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第7話 「まつあき」

 ぼんやりと目が覚めると、いつもの宿の自室だった。

 頭が重く、うーん?と寝返りを打つ。


「いててててて!」

 腹が!腹が痛え!なんだ!?


 痛みで完全に目が覚め、痛みの原因である腹に手を当てると、そこには何重にも大きな葉っぱが巻かれていた。お、と疑問が浮かんだのと、自身の無茶な治療を思い出したのは同時だった。


 ……あのあと……いや、助かったのか。


 なんだかふわふわと実感がない。ついでにもふもふした手触りもある。


「…………ん?」


 ベッドの脇で、頭をうつ伏せにしてイリムがすーすーと寝息をたてている。

 椅子に座っていたのだろうが、結構な前かがみでベッドに顔を埋めて。


 苦しくないのか?


 ……しかしそうか、看病なり見舞いなりで、イリムはここにいるのだ。心配してくれたのだ。

 思わずわしわしと頭をなでる。もふもふのケモミミもついでに。


 ――と、

「うわぁあああ!!」とイリムがでかい声で飛び起きた。こいつうるせえな。


 アレ、アレ……?と定番のリアクションをかましてくれた後、

「よかったぁぁあああああ!!」とこれまたでかい声で抱きついてきた。

 うるせえけど……嬉しいな。


 イリムの声のおかげだろう。ばたばたと宿の女将さん、娘さん、ついでカジルさんが部屋にやってくる。女将さんは娘に「トビンを呼んできて、早く!」と娘に指示を飛ばす。


 すこしして、トビンと呼ばれたウサギの獣人は村のお医者さんだった。

 この、腹の葉っぱを巻いたのも彼だ。


「触るよ」断りをいれトビンさんが傷口に手を当て、ぶつぶつとなにごとか呟く。

 とたん、患部がぐるぐると熱を持ちさらに傷口がすこし薄くなった。


 …………いまのは……魔法か?


 俺がぼけっとしていると、傷口にぐじゅぐじゅに揉み込んだ葉っぱを貼り付け、さらにそれを大きな葉で体に巻きつける。

 これは薬草かな。葉っぱを興味深そうに見ていたからだろう。


「わたしゃあ、そんなに力ある奇跡を起こせないから、悪いね」とトビンさん。

「とんでもない、ありがとうございます」

「……それじゃあお大事に、あと2、3日は同じ治療が必要だから安静にね」

 と彼は帰っていった。


「しかし、咄嗟に傷口を焼くとは、思い切ったことをしたな」

 カジルさんはとてもうれしそうにそう言い、イリムの隣に腰掛ける。

「わかっていても、すぐ実行できるやつは少ない」


「そうですね!それに旅人さんが人間でよかったですよ!

 でないと松明たいまつなんて持ち歩きませんからね!」


 …………ん?…………松明?


