127. カバーストーリーは突然に……破綻する
“以前の障害報告と矛盾がありませんか?”
――お得意様
ドラゴンの名前の後ろに名乗るのは『格』である。家格ではなく、ドラゴン自身がどれだけの力を持っているかを表す。『キリアゴン』とは『千』を表し、世界に9体しかいないと言われる古代龍に次ぐ『格』だ。この上にミリアゴンという『万』を表す格もあるが今は該当するドラゴンはいない。
実はドラゴンの格は『credit』の値が一定数を上回ると自動的に変更されるようになっている。その解析は後に千聖によって行われることになるのだが、今は12歳のゼクスがキリアゴンになっているのは、彼が天才だからだと言っておこう。ただその性格が災いしてDQNな下位龍に同年代のドラゴンの女の子を奪われることが数度続き、デザルト王国にまで婚約者を探しにくるはめになったのだ。
「というわけなの」
そのままを話すわけにはいかないため、千聖が用意したカバーストーリーは『遠い国の王子であるゼクスは、ある日、占い師に運命の姫が東にあるデザルト王国にいることを告げられる。最初はまともに取り合わなかったゼクスだが、夢にも見るようになり、ついには旅立ち、デザルト王国まで来たところで倒れてしまった』と言うものだ。聞くも涙、語るも涙。恋に恋するお年頃の少女にばかうけするはずだった。
「それで、ゼクス様のお供はどうされたんですか?」
「途中で力尽きてしまって……」
「路銀は?」
「盗まれたんだよね?」
「なんで千聖が答えるのよ」
まるで尋問である。まあ、ゼクスは余所者なのだ。疑われても当然である。しかし、この尋問は千聖が何かを隠していると見抜いているエルやツクヨミが主導していた。要は信用がないのは千聖の方なのである。ただそんなことは想定内で、千聖は対策を高じていた。
「……盗まれたあと、身に付けていた宝飾品は売って凌いでいました。しかし、それも尽きて……」
冷や汗をかきながら三つ編みの少年は続ける。事前に面接のロールプレイを繰り返した甲斐があったようだ。矢継ぎ早に繰り出される質問に淀みなく答えている。
「一国の王子がその辺の占い師を信じて行ったこともない国まで旅に出るって変じゃない? 大体、途中にあるエルフの国はどうしたのよ。鎖国してるんでしょ?」
エルの厳しい指摘に何も言えなくなって助けを求めるように千聖を見る。その視線を追うようにそこにいる全員が千聖を見た。
「鎖国って言っても例外があるとか言ってなかったっけ……」
想定外の質問なので詳細を教えることが出来ない。よりによってゼクスが詳しい東側の国のことではなく、西側の国出身にしたのは間違いだった。そもそも、何にでも変身できるのなら小動物になってもらえば余計な追及など受けなかったのではないかと今さらながらに思い付いた。時すでに遅しである。
「ええと、我が国はエルフの国と特別な条約を結んでおり、行き来は自由なのです」
ドラゴンの基準なら空を飛べば鎖国など関係ない。しかし、ゼクスへ返す視線もジト目である。チユに至っては笑いを堪えているレベルだった。
「それで、ゼクスの婚約者候補は見つかったのじゃ?」
その婚約者候補本人が問い掛けた。ゼクスは赤い瞳を輝かせる。ここまで来たら誰がドラゴンか分かっている。人間の姿になっていても関係ない。ドラゴンは少子であるがゆえに、同年代の異性に対する嗅覚は優れていた。チユは幼すぎてそのことに気がついていないのだが。
「チユこそがボクの運命の相手……結婚してください!」
すっとクルトがふたりの間に割ってはいる。ゼクスはすぐに怯んで下がった。
「す、すみません。つい興奮してしまって……」
「俄には信じがたいが、王族を冷たくあしらう訳にもいくまい。暫くは千聖の客としてもてなそう」
「え? じゃあ、滞在してもいいの?」
「あくまでも『千聖』の客としてだ」
