を破ったのは人質であるはずのケモノの少女だった。
「――師匠ッ!逃げてぇ!!」
叫ぶやいなや、イリムが部下のひとりに強烈な体当たりを食らわした。
バランスを崩し、そいつはイリムから奪った槍を取り落とした。
もみくちゃに暴れるイリムと、下敷きになった部下を、つまらぬモノを見るように首魁が見下ろしそのまま再度イリムを蹴り上げる。
当然、縛られているイリムに受け身をとる余裕はなく、さきほどと同じように奥の壁へ叩きつけらた。
「……イリム……?」
さきほどのように吐血がない。
さきほどとは違い反応がない。
「やっと静かになりましたね」
くるりと振り返った首魁の顔はとてもさわやかな笑顔だった。
『火弾』4発の並列想起を完了させる。
このすべてを叩き込み、こいつの行動を停止させる。
二度とイリムを傷つけることができないように。
沸騰した脳内で引き金に指をかける。
目標を凝視する。
それに全弾を炸裂させると宣言する直前、
――それの胸から突然、尖ったなにかが生えてきた。
「うーーん?」
なにかとても不思議なものを眺めるように、彼は胸から生える異物を撫でた。
それは一本の槍だった。
彼がくるりと振り返ると、壁に背もたれたイリムが、ばーかと言わんばかりの憎たらしい笑顔で敵を睨んでいた。
両腕を縛られ、槍を振るうことなどできない彼女はしかし、槍を投じてみせたのだ。
この場でふたりしか知らない方法で。
ぼーっ、とイリムの笑顔を眺めていた首魁から、突然あらゆる表情が削ぎ落ちる。
「…ガキッ…ガキッ…ガキがッ…………」
ころすころすと呟きながら体をガタガタと震わせ、跳躍の準備を終えた男はしかし、そのありえぬ隙を達人ふたりに刈り取られた。
と、同時に、死体に無駄撃ちになるところだった『火弾』を、この場の敵をしてナンバーツーであるバンダナに2連射で叩き込む。
ありったけの速さでもって疾走らせて。
そうして……戦いが終わった。子どもたちも全員助かった。大成功だ。
力がどっと抜ける。
残党ふたりは殺すまでもなくカジルさんに倒され、そこでスマキにされている。
組織のこと、パトロン。
洗いざらい吐くという大事な役目が彼らには残っている。
死んで逃げることはゆるされない。
イリムに駆け寄ると、彼女はにかりと笑い
「やりましたね」と口にした。
治療をしがてら、さきほどの話を聞く。
一発目の腹へのサッカーボールキックはだいぶこたえたが、二発目はしっかり身構えていたおかげで大したことはないらしい。
現にもう自慢の愛槍を手に立ちがっている。
その視線は、丸まって寝息をたてるミレイちゃんにやさしくむけられている。
「よかったな、イリム」
「はい!」
イリムのその元気な声のせいだろう。ミレイちゃんが目を覚まし、寝ぼけ眼で正面の姉をとらえる。
「お姉ちゃん?」
「ミレイ、怪我はないですか?」
えっえっなんで……と混乱ぎみに呟いたミレイちゃんは「助けに来てくれたの?」と。
傷だらけ、返り血まみれの姉は、「なんと、お姉ちゃんは強いんですよ」と。
「お姉ちゃん、うわぁぁああああ!!!」
と泣き叫びながらイリムに抱きつくミレイちゃんを見ながら思う。
戦いは終わった。子どもたちも、もちろんミレイちゃんも助かった。大成功だ。
だから、その大成功のツケは払わなければならないのだろう。
ガルムさんがぐい、とこちらへ一歩近づく。
強烈な剣気を放ちながら。
「今日の夕方までだ」
「…………はい」
「今日の夕方、村に打ち明ける」
「……わかりました」
「……あの、ガルム…」
おんおん泣き叫ぶミレイちゃん越しに、ガルムさんが告げる。
「オマエもだイリム。さきほどの妙な槍の術。
明らかに土精さまの気配がした」
「ええと、……ですね……ハイ……」
「村に釈明が必要だ。それと巫女の手続きか」
「…………。」
「それも、この人間とまとめて報告する」
「…………!」
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