 そんなもん、俺は持ち歩いてないぞ。


「なんの話です?」と聞くと、カジルさんは不思議そうに答えた。

「持っていた松明で傷口を焼いたんだろ、倒れたお前のすぐ横に転がっていたぞ」


 …………えっ。


「私とカジルさん、あとこの村のだいたいの人たちは夜でも目が見えるから松明っていらないんですよねー」とイリムはにこにこしている。

 村でも売っていないし、ほとんど作る人もいないし、とも。


「旅人さんは自分用に持ち歩いていたんですね」


 ……なにか、変だな。


「倒れていた俺の近くには、他になにかありませんでしたか」


 と聞くと、さっ、とふたりの顔に影が落ちる。

 イリムはもごもごと呟いていたが、カジルさんははっきりと答えてくれた。


「あの少女のことは、お前のせいじゃない。

 お前はあの少女を庇うように倒れていた。必死に戦ってくれたのはそれをみればわかる」


 カジルさんからあのあとの状況を聞く。

 俺は、自身の出血にうずくまりながら少女を抱きかかえ倒れていた。


 すぐそばには傷口を焼いたであろう松明の燃えさしも。

 すべては樹上の草原の上で見つかったそうだ。


 もちろん、枝の洞窟の中などではなく。


 ……………。


 あのあと、体調が悪くなってきたのですこし眠りますといいふたりには帰ってもらった。


 つまり、ええと。

 あの樹上から落ちた後のことは、すべて俺の妄想だったのだろうか。

 落ちて、竜の骨に会い、力を授かり、傷口を焼いた。すべて鮮明に思い出せる。


 あれが実は、松明を傷口で焼くなかで、朦朧とした意識がああいう光景を見せたのだとしたら…………いや。


 ありえることだろう。

 元の世界でも聞いたことがある。

 昔のアメリカなどでは、親に性的な虐待を受けた子供が、あれは宇宙人にさらわれて実験されたんだと体験を上書きすることがあったという。


 大人になって思い返しても、ありありとその宇宙人の姿やUFOの船内を思い出せたと。それと同じではないか。


 身に覚えのない松明に引っかかりはあるが、謎の老人に力を授かりましたというよりははるかに合理的だ。

 つまり、ふつうに考えれば……あれは夢だ。

 なるほどな。


 そう納得すると、どっと疲れが込み上げてきて、そのまま俺は泥のように眠った。



 変な時間に眠ったせいか、深夜に目が覚めてしまった。

 この村にはガラス窓などという気の利いたものはなく、すべて木製の鎧戸のため、締め切られるとほんとに真っ暗だ。


 ……明かりが欲しいな。


 この村の住人は夜目がきく『暗視』持ちがほとんどだが、さすがに部屋の照明器具ぐらいはある。『暗視』といっても真昼のようにみえるわけではないのだろう。


 この村の照明器具はヤシの実モドキを半分に割ったもので、それにこよりをぶっ刺したものである。こよりに火を付ければかなりの間、ささやかな灯りをもたらす。


 アレは確か、ベッド脇のサイドテーブルにあったな。

 まだベッドからは起き上がれないので、体をひねり「いてて」と呻きながら手探りで明かりを掴む。


 ヤシの実モドキを両手に抱え、そこではじめて気がついた。

 懐中電灯や電気スタンドじゃないんだから、コレだけあっても明かりはつかないのだ。


 確か、火打ち石がいるんだよな……と思ったところで、ふと、

 傷口を焼いたときのことを思い出した。


 あの夢……妄想の中では、精霊術とやらで火をつけていたな。

 本当は松明で焼いたらしいのだが。


 松明は実際に俺の近くに転がっていたので、証拠があり、だから事実だ。

 しかし、理屈でわかっていたとしてもいまいち納得はできなかった。

 第一、俺は火打ち石の使い方すらしらない。


 ………試してみるか。


 ありもしない不思議な術を使ってみようなど、子供のごっこ遊びで卒業したが、

 さきほどの治療師は魔法のようなものを俺の怪我に使っていた。


 この世界に魔法はあるのだ。

 で、あれば可能性はゼロではない。


 あのときはどうしていたか。

 ――と、意識を精霊術の使用に傾けたとたん、部屋の中の見え方が変わった。


 そこかしこに熱さや赤色の気配がある。

 特に、手にしたヤシの実モドキや、火打石が置いてあるタンスの上などに集中して。

 おそらく、火精の気配というやつか。


「………………。」


 いや、まだわからない。

 これも妄想かもしれない。

 傷口を焼いたとき、炎を出現させた感覚をつよく思い出す。

 ……意識を集中し、発火の命令を下す。


 ボウッ、と点火口であるこよりに火が灯り、部屋がうっすらと見渡せるようになる。


 なるほど。とりあえず、火をつけることはできた。

 精霊の気配も手に取るようにわかる。

 つまり、あの竜とのやりとりは実際にあったことなのだ。


 ……そうすると、枝の洞窟で気絶したはずなのに樹上に戻っていて、覚えのないモノが転がっていたのはなんなのだろう。

 誰が、何の目的でやったのだろうか。


 誰かというと、あそこで出会った竜の老人しかいないように思う。

 他の第三者が、たまたまあの場所をみつけ、なぜか樹上に戻して放置するというのは考えられない。


 次は、戻したり松明をわざわざ用意した理由だ。


 樹上に戻したのは、あのままあそこで俺が気絶したままなら恐らく死んでしまうので、単純に助けてくれたのだろう。

 それなら素直に喜べるのだが、やはり松明が引っかかる。

 アレを置いた意味はあるのだろうか。


 ……イリムやカジルさんの言葉を思い出す。

 ふたりは、傷口の火傷と松明を結びつけていた。これで出血に対処したんだな、と。

 それが目的だとすると……つまり。


 精霊術で傷口を焼いたことを誤魔化すため……だろうか。

 もし俺の近くに松明がなければ、どうやって傷口の処置をしたのか必ず聞かれるだろう。

 それはなにかまずいことなのかもしれない。


 とりあえず、精霊術このチカラのことはしばらく伏せておこう。

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