134. クルトが秘密にしている部屋
“職業に貴賤はない”
――ある人権運動家
女の子には秘密があると言うが、男の子にも秘密はたくさんある。とは言ってもエッチな動画をスマホにダウンロードしてあるとかではない。
今までクルトは暇さえあれば千聖と同じ時間を過ごそうとデートに誘っていた。護衛であるアルヴィも一緒なのでデートなのかどうかは微妙なところだが、千聖がこちらの世界に来てから一番長い時間一緒にいた人物と言えた。婚約者だからと言えばそうなのかもしれないが、異世界に呼び出されて心寂しく思っていた千聖を気遣っていたように思える。それが全く誘われなくなったのだから婚約者としては不安だった。
婚約者としての自覚のなさにあきれてしまったのかとも思ったが、学園で合う限りではそんな風に見えない。
「ク、クルト……」
「なんだ?」
「あのさ、今日はオアシスでシフォンケーキを食べない?」
オアシスとはクルトと千聖がよく使う完全個室の喫茶店である。以前に毒を盛られるという事件があったが、毒が効かないアルヴィの味見によって事なきを得ている。あのあと、何かがあったのだろうが、何もなかったかのように営業を続けていた。
「すまんな。今日も王城に用事があって行けない」
ここで「私とどっちが大事なの?!」なんて聞くようなことはしない。比べようもないことを比べさせる交渉術は8才には高度すぎて通用しない。下手したら千聖が切り捨てられて終わりになる可能性もある。
「あまり、一緒に居られなくて寂しい」
それは素直な気持ちだった。クルトは無償の愛情で千聖を守ってくれており、千聖が何かを隠していることに気がついていても何も聞かない。興味がないわけではなく、千聖を信頼して言えるようになるまで待っていてくれるのだ。もはや8才とは思えない包容力は王直系の血筋だからとしか思えない。
「もう少しで終わる。それまで待て」
にっこりと子供らしい笑顔で笑われると、ひょっこりと庇護欲が顔を覗かせるが庇護されているのは自分の方だと思い出す。
「わかったよ。待ってるね」
クルトが何をしているのか分からなかったが盗聴器を仕掛けたりして探ろうと言う気には不思議とならなかった。信頼されているからこそ、疑うことを考えないのだなと思う。
クルトと別れると研究室に向かう。レーダーの開発は外界試験を行っておらず専ら新機能の研究開発に始終していた。しかし、実際の運用に近い状態での実験を行えないと問題がどこにあるかはっきりとわからず、微妙に自信が持てない。
エルもツクヨミもそんな状況に飽きてしまったようで、新機能の開発も停滞してしまった。今思えばチユが楽しそうに研究している姿もムードメーカーになっていたのかもしれない。
「あのさ、クルトが何をしているか知ってる?」
ふと思ったのはサプライズパーティーの準備をクルトが行っている可能性だ。準備中は会場に近付かないようにエルやツクヨミが見張っているとか。ならば、こうして関連した話題をふれば態度にボロが出るかもしれない。
「いえ、知らないですわ」
「同じく」
思ったよりもあっさりした反応に予想が外れたことを知る。このふたりは本当に何も知らないようだ。
「確かにここ最近は忙しそうになさっているけど、何をされているのかしら?」
「アルヴィ様は特に忙しそうにしてはいらっしゃらないので、クルト様とご一緒されていないようですわ」
護衛を伴わずどこかにいくとすれば、それは王城以外考えられないのだが、王城に籠って何をしているのだろう。
「気になるわね」
「気になりますわ」
千聖は自分が悪手を打ったことを知った。クルトは探られたくない様子だったのにふたりの興味を引くようなことをいってしまった。
「千聖は何も知らないの?」
「知ってたら聞かないし、クルトは『待て』っていってたから……」
「でも、気になりますわよね?」
ツクヨミの好奇心が止まらないようだ。自分の恋愛については語らないくせに他人の恋愛関連の話題になると食いついてくる。
「気にならないと言えば嘘になるけど、クルトを信頼してるもん。何もしないよ!」
何も聞かないで待つのが信頼の証だと思う。ふたりの好奇心を裏切るのは本の少し心苦しいが、クルトの信頼に比べれば些細な話だ。
「まあ、千聖はなにもしなくていいのよ」
「そう。千聖様はなにもしなくていいのですわ」
引っ掛かる言い方をする二人が何を考えているのか分かる。これへ千聖に『内緒』でクルトが何をしているか探るつもりだ。
「迷惑かけたらダメだからね!」
「迷惑だなんて……」
「わたくしたちがクルト様のお邪魔などするわけないですわ」
言われて見ればその通りなので千聖も二の句が次げない。だが『この不安はなんだろう?』と思う。
「あ、わたくし、大事な用事を忘れていましたわ」
「私もですわ。本日はこれで失礼します」
わざとらしい挨拶でそそくさと研究室を出ていくふたり。この後、クルトのことを探る算段でも相談するのであろう。
レーダーの研究は色々な副産物をもたらしている。千聖が知らないうちに新しい使い方を見つけている可能性もあった。前世では、レーザー測距による精密測量とか、レーダーと同じ原理だが窓ガラスの振動を音に再変換することで盗聴する原理だとか、波の科学による技術革新に枚挙に糸間がなかった。
クルトの秘密がどの程度のものかわからないが、セキュリティがあまりしっかりしていないこの世界ではオーパーツ的な技術で作られた探偵7つ道具を使えば暴けない秘密などないかもしれなかった。そんなものは作ってないけど。
「考えても仕方ないか!」
今は防衛装備の開発をしていた。レーダーを作ってはいたものの、空爆に対する迎撃設備や防爆装備は全く持っていなかったので、前世の知識を思い出しながらチマチマと作っている。
何より相手が運動エネルギー爆撃をしてくると想像できるので、上空や近距離へ侵入させないのが第一優先順位だ。運動エネルギー爆撃と名付けているものの、実際は岩や丸太を落とすだけの攻撃になるだろうが、1000m上空から落とされれば砂製の5階建て程度の耐久性では簡単に貫かれてしまうだろう。
また高原国では火薬の使用もしているようだから、爆弾タイプもあるかもしれない。不幸中の幸いは砂製の建物であるがゆえ、焼夷弾に対する防御力は確保できていることだった。
質量兵器にはタイミングを合わせてディメンジョン・カッターを展開、上空1000mの飛空船を近寄らせないようにするには砂の物理防御障壁が有効だと思われた。特に空気中に砂粒の座標を億単位で固定する物理障壁は設置の仕方によっては飛空船そのものを破壊することも可能で、かなりの手応えを感じていた。
「千聖、待たせたな」
久しぶりにクルトに呼び出された千聖は乙女ゲーっぽいシチュエーションにちょっとワクワクしていた。いつもなら入れないお城の地下に来ており、他には誰もいない。
クルトは妙に緊張しており、これからプロポーズでもするかのようだ。召喚されたときにプロポーズのようなことを言われているが、あの時は混乱していたし、変なことを口走った気がするのでやり直したい気持ちはあった。
「これから千聖を秘密の部屋へ案内する。この部屋のことは他言無用だ。契約魔法もかけさせてもらうがいいか?」
『やっぱり契約魔法はあったのか』という感想がわいてくると同時にそれが実現するセキュリティ技術にも興味があった。千聖自身のメソッドを観察してみても様々な手段で情報伝達が出来るようになっているし、新たな情報伝達手段を構築することも出来る。それらをすべてフックしセキュリティ機能を追加できるようになっていないと思うが、セキュリティホールとかないんだろうか。
「もちろん大丈夫だよ」
「ではこの巻物に手を置いてくれ」
差し出された巻物状の物には見慣れないタグが並んでいた。名前が読めないタグが数多くあり、その中身も見ることが出来ないようだ。
【所有者】タグに目をやるとそのには『ギヨーム』の名前があった。ここに来て『ギヨーム』の名前は嫌な予感しかしない。王妃であるユキが隠し持っていた『日記』に使われた魔道具の【所有者】も『ギヨーム』だった。あの『日記』に比べたら遥かに高度な技術が使われていることがわかった。考えもしなかった公開メソッドの暗号化……相当に腕のよい魔工師なのだろう。
「不安だろうな。だが、この巻物はヴァルハー神国の高位僧が作ったものだ。騙したりして契約はできない。信用してくれ」
「わかった」
なぜか沸き上がる不安を押さえながら巻物を握ると、魔方陣が浮かび上がる。そこに書かれている文字は見慣れたルーン文字のようなデザルト王国の文字ではなく、神代文字のような丸が多用された見た目だった。
どのメソッドが実行されたかすらわからず、巻物を取り囲むタグも目まぐるしく内容を変えていく。状態遷移するとこで巻物の機能が変わっているのだ。恐らく不可逆な手続きが行われ、状態も後戻りできないのだろう。
