第六話之二「夏とテストと休止期間」
(7/16)挿絵2枚追加しました
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「おーす☆ここで会うのも久しぶりだな☆☆」
テストも終わり、終業式まで残り一週間。ここからは、毎日午前で授業が終わるが、文化祭までに部誌を作れるレベルにならなければならないので、俺たちは運動部よろしく部活を行うことになった。
「久しぶり。……まあ、毎日教室で会ってるけどね」
「私は、おりべっちとあんまり話せなくて、毎日寂しかったんだからね……♡? 毎日会ってるのに、話せないもどかしさが……」
ブツブツと、恋する乙女に成りきり、空中に向かって話しかけている浅川さんを無視して、俺は、地味にハマっているライトノベルを本棚から引き抜く。少し前に流行っていたらしいこの作品は、文章の書き方や、キャラクターの性格、展開の熱さ、と、お色気―まあ、これは大した要素ではないが―が、俺の好みに非常にマッチしているのだ。漫研に入ってから、この作品をずっと読んでるが、飽きない。これを部室に置いていったヤツ、かなりのハイセンスの持ち主と言えよう。
「あー、俺も佐藤健介先生みたいな作品が書けたらなあ」
「ん? 誰のこと?」
「これ書いた人。部室にあったからなんとなく読んでみたんだけど、良い文章書くんだよなぁ、この人……!」
「あー、それの人なんだ! おりべっちいつも読んでるよね☆ ……確かもっくんが持ってきてくれたんだっけ」
もっくん……? 恐らく、過去にいた部員のことだろうが、まさか浅川さんから、そんな親しげな呼び名が出てくるとは。しかも男ときたもんだ。
……元彼とかそんな感じじゃあないだろうな。もしそうなら、この本は切り刻んで燃やそう。
「……もっくんって前にいた部員のことだよね? ……別に全然どうでもいいけど、ほんとにね、なんとなくの興味でしかないんだけど、……浅川さんは仲良かったの?」
「いや、もっくんはいつも音楽聴きながら本読んでてね、……会話が成立したこと無かったかも」
OK、把握した。そうだった、浅川さんは初対面から適当なあだ名を付けるような女の子だったっけ。つい焦って聞き急いでしまった。浅川さんの周りに群がるハエの話になると、つい焦ってしまうのが僕の悪い癖だ。
「でも、もっくんが漫研辞める時、告白されたんだよねぇ……」
…………な、……なんですとォォォォオオオオオーーーーーーーーイィイ!?
オイオイオイオイオイ、正気か? もっくんとかいうハエ野郎、俺の浅川さんに何てことを……! 浅川さんに変なトラウマ植えつけて逃げてんじゃねえぞ、コラ!
こんなエロ男子中学生が喜んで読むようなラノベばっか読みやがって。害虫と言わずしてなんと呼ぼうか……そう、ハエのように周りに病原菌をまき散らすだけの人間が、浅川さんと同じ空間で息を吸っているだけでも駆除対象になるようなそんな男が、この学校に、この部室に、存在していたなんて!
呆れて言葉も出ない。……どうせ小太りで、音楽も常時ヘッドホンで聴いているようなメガネ男に違いない。大体、こんな中二病とエロを混ぜただけの小説を好き好んで読んでるような奴が、女の子と付き合えるわけないだろうが。
……待てよ、"もっくん"と親しげに呼べる、ということは、まさか同級生なのか? クラスにそんな危険人物が隠れているのか……!?
「みんな辞めちゃって、部員が私ともっくんだけになっちゃったときね……、『お前の唯一の理解者は俺なんだ』って詰め寄られて、先輩だから強く断れなくて」
なんだ、先輩だったのか……。ってそうじゃない、……今ここに呼び出してそいつをぶん殴りたい。もっくんとか可愛いあだ名のくせして、やることは典型的な勘違いストーカー野郎じゃねえか! 今までアニソン聴きながらキモオタ小説をブヒブヒ読んでただけだろうが! 何か事情があって、いつの間にか二人になったってだけで、都合よく状況を利用しやがって。イライラするぜ、なあ!?
