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138. 王と民



(いくさ)などない方が技術は進むぞ”

          ――酒場にてドワーフの鍛冶師




 この飛空船の浮力発生装置が停止したのは千聖が『上書き(override)』したからだ。

 この飛空船は魔道具ではなく【所有者】タグは空だった。それなら千聖が如何様にも出来る。浮力発生源への魔力供給を止めると飛空船はゆっくりと墜落する。もちろん、地上に落ちる頃には『ゆっくり』なんて速度ではないが。

 艦橋でも足元が浮くような落ちはじめの感覚が分かるようになった。途端に指揮官の顔色が変わる。逃げ出そうとして踏みとどまった。


「何をしたか知らぬが、この(ふね)は帝国の最新鋭艦。落ちることなどあるはずはない。こ、これは幻覚だ!」


 最新技術ほどよく不具合があることを知っている千聖は思わず鼻で笑ってしまった。この指揮官は自分でフラグを立てまくっている。もう墜落はさけられないだろう。


「千聖、やめるのじゃ」


 服の裾が引っ張られる感覚でチユが横に立っていることに気がついた。このまま続ければ、タカマノ帝国の飛空船はすべて砂漠に沈めることが出来る。そうなればタカマノ帝国も二度と変な気は起こさないだろう。万々歳ではないか。


「他国の民とは言え、殺すのは忍びないのじゃ。助けてやってくれ」


「なんで? どうして? こいつらクルトや王様を殺そうとしてるんだよ? ここで殺しておけば……」


『殺しておけば』本当にデザルト王国は助かるのだろうか。いや、少なからず現状に変化が起きる。しかも殺さなかった場合よりも悪い方向へ進む。

 人の死は軽くない。特に人と人の結び付きが強いこの異世界の社会では「敵討ち」が法になっていたように「怨み」の連鎖が発生する。今、これだけの帝国兵士を殺すことはタカマノ帝国にいるほとんどの人の怨みに変わるだろう。


 それはデザルト王国にとっていいことではない。


「殺しては敗けなのじゃ」


「でも! でも!!」


 なぜ自分たちが割を食わねばならぬのだ。この戦争を仕掛けてきたのはタカマノ帝国だ。ならば帝国もその国の民も傷付くのを覚悟してしかるべきだろう。


「もういいのじゃ。このままタカマノ帝国の捕虜となろうとも、妾は『ドラゴン』ゆえ、人間たちは手出しできぬ。もし何かしようものなら他のドラゴンたちは黙っていないだろう。それにゼクスもいるのじゃ。心配はいらぬ」


 艦の落下速度は次第に大きくなっていく。周辺の飛空船も同時に落ち始めており、艦橋にいる兵士たちはパニック寸前だった。旗艦に搭乗している精鋭でこれなのだから、周辺の飛空船の中はすでにパニックだろう。明らかに練度が足りていない。これで戦争する気だったのかと考えたら、始めから犠牲にするつもりだった、ということに気がついた。

 それほどまでにデザルト王国が邪魔なのだ。デザルト王国を地に落とすことさえ出来ればどんなに犠牲を払っても構わないという黒幕の意志が透けて見えた。


「兄さまには悪いが後は任せるのじゃ。父上には謝っておいてほしいのじゃ」


 千聖には理解できなかった。クルトも王も死を覚悟していた。チユも家族の命がかかっているのに諦めて抵抗しない。王族というものはそう言うものなのか? 最後には自分を生け贄に国を民を守らなければならないのか? 様々な疑問が頭の中に浮かんでくる。だが、その答えは持っていなかった。千聖の中の『常識』は違う。個を犠牲にして良いわけがない。


「諦めない。私は諦めないよ! 今はチユを預けたとしても必ず取り返す! クルトも国も全部守ってやる!」


 飛空船の落下速度が弱まっていく。千聖が浮力発生装置を元に戻したのだ。ほとんど地上に着く頃にようやく釣り合いが取れるようになった。


「いい子なのじゃ。これでデザルト王国は守られる。父上ひとりの命で済むのならそれでいいのじゃ」


 千聖が考えていたこととは微妙にずれている。チユはわかっていて、そう答えていた。もう取り返しのつかないところまで来ている。千聖が何をしても無駄だった。


「いやだよ。私はみんなで幸せに生きたいよ~」


 チユに抱きついたまま泣き始めた。どうにもならないことをどうにかしたい。けど何も出来ない。千聖はワガママを通したかった。でも通らなかった。涙は悔し涙だ。


 一頻(ひとしき)り泣いたあと、千聖はチユに向かい合う。


「絶対に迎えに来るから、またクルトの側で一緒にくらせるから」


「諦めの悪い娘じゃな。それよりも千聖の方が心配なのじゃ。無理するでないぞ。国の盛衰は時の流れ。どんなに頑張ってもどうにもならないことがある。流れが変わるまで待つのじゃぞ」


 まるで何千年も生きてきた人のような諭し方だ。そう言えばチユはドラゴンの転生者。千聖と同じように前世の記憶があるのかもしれない。人間社会の常識に疎くとも長い間、他の世界の歴史を見てきたのだろう。


「このブレスレットは貰っておこう。また時が来れば使うこともあるのじゃ」


 チユは空間魔法を行使した。それは今まで見たことのない、最大級の魔法。


「よろしくなのじゃ」


 千聖をデザルト王国まで瞬間移動させる魔法だった。光が千聖の視界をふさぐ。チユとゼクスが見えなくなる。




 ふっと体の力が抜ける感じがしたかと思うと次の瞬間にはデザルト王立学園の中庭にいた。


「ドラゴンを近くで見たものはいるか?! 話を聞きたい!」


 ――普通逃げるよな……


 ――ドラゴン見物なんて出来る人いないよね


 未だにゼクスの起こした混乱の最中(さなか)のようだ。喧騒は大きく千聖が突如として現れたことなと誰も気がついていない。幸いにもゼクスに乗って飛び立つところは誰も見ていなかったようだ。

 千聖は赤い目を擦りながら王城へ歩き出す。まずはクルトに報告しなければならない。そして、逃げ出すのだ。クルトが居なければあの巨大戦艦を動かせるのは王しかいなくなる。当然、殺せない。散り散りになっても、みんなが生きていれば再び集まれる日も来る。今はとにかく皆を死なせないようにすることが先決だ。


 王城に着くと地下室に向かう。外は大騒ぎだがクルトはきっと地下室に籠りきりだろう。地下室に籠ると外の様子が分からないのは難点だ。

 地下室に着くと予想通りクルトは水晶柱に映し出された故障箇所を確認している。未だ、チユが拐われたことを、すでにデザルト王国が敗けていることも知らない。

 このまま何も伝えずにただ連れ去るだけでも良いと思った。だが、それは不誠実だ。クルトは選択肢をくれて千聖に選ばせてくれた。ならば、千聖もクルトに選択肢を与えねば対等ではない。


「クルト……」


 金髪の少年は手を止めた。千聖の様子がどことなくおかしいことに気がつく。よく見れば目頭が赤くなっている。泣いたことを悟った。


「何があった?」


 優しく聞かれ、今まで塞き止めていた感情が流れ出す。冷静に話をしようと思っていたが、無理そうだった。


「チユが、王様が……」


 クルトは泣きじゃくる千聖の言葉をひとつひとつ丁寧に拾いながら何があったのかを聞き出した。千聖のアイデアで一度はデザルト王国の生き残る道は見えた。ほんのわずかではあったが希望を持てるものだった。しかし、敵は数段上を行っていた。こちらの情報は筒抜けであり、クルトでさえ知らなかったゼクスがドラゴンであることを掴んでいたのだ。チユがドラゴンの転生体であることは知らなかったようだが、明らかにデザルト王国側に裏切り者が多数おり、情報を絶えず流している証左であろう。

 この状況でデザルト王国を生き残らせ、建て直すことは難しい。もう王族が死ぬことでしか終結させることはできない。しかし、それでは目の前の銀髪の少女が悲しむ。数ヶ月前に異世界から呼んでしまった少女を何とかして生き残らせたかった。


「父上に報告する。千聖はクヨミ国の姫といろ」


「いやだよ。諦めてるでしょ? 今からだってなんとかなるんだよ。クルトが逃げてさえくれればまだ道はある!」


「そうか。わかった。それも含めて報告してくる。一緒にクヨミ国へ逃げよう」


 千聖は初めてクルトの言葉を信じられなかった。本当に逃げてくれるのだろうか。騙されて千聖だけ逃げることにならないだろうか。


「約束して。一緒に逃げるって」


「ああ、約束だ。僕が約束を破ったことはないだろう。信じてくれ」


「嘘だ! 逃げない気でしょう!」


 その言葉にクルトは黙って千聖を抱き締めた。






 ここ数話の用語解説少ないですね……。



>最新技術<

 世に出ている一般消費者向けの製品は「最新鋭」なわけなく、十分に実験が繰り返されています。最新鋭とは実験機のことですが、実験機を本番運用するアニメとか見ると「不具合なさすぎじゃない?!」と不思議に思います。


>王と民<

 民あっての王であり、王あっての民である。王は民のために死に、民は王のために死ぬ。


>戦争回避<

 歴史的には戦争を回避したシナリオなど残っていないですね。当たり前ですが、本当は戦争を回避してきた為政者こそ英雄でしょう。伊達政宗の江戸の庶民の胃袋を掴んで政治的安定を図った話なんか結構好きです。




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