補足:エビデンスが足りないもっと使おう(マッド)
前に書いたテーマ「大麻の研究はもっとするべきというのは本当か?」の補足。アメリカで行われている医療用大麻についての研究に思うところがあるので、補足しようと思います。
がんへの効果など、大麻の効能効果は動物実験でしかエビデンスが得られていないものがほとんどであり、エビデンスがある数個の効能効果も特効薬のような輝かしい効果ではないことは、既に書いた通りだ。
この前論文を見ていたら、あるアメリカの大麻推進派のお医者さんの論文で、エビデンスが無いからもっと使用を推進してエビデンスを集めるべきだとご意見を書いているのを見つけた。医療用大麻では大した副作用がでていないこと(大抵低THCで観察している期間も短いからね)、沢山の効能が期待されている(ほとんどゴミだけどね)ことが理由らしい。
大麻では私はそのような意見に反対だが、実は世の中の医薬品にはそのようなやり方で効能が追加されること自体はよくある。
承認外の使い方のデータを集めて、科学的な実績を元に新しい使用方法を認めるのだ。
日本でも公知申請として制度化されていて、医薬品として承認された効能以外の使い方についてデータを集めて、保険適用、薬事申請をすることができる。これによって、日進月歩の抗がん剤など、最新の使われ方の情報を反映させることができる。
https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/review-information/p-drugs/0016.html
日本と海外での適応の違いなどのラグを埋める良い制度であるのだが、安易な適応拡大にはリスクもある。
薬害C型肝炎のことを忘れてはいけない。薬害C型肝炎では、製造方法や大昔に承認された医薬品の審査方法や企業の意識の欠如など、沢山の問題があったのだが、フィブリン糊などの安易な使用も薬害を拡大する一つの原因だった。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0227-5d_0012.pdf
大麻のエッセイなので、詳細は省くが、本来なら使われない人にも安易に使われたり、製薬会社も営業活動でそれを推奨するようなことをしてしまった。結果的に被害の拡大に繋がったのだ。
そもそも、データが足りない(=エビデンスが足りない)適応の患者に使用すると、予期しないような副作用が起きたりや予期しない使い方をされて被害が起きたり、リスクベネフィットが良くなかったり、いろいろと問題があるのだ。
保険適用や承認にこだわらず、最新の知見を使って患者のために治療することは患者の利益になり、良いことだ。だが、一歩誤れば患者の利益を損なうことになる。むやみに利用を促進すべきではない。適応外使用については人によってそれぞれ意見があると思う。自分としては、以下の3つの基準で考えてみてはどうかと思う。
1. 使用しようとしている疾患に効果があることのヒトでのエビデンス、国内外でのコンセンサスがある。動物実験のみのエビデンスや否定されたエビデンスがあるときは避けるべき。
2.使用しようとしている患者の年齢や疾患などの特性、併用薬、投与期間を考えて、副作用のデータが十分揃っている。
3.既存の薬よりも1,2のデータから効果と安全性で優れている。または既存の薬が使用できない理由がある。
仮に、副作用や安全性に特段問題無かったとして、エビデンスがないのに実験データを取るために患者を犠牲にするのは論外で医療従事者として最低だ。治療のために研究するのであって、研究のために治療をしたらマッドサイエンティストそのもの。それは治療ではなくて治験だ。治験なら実験からきっちりとしたデータがとれるように計画すべきだし、倫理的な問題がないように厳格にやらないといけない。それができないなら研究者としても最低だろう。
また、それぞれ個人の医療だけでなく、社会的副作用も考える必要がある。エビデンスが足らないのに医療用大麻の使用を促進した場合、社会的副作用としてどんなものがあるのだろうか。
一つ考えられるのは、既存の医療が軽視され誤った治療に頼ってしまう可能性がある。てんかん患者で大麻製剤(CBDおよびCBD+THC)のみにしてしまったがために、てんかんのコントロールが不良になり亡くなってしまった症例があることは、以前、後書きで下記論文を紹介した。
Are there mortality risks for patients with epilepsy who use cannabis treatments as monotherapy?
Kollmyer DM, et al. Epilepsy Behav Case Rep. 2019.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6348695/
こんなのは氷山の一角で、がんなどで医療用大麻に縋っている間に治療できる貴重な時間を失ってしまったり、より良い治療法を捨ててしまったりする人は多いだろう。実際、ネットで漁ってみると嘘か本当か海外に行って医療用大麻を受けたりする人はいるようだ。たまたま、放射線療法や自然な変動や検査機関の違いによる変動でがんマーカーの値が良くなったりすると、医療用大麻が効くという信念が強化される。大事な人を亡くす悲劇となり、しかも本人は気がつかない。読んでいて本気で涙がでた。
正しく情報を伝えるなら問題ないが、十分なエビデンスが無いのにその治療法を勧めるチャレンジングな人は往々にして情報を捻じ曲げがちだ。例えば、CBDオイルには、自殺企図や薬物相互作用、ドーピングで陽性になる危険性などのリスクがあるが、日本で販売や代替医療のお医者さんが売っている中で、そのような注意喚起をしているのはどれくらいなのだろうか。今の現状では、患者は正しい情報を得ることなく間違った意思決定をしていまう。エビデンス作りという人体実験(もしくは販売活動)に参加させられているという自覚もないままに、より良いエビデンスがある既存治療を軽視してしまうのだ。
もう一つの社会的副作用は、嗜好用大麻への影響だ。医療用大麻は確かにTHCの濃度的にそれ自体が依存や乱用を引き起こさないかもしれない。しかし、社会全体の大麻への見方へのインパクトがある。
例えば、医学的使用で大麻を使用している人は、非医学的な使用もしている割合が高い。
Use of marijuana exclusively for medical purposes.
Wall MM, et al. Drug Alcohol Depend. 2019.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed/30557813/
そして、医療用大麻を合法化した州ではそれ以外の使用も増えてしまったという。
US Adult Illicit Cannabis Use, Cannabis Use Disorder, and Medical Marijuana Laws: 1991-1992 to 2012-2013.
Hasin DS, et al. JAMA Psychiatry. 2017.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5539836/
そして、医療用マリファナを合法化すること、大麻の効力の増加、意図しない小児への曝露、成人の大麻使用、および成人の大麻使用障害を増加させることを示唆する論文も一部あるのだ。
US Epidemiology of Cannabis Use and Associated Problems
Deborah S Hasin
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5719106/
とある研究ではアメリカの一部の州で医療大麻を合法化したせいで、乱用が約110万人も増加し、大麻使用障害の患者も50万人も増えたという。おそらくこれは、医療用大麻を認めたせいで大麻=安全という誤ったメッセージが社会に広まってしまったからだ。決して医療用大麻は嗜好用大麻や大麻乱用・依存と無関係とは言えないのだ。
こう書くと、日本でも医療用麻薬があるじゃないかと言われるかもしれない。そう、医療用麻薬でもアメリカや欧州では酷いことになっている。安易な使い方だけではなくて、製薬企業の倫理、医療従事者のトレーニング不足、規制当局の甘さや流通や保険の問題など複合的な要素が絡むが、安易な使い方まで使用されたことも一因で、オピオイド危機という平均寿命が縮む自体にまでなっている。適応を拡大しても、慎重に規制したから日本では同じ事態が起きなかっただけだ。
ではそろそろまとめよう。
エビデンスが足りないからもっと使用を促進しようという考えは…
・患者の利益を損ない倫理的に問題がある。
・誤った治療法の宣伝につながって患者が正しい情報を得られず不利益につながる。
・嗜好用大麻の拡大に意図せずとも影響があり、オピオイド使用障害を増加させるかもしれない。
だからもし、大麻が好きすぎてエビデンスが足りないからこそ使用を促進して症例を作ろうなんて言う人がいたらこう質問してみよう。どう答えるか楽しみだ。
必要なエビデンスが足りないのに積極的に治療に治療に用いるのは医療者の倫理として誤っているのではないですか?効くと思っているのは貴方の感想や信念ですよね。
エビデンスがある既存の治療を間違って中止してしまう患者が居る恐れはないですか?適切な説明をしたら、自分から実験台になりたいとは思わないと思います。医学の発展のための使用は治療ではなく治験です。だったら正規の治験として行うべきではないですか?
仮に医療用大麻の安全性が許容範囲内だったとして、使用を促進することは嗜好用大麻などを促進することになり、社会全体でみれば悪い影響をもたらすのでは無いのですか?