……待て、「先輩だから強く断れなくて」って言ったよな、玲奈!? お前、もしかして、つ、付き合ったりとか……キ、キスとかされちゃったのか……!? 許さんぞ、藻屑野郎……! 俺はお前みたいな、努力も何もせずにのうのうと生きてきただけの奴が、唯一自動で昇格する、立場というものだけを利用して生きようとするクソ野郎が一番嫌いなんだよ! ああ、許せぬ、怒りで胸が張り裂けそうだ。地〇通信があるならアクセスさせろ。デ〇ノートがあるなら俺に寄こせ!
「……ずっと黙ってたんだけど、それをもっくんがOKのサインだと勘違いしたみたいで、急に抱き着こうとしてきたの。でね、咄嗟に漫画で覚えた合気道で払ってみたら、もっくんが壁に激突して、病院に運ばれちゃった」
あ、そうなの。ありがとう、なんかの合気道漫画……! 浅川さんは意外と強かった。因果応報、自業自得。もっくん、ドンマイ。今まで嫌いだったけど、ちょっとだけ同情してやるよ。ざまあみろ。
「……大変だったな、玲奈。でも、もう大丈夫。これからは何があっても俺が守るから」
ヤバイ、安心しすぎて、脳内織部のままで喋ってしまった。
「……もー! そういうこと、簡単に言っちゃだめでしょ!」
「男に二言はないぜ」
「……!」
浅川さんは、何も言わず顔を赤くする。いかんいかん、気分が高揚しすぎたせいか、俺もちょっと調子に乗りすぎた。……まあ、本心だから別にいいか。
そういえば、もっくんという、親しげなあだ名のことで思い出した。浅川さんは、幼馴染というか、小学校から同じ学校に通っていたような同級生はいるのだろうか。この前の泉君の口ぶりから、なんとなく、昔の浅川さんを知っている人が学校にいるような感じだったが、もしもクラスにいるのなら、聞き伝いの噂話じゃなく、ちゃんとした情報源から、浅川さんについて、話を聞いてみたいと思った。
「ちなみに、話変わるんだけど、浅川さんって、小学校から同じ学校だった人っているの?」
「えっ? いるけど、どうして?」
「いや、クラスの人数とか少ないから、そんな人たちばっかで固まってるんじゃないかって、転入するとき不安だったんだよね」
「おりべっちもなかなか心配性だね~☆ ……んー、小学校から一緒の人ってなると、ちよちゃんくらいかな? 中学校からだと、会田くんとか、あと、おりべっちのお友達の日比谷君! とかも一緒だったよ~」
ちよちゃん……また親しげな名前が出てきた。"おりべっち"というあだ名から、ある種の優越感を味わっていた自分が少し恥ずかしくなってきた。
「ちよちゃん?」
「御崎千代ちゃん。……最近は、お話してないんだけど、昔は凄い仲良かったんだ。私もれいちゃんって呼ばれてて……」
そう言い終えると、浅川さんの元気が一気に無くなってしまった。虚空を見つめて、昔を思い出しているのだろうか。……何があったのか聞きたいが、好奇心で首を突っ込んでいいことじゃないような気がした。
そして、日比谷君が同じ中学出身ということに驚いた。確かに、浅川さんのことを知っているような素振りは多かったが、なるほど、そういうことだったのか。
「……んん、……まあ、みんな同じところから来たりはしてるけど、おりべっちは友達もできてるし、心配する必要はないと思うよ☆」
なんだろう、浅川さんの空元気に触れて、じわじわと罪悪感が……。友達のいない子に振る話題じゃなかったと猛省。
御崎千代さん。今度、……夏休み後になるだろうか。知り合えたら、色々と話してみたいと思った。
「うん。あと、浅川さんは、俺の大事な友達だから」
「……なんかそういう変なこと言ってから部活終わろうとするのやめて!」
今日も帰る。……あのラノベが、少し嫌いになった日だった。