「契約内容を伝える。デザルト王国地下室について口外またはそれに類する行動を禁じる」
簡潔な内容で淀みのない言い方から代々こういう風に受け継がれてきたのであろうと思われた。契約魔法には容量があるようで、あまりたくさんのことや広い範囲のことは扱えないようだ。
「契約をするなら肯定の返事を」
「はい」
「契約は成立した」
クルトの宣言とともに魔方陣は消え、スクロールは光るチリとなって霧散した。千聖は自分のタグを確認してみたがフックされているような記載はなかった。
「このち……」
試しに地下室のことを訪ねようとすると声が出なくなる。ちゃんと契約魔法による制限がかかっているようだった。これは千聖が見ることの出来るレイヤーより低レベルで制御されているようだ。どうやっているのかはわからないが、逆アセンブリしてもソースコードに出てこない。つまり、千聖が使っている『上書き』スキルの前提である異世界プログラム言語を作った人か、それに相当する技術を持った人がいることを示していた。
「ここからが本題だ」
クルト地下室の扉を開けて手招きした。
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>男の子の秘密<
大抵、母親か姉妹の心ない家探しでベッドの下のエロ本とか見つかっちゃう場面がマンガに出てくるのですが、今の時代そんなことしている少年はいないと思うんですよね(ブラウザの閲覧履歴もシークレットモードで起動すれば対処は完璧ですよ!)
>ムードメーカー<
開発現場は大抵活気がありません。楽しそうに仕事をする人など皆無なので仕事は停滞圧力が凄いです。簡単なコードでも書くのに躊躇うほど。ムードメーカーがいる現場っていいですよね(※ウザいのはダメ
>サプライズパーティー<
日本語でなんと言うのでしょうかね? ビックリパーティー?
サプライズパーティーを仕掛けてもらえるような人間性がないので、適当な日本語が浮かびません……。
>オーパーツ<
そこにあるはずのない技術レベルで作成された物品。定期的に新しいものが見つかっては否定される。ファンタジーで有名なのはダマスカスブレードとか水晶髑髏とかアンティキラ島の機械とか。
>探偵7つ道具<
金属探知機、指向性集音器、トランシーバー、双眼鏡、暗号解読カード、カメラ、秘密手帳ですね!
>技術革新<
よく『イノベーションを起こせ!』みたいな論調を見かけますけど、イノベーションは地道な研究成果と有機的な技術者の結合があって初めて起こるのであり、技術者を会社に閉じ込めて業務システムを開発するのに忙殺している状況でイノベーションなどと、どの口が(ry
>運動エネルギー爆弾(神の杖)<
名前から想像がつく通り質量がある物質を単にぶつけるだけの簡単な仕組み。神の杖とは人工衛星に持たせた鉄の棒を地上に向けて落下させ地上の目標を攻撃するという兵器。原始的なくせに割と攻撃力も高いという噂。これのキチガイ版がコロニー落としですね!
>フック<
特定の処理に関連して動作する関数をhookと言います。プラグインを利用できるアプリに多い考え方です。
>セキュリティホール<
どんなに塞いだと思っても現れる見えない穴。
>巻物<
魔法が記録された巻物。昔のRPGはスクロールに自分のレベル分の魔法を書き写して冒険に出た。めちゃくちゃ不便だと思うのだが、それが普通だし、それなりに強かった。もちろん、使えば無くなるのが仕様。
>魔工師<
魔道具を作る職業。
>ルーン文字<
ゲルマン民族の文字であり、直線で構成された見た目。ラテン文字が普及すると消えていった。
>神代文字<
古代神道で用いられたとされる文字。亀甲占いの時に使われていたと考えられている。表には出さないはずが、神社の御札で時折見かける。
>状態遷移<
オブジェクトは状態を持ち、状態が変わることで機能も変わることが多い。単純な例では電話は電源オンとオフで機能が変わる。
>プログラムにおける低レベル<
難易度が低いという訳ではなく、よりCPUやデバイスに近いレベルという意味。マシン語もここに当たる。プログラマのほとんどは「高級言語」という高いレベルでプログラムしている。
>逆アセンブリ<
マシン語からソースコードに直す技術。




