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102. 甘くないコーヒーを飲んでしまった



“冒険が私を呼んでいる!”

     ――デザルト王国王妃行方不明前日の言葉



 日本のクレープと比べても負けないぐらいの美味しさで、砂漠のど真ん中にあるデザルト王国でこんな新鮮なフルーツが手に入るとは思ってもみなかった千聖は大感激だった。

 日本でも普段の食事の美味しさを支えているのは流通技術だったと思い出す。CAS冷凍技術は多くの人が知っている代表的な技術だ。しかし、冷凍技術の大切さもあるが、冷凍のまま運ぶ技術も必要だ。冷凍庫に入れて運ぶだけではダメで、出し入れのときに解けないような工夫が必要になる。

 ただここは異世界。しかも空間魔法が発達しており、輸送は外気の影響を受けないアイテムボックスで輸送するため、この新鮮さが保たれるのだ。


「千聖、こっちのやるからちょっとくれ」


「いいですよ」


 クルトが半分ほど食べたチョコレートクレープと、千聖が1/3ほど食べたベリーベリーベリークレープを交換する。

 王族ともなればこんなことは人前ではできない。完全なマナー違反だからだ。事実、アルヴィは渋い顔をして見て見ぬふりをしている。


「こっちもおいしい」


「ベリーも中々だな」


 土台のクレープとホイップクリームは同じなので、おいしいのは確定事項ではあるが、中に入れてあるソースやトッピングの質も良かった。クレープでお昼ご飯にしてしまうなど、千聖には考えられないような話だが、おいしくてお腹いっぱいになったようだ。


「千聖はアルヴィが苦手か?」


 正直言えば苦手だ、と思ったので、すぐに顔に出る。


「アルヴィは僕のこと、そして、千聖のことをよく考えて口うるさいのだ。口うるさいのが趣味なのではないぞ」


「それは……」


『わかっちゃいるんですが……苦手なものは苦手です』と心の中の声を見抜いていそうで、アルヴィの方を見れない。


「すぐに仲良くなれとは言わないが、死ぬまで別れることはないから、慣れてもらわなきゃ困る」


「努力します」


 アルヴィは任務に忠実だし、彼に気に入られるには、空間魔法の成績をあげるか、政治的素養を身に付けるかしかないが、どちらも一筋縄ではいかない。今でも寝る間を惜しんで、ポンコツ(自分)のデバッグしているのに、これ以上時間を工面できる気がしなかった。


 クルトが食べ終わると、千聖も食べるのをやめた。まだ少し残っているが、さすがにこれ以上食べられない。

 皿はアルヴィが下げて、運んできたときとは別のエレベーターに入れた。エレベーターはベルトコンベア状態になっており、ちょっとだけ回転寿司を思い出す仕様になっている。デザルト王国には周辺国からおいしいものが集まってくるし、異世界転生者が治めているようなものなので、お寿司もあるかもしれない。

 入れ替わりで食後のコーヒーが届く。8才でも飲めるキャラメルマキアート風の甘いやつだ。

 待ってました!とばかりにクルトはコーヒーに手をつけようとする。


「待って!」


 千聖が大きな声で制止する。そして、コーヒーを2 つともマジマジと観察し始めた。

 この小説の読者ならお分かりだと思うが、千聖は観察しているのではない。コーヒーの回りを回っているタグを読んでいるのだ。

 焦って止めたのはコーヒーの【状態】タグに「毒」という文字が見えたからだ。毒にも色々ある。人間にほとんど影響ない毒もあるし、使い方によっては薬になる毒もある。


「これには毒が入っています」


 千聖がソースコードを読んだ結果、【飲む】メソッドが実行されると、対象のオブジェクトを病気にさせることがわかった。つまり、クルトやアルヴィがコーヒーを飲むと、なんらかの病気になるのだ。千聖はこの世界に来て間もないのでどんな種類の病気になるかわからない。


「ああ、忘れていたな。アルヴィ」


「失礼します」


 クルトがコーヒーをアルヴィに差し出す。


「ちょっ」


 千聖が止める前にアルヴィがコーヒーを飲んでしまった。

 速効性のある毒ではないようでアルヴィに変化はない。千聖は立ち上がり、アルヴィの回りに飛んでいるタグの中から【状態】を探す。

 その様子は千聖が狼狽えているように見えた。実際、狼狽えている。


「近いですよ」


 アルヴィが激しく動く肩を抑えると、千聖も我に返って動きを止める。そして、アルヴィの顔を見ると目の前を【状態】タグが通りすぎた。


「呪い? 病気じゃないの?」


 千聖の疑問はもっともだ。しかし、千聖は自分がソースコードを読み間違えた可能性に気がつき、言葉にしたことを後悔した。そういうスキルを持っている人も居るかもしれないが、レベル1の言動としては明らかにおかしい。


「千聖様……」


「ち、違うの!」


 何が違うのか言い訳も考えないうちに千聖は叫ぶ。逃げようとした千聖をアルヴィがガシッと掴まえる。


「素晴らしい! あのコーヒーには確かに毒が入っていた。速効性のあるものではなかったが」


 アルヴィの目が怖い。まるで獲物(ドリモグ)を見つけた猟犬(ノロイ)のようだ。逃げられない。

 一方、黒騎士にしてみれば今まで何の役にもたたなかったゴミのような婚約者が食事に盛られた遅効性の毒を見抜き、(あるじ)を守ったのだ。

 しかもどういうわけかアルヴィ自身の『呪い』のことまで知っている。


「ふたりとも一旦席につけ」


 クルトも内心では千聖の能力に驚いているが、常に冷静でいるように教えられており、自分が落ち着くためにもふたりを落ち着かせようと思った。

 ふたりともすぐに席につく。

 千聖の方は心なしか顔色が悪い。それに対してアルヴィは艶々していた。頭痛の種がなくなったのだから、これほど嬉しいこともあるまい。


「千聖様。説明してくれますか?」


 アルヴィの問いに千聖は何を説明しようか迷った。全部正直に話す? それとも誤魔化す?


「待て。聞きたくない」


「何故ですか。千聖様が凄い能力をお持ちなら……」


「持ってたらなんだ?」


 8才とは思えない迫力のクルト。


「持っていなくても僕は千聖が好きだ。能力があるから婚約者にしているだなんて思われなくない」


 千聖の頬が紅潮する。クルトのまっすぐした想いが純粋に嬉しかった。落ちこぼれで役に立たないことが分かっていても婚約者として丁寧に扱ってくれる。

 日本では役に立つように頑張っても誰も丁寧に扱ってくれなかった。

 しかし、ここでは無条件で丁寧に扱ってくれる。クルトだけではなく、アルヴィまで。


「ありがとうございます」


「今回は助かった。だけど、能力を使わなくとも誰も咎めない。それだけは覚えておいてくれ」


 たかが8才のクルトがそう考えるのには理由があった。その理由を語るのはまたの機会にしよう。いずれ千聖も知らねばならないのだから。





>アイテムボックス<

 出ました! アイテムボックス。見た目よりも大容量で中に入れたものの時間が止まるやつ。この世界では時間までは止まりませんが、外気の影響を受けませんので冷凍のまま運ぶのは容易。


>ソースコード<

 プログラム。文字通りコンピュータが実行出来る機械語に変換する前の元のコードのこと。この小説では千聖が見ることができる異世界プログラミング言語で書かれている。


>ドリモグとノロイ<

 見たことないんですが、特定の世代にトラウマを植え付けた伝説的なアニメ。子供アニメらしくないノロイの表現が受けた。ノロイは白イタチなので人間が見たらかわいい!と言うのでは……?



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