第五話「体育祭、男女混合にて」
(7/8)文章を一部修正しました
(7/9)挿絵を追加しました※個人的な趣味で、一枚目の挿絵と二枚目の挿絵の髪型が変わっていますが、今後統一予定です
「マジ……? 来週体育祭? ……俺も出るの?」
六月も下旬に差し掛かった日の休み時間、来週の土曜日に体育祭があることを、日比谷君から突然聞かされた。教室で、リレーだとかダンスだとか、そんな話題が時々上がっていたのはそういうことか。
転入したての知らない奴が、可もなく不可もなくの順位で短距離や長距離走を走り、騎馬戦では機動力の無い騎馬として参加する。普通にやりたくないね。
「うん、織部君が転入してくる前に、もうリレーとかの種目はさ、走る人決めちゃったんだけど、綱引きくらいなら出られると思うよ」
あ、そうなんだ。綱引き"だけ"、それは願ってもない幸運だ。体育祭の種目の殆どは、クラスのスポーツ系リア充以外は全員引き立て役に成り下がる、強制公開処刑場みたいなもんだ。……だからといって、何の種目にも参加しないのは正直寂しい。そこで、勝っても負けても自分一人の責任にならず、変に目立つことも無い綱引きだけに参加できるというのは、俺みたいなオタクにはありがたい話である。
日比谷君の話によると、人数は少ないものの、内容としてはごく普通の体育祭だそうだ。三年生にとっては、受験前の最後の思い出づくりとして、重要な役目を担っているらしい。俺としては、暑い中、外に一日拘束されるだけの面倒くさい行事でしかないが……。とりあえず、思い出作りの場に水を差すような真似だけはしないように気を付けたい。
「そっか。残念だけど、綱引きだけでもできるなら、全然満足だよ」
残念と言いながら、無駄に笑顔で返答した。
「あれ、織部知らねえの?」
後ろから、望月君がやってきてそう言った。望月君とは、日比谷君に昼ご飯を誘われたときに知り合った新しい友人だ。顔立ちは男らしく、サッカー部のレギュラーで、言葉使いも少々荒い。ややヤンキー系リア充臭を漂わせているので、少し近寄りがたい奴である。こういう奴が体育祭とかいう行事を最初に提案したんだろうな。
「え、何を?」
「ウチんとこ、人少ねえから、全種目男女混合なんだぜ」
望月君が何を言いたいのかは、すぐに――単位で言えば刹那――分かった。リレーはともかくとして、二人三脚、騎馬戦、応援合戦でのダンス。……夢が広がる。
おそらく、望月君の口ぶりと、男女比率から否応なく発生する問題から考えて、種目は男女ペアで行われるということに違いない。つまり、男織部和弥、高校最後の大青春を目の前にしながら、それを味わえない。男織部和弥は、体育祭当日、ハンカチを一人噛みしめながら、指をくわえながら、ただひたすらに、外野から他人の青春を鑑賞することになってしまったのだ。
「そ……そうなんだ、はあ、うん、ま、別に全然いいけど、応援してるね」
俺は、意気消沈しながらも、出ない声をどうにか振り絞り、精一杯強がった。だが、明らかに落ち込んだ俺を見て、日比谷君と望月君がツボに入ったように笑い出した。すると、望月君が、何か思いついたような顔をした。
「……織部、お前、出たい? 女の子と一緒に」
「……もちろん」
「よし! で、お前、最近また浅川さんと仲良いよな?」
「……まあ、悪くはないけど」
俺がそう答えると、望月君は自分の机からクリアファイルを持ってきて、中にあるプリントをめくりながら話した。
「俺さ、体育祭の団長なんだわ。だから、俺が全員の出場する種目を集計したんだよ。で、浅川さんは二人三脚と100m走、200m走、リレー、ダンス、綱引きに出るのな。当然、二人三脚とダンスはペアが必要だろ?…………で、浅川さんって、まあ……分かるだろ?最後までペアが決まんないから、集計した日に休んでた奴と勝手に組んだんだ」
「モッチ、そのあと浅川さんとペアになった子から、どうにかならないかって凄い詰め寄られてたんだよね」
日比谷君から、無慈悲にも悲しい情報が差し込まれた。本人のいないところで、こういう悲しい話を聞きたくなかった……。
「で、もしお前が出たいって言うなら、『織部もクラスの一員だろ! 出させてやろうぜ!』みたいな感じで、浅川さんのペアに交換してくれるよう交渉してやってもいいぜ」
「……変態の性癖」
「ん? なんて?」
……違った、晴天の霹靂。思わず声に出てしまった。俺は望月君のことを完全に誤解していたらしい。ただ気持ちを察してくれるだけじゃなく、俺の下心が見えないように参加できるよう、いい感じの建前まで用意してくれた。望月君がリア充たる所以が分かった気がする。
……この、俺みたいなどうでもいい奴への最上の気遣いを、ギリギリ思春期の俺の、くだらないプライドと無駄な恥じらいで断るような真似はできない。……故に、俺の答えは一つ。
「……頼む、望月君。俺を、浅川さんのペアにねじ込んでくれ……!」
「おう、任しとけ! