110. 魔物トークを使ってみよう
それでも諦めきれない千聖は、今度は回りを巻き込もうと画策する。アルヴィに許可を貰うには優等生の力を借りるしかない!
「ツクヨミも砂猫見たくない? エルだって可愛いもの好きだよね?」
「ええ、見たくはあるんですが……」
「あなた、あれは魔物だって言われたばかりでしょう?」
全く取り付く島がなかった。流石、優等生である。しかし、気になっているのだ。魔物にあったタグが。だから比較的おとなしい砂猫を観察することで、そのタグを確認したいと考えていた。
「少しだけなら許そう。ツクヨミが一緒なら不測の事態にも対応できるだろうし、ふたりで見てこい」
「クルト、大好き!」
甘々な王子である。
「あ、それなら新魔法を披露しちゃおうかな? 名付けて『天駆ける靴』!」
「天駆ける靴?」
「簡単に説明すると今はいている靴で空中歩行が出来るようにします。この前、私が披露した魔法を他の人にも使えるってことですね」
「それはすごいな! 僕にもかけてくれ」
男の子はこういう時の好奇心はすごいものがある。怖いとか考えてないのだろう。でも、千聖はこういう反応が嫌いじゃない。むしろ大好物だ。
「それでは。『天駆ける靴になれ~』」
前回、エルに呪文と魔力の流れについて指摘されたので、今回は適当な呪文と魔力のエフェクト付きだ。千聖の指先からクルトの靴へキラキラが飛んでいく。
「この呪文は視線ベクトルを読み取って、それと平行になる平面を自動的に作り出します。ちょっとやってみますね」
千聖が得意気な顔してちょっと斜め上を向いて歩き出すと少しずつ登っていく。そして、反対を向いて少し下を見ながら降りてきた。
「因みにジャンプも出来ますよ。強く蹴ればその方向に素早く移動できます」
「面白そうですわ! 私にもお願いします!」
独力で空中歩行できるツクヨミまで参加するらしい。『あとは?』と言う顔でエルを見た。
「わ、わかったわよ。わたくしにもお願い」
「じゃあ、まとめて『天駆ける靴にな~れ』」
先ほどと異なる呪文を唱えるが、誰も気にしていない。魔法がかかるや否や、早速試す三人。みんな、あっという間に思い通りに走り回れるようになっていた。
「これなら安全ですわね」
「そうね」
「じゃ、みんなで出発!」
「待て。アルヴィはどうする」
心配する対象が逆であることにアルヴィは苦笑いした。
「気にしないでください。私はここで他の魔物を警戒しておきます。危なくなる前に戻ってきてくださいね」
「そうか。では行こう」
クルトたちは砂猫の5mほどまでやってくると、そこで観察し始めた。それ以上近寄ってこないクルトたちに、砂猫たちは警戒しつつも巣穴に隠れようとは思わないようだ。
「かわいいですわ」
「うーん、かわいいけど、魔物なのよね」
「一度に襲いかかられたらひとたまりもないな」
三者三様の感想を抱きながら、あーでもないこーでもないと話し始める。千聖も少し議論を聞いていたが、本来の目的を思いだし改めて砂猫のタグを確認する。やはり【言語】のタグが見えた。砂亀のときも見間違いではなかったのだ。もちろん人間が話している言葉ではない。『砂漠猫語』とある。
ふと思い付くと千聖は自分の【言語】タグの内容を書き換えて見た。うまく『砂漠猫語』になったので、挨拶してみよう。
『にゃん』
その場にいる砂猫が一斉に千聖を見た。それにつられて三人も千聖を見る。思った以上にかわいい鳴き声が出た。猫耳でもつけたい気分である。
『にゃお?』
思いがけず、砂猫から返事がある。千聖は嬉しさを押さえながら頷く。砂猫たちは互いの顔を見合わせた。どうしたものかと考えているようだ。
『ににゃにゃにゃん。にゃん!』
砂猫は言語を解したことで仲間だと思ったのか、律儀にも警告を出してくれた。
『にゃん』
例を言い終わった千聖は【言語】を元に戻す。
「なんか、大きな鳥がいるから気を付けろって」
「砂猫さんと話せるんですか?」
「う「そんな分けないじゃない。お芝居でしょ?」
千聖が肯定しようとしたところにエルの台詞が被った。確かに魔物と言葉を交わすスキルも魔法も確認されていない。信じられないのも無理はなかった。
「どっちでもいい。もし本当ならヤバそうな魔物がいるかもしれない。離れるぞ」
それに異論を唱えるつもりもないので、みんなでアルヴィの元に戻った。
「砂猫が巣穴に入りました!」
アルヴィの元に戻るなりツクヨミから警告が入った。砂猫は危険を感じると巣穴に隠れる性質がある。それはつまり新しい魔物が来たということを示していた。
空を見上げる千聖たちの足元を巨大な影が通りすぎる。翼を広げた大きさは優に10mを超え、巨大な爪は千聖の頭より大きい。
砂鷲だ!
これの気配を感じて砂猫は隠れたのだろう。千聖たちもはやく隠れるべきであるが、砂漠なので隠れる場所はない。
「ちょっとやばいですね。私からあまり離れないでください!」
アルヴィにそう言わしめる砂鷲は遠距離攻撃手段を持たない騎士の天敵だ。普通なら狙撃隊か魔法使いが対処するし、王国の防衛設備には高射砲もあるので驚異ではない。
しかし、今は遠距離攻撃手段を持つものはエルしかおらず、そのエルも実戦は今日が初めてであるため、砂鷲のような素早い魔物に攻撃を当てるのは困難だと思えた。
こうなれば取れる手段は一つしかない。徹底的に耐え砂鷲が諦めるのを待つだけだ。
柔らかい肉が好みな魔物は必ず女性や子供を優先的に狙う。ヘイトなんてものはなく、効率的にひとつの獲物を取るために合理的な判断をしてくる。このパーティなら狙われるのはエル、ツクヨミ、千聖のうちひとりだ。
「ディメンジョンカッター!」
黒騎士が砂鷲の進路を塞ぐように空間魔法を放つ。連続した三次元を切り裂き、一時的に通過できなくさせる防御魔法だ。
砂鷲はそれを避けるように急上昇し、体勢を整え直す。今度は違う角度からエルを狙って落ちてきた。速度はかなりはやくアルヴィが間に合わない。
「きゃああぁぁ!!!」
悲鳴を上げるエルを突き飛ばす人影。砂鷲が通りすぎたが、まだエルはそこにいた。
「ツ、ツクヨミが……」
指差すその先には砂鷲の爪で掴まれた少女の姿だった。逆光であまりわからないが、手足に力が入っておらずダランとしている。
すぐにツクヨミが着ている服の所有者を千聖に書き替える。兎に角、少女がこれ以上ダメージを受けないようにしなければならない。服の素材を『鋼鉄』に書き換えた。
「アルヴィ! ブーツに空中歩行をかける。ついでに増幅魔法も掛けた。砂鷲を追って!」
「しかしクルト様を御守りせねば」
「行け! クヨミの姫に今何かあったらデザルトの地位も危ない」
クルトの命令とは言え、魔物のいる砂漠に優先的に守る主君を放り出して行くべきか迷った。
「承知しました」
しかし自分の命を賭けてまでも守るべきものだとクルトが判断しているのだ。異論があるはずもない。
アルヴィは最初の一歩こそ恐る恐る踏みしめていたが、すぐに感覚を掴んで空中を掛けていった。あのブーツにかけた『魔法』は千聖が研究しているもので、千聖たちが使っているものより一段上だ。ある程度体が出来上がっていないと骨折の危険性があるため使わなかったが、鍛え上げられた黒騎士なら大丈夫だ。
これで如何に砂鷲と言えども逃れることは出来ないはずである。
「エルも座ってないで! 私たちも追うよ」
「無理よ……あんなのに掴まれたら即死だわ。もう助からないのよ!」
「まだ生きてる! 助けられるのは私たちしかいないんだよ!」
エルをここにおいていくわけにはいかない。せめて一緒に連れていかなければ。いくら空中歩行が出来るようになったからと言っても、砂漠では何が起きるかわからないのだ。先ほど身をもって知った。
どうしたものかと、憤慨する千聖を遮ってクルトがエルに目線を合わせる。
「エルも力を貸してほしい」
「でも……」
「タイガの姫は命を助けて貰った恩を忘れるのか?」
とても意地の悪い言い方だ。だが、それがエルのプライドを刺激したようで、赤い瞳に急に光が戻り始める。
「そうですわね。恩は返さねば」
三人で頷くと、遠くなったアルヴィと砂鷲を見上げる。一直線に砂鷲に向けて走り始めた。
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>エフェクト<
この場合は視覚的効果。魔力の流れを適当なキラキラで誤魔化した。
>ベクトル<
矢印で図示されることが多いが、行列のことである。
>砂猫<
スナネコという動物は現実世界にもいますが別物です。
>砂鷲<
え?洒落? 嫌だなあ。たまたまですよ。偶々。
>ディメンジョンカッター<
空間断裂魔法。生物が存在している空間を割くことはできない。発動時間は30秒程度。リキャストタイムはほぼないが魔力をそこそこ消費するため連発はできない。