言外にチユには近づくなと言う意味が含まれている。プロポーズされているのに当のチユは興味無さそうだ。
「ふ、普段は何をしているの……?」
めげずにクルトの後ろにいるチユに話しかけようと近づいたが、キモい質問ゆえか、今度はツクヨミの後ろに隠れてしまった。
「クルト様、チユーシャ様。王が出立されます。お見送りを」
そこにアルヴィが入ってきて、クルトとチユを連れていった。ゼクスは名残惜しそうに見送る。だが、ここに居られることになったのだから、これからチャンスは多々あると考え、気を取り直した。
「それで、この方は本当は誰なんですの?」
エルの追及は始まったばかりであり、千聖は騙し通せる気がしなかった。もう話すしかないと覚悟を決める。
「ちょっと……」
言い淀んでカイを見た。カイはドラゴンの姿のゼクスに会っている。実はゼクスがドラゴンだということを知ったら卒倒しそうだ。それ以前にクルトに報告されてしまい、追い出されてゼクスの恋は叶わぬものになるだろう。カイには悪いが席を外してもらうしかない。
「席を外しましょうか?」
「ごめんね」
「お気になさらず」
カイが空気を読んで席を外すと同時にツクヨミが空間魔法で話し声が外に漏れないようにする。普段はそんなことをしないが、千聖のシリアスな表情を見たので念のためだ。
「驚かないでね」
「え? 本当のことを言っちゃうんですか……?」
「そうだよ。この二人には協力してもらった方がいいからね」
「でも……」
赤い瞳を伏せた。ドラゴンであることがバレると、チユの近くに居られなくなってしまう可能性は高い。悪いドラゴンではないと自分では思うけれど、初対面の人間に信じてもらうのが難しいのは分かっている。
「ジャジャーン! 実はドラゴンなのです!」
「その冗談はさっき聞きましたわ。それで誰なのです」
29歳の大人の女性としてはかなり頑張ったつもりだが、エルに全部スルーされて膝を折る。がっくりだ。8歳なのにこのノリの悪さ。頭の良さが頭の固さとなって表れている。そんなことじゃ、この不思議一杯の異世界を生き抜けない。
「ボクはゼクス・キリアゴンと言うれっきとしたドラゴンです……。時々、『ドラゴンじゃなくてトカゲじゃないの?』とか言われますけど……」
やっぱり、ドラゴンの中でも虐められてたのかと千聖は思った。どう見ても強そうなドラゴンには見えない。
「は?」
「うう……本物のドラゴンです~」
涙目になって訴える。
「もしドラゴンさんだとして、チユ様に求婚をしているのはどうしてですの?」
勘の良いエルは気がついたようだ。チユが何者なのか。そして、目の前の少年が本当にドラゴンであるということに。
「いつからですの?! 千聖はいつから気がついていたんですの?」
ドラゴンが目の前にいると言う事実より千聖が気がつくはずのない秘密に気がついていたことがショックだったようだ。もっとも目の前のドラゴンもチユも危険がないと分かっているのだろう。
「まさか……」
少し遅れてツクヨミも気がついたようだ。ふたりにやっと驚きの表情が浮かび、千聖は満足した。まさに驚天動地。驚いているのはふたりだけだが。
「それでね。二人にも協力してほしいんだ」
「嫌よ!」
「お断りしますわ」
ふたりは内容も聞かず即断であった。砂色の三つ編みは赤い瞳を潤ませた。これから千年は続くであろう恋路は前途多難である。
>障害報告<
障害によりサービスが停止した場合、障害報告と(続きは文字が滲んで読めない。
>キリアゴンとミリアゴン<
chiliagonとmyriagonと書く。この上に百万と真円がある。
>DQN<
deep Q-network。畳み込みによるパターン認識を探索に使った画期的な人工知能のことではない。
>ワンダーランド<
異世界はワンダーランドでもあり、彼岸でもある(作者)
>驚天動地<
昔の熟語はスケールが大きいものが多いですね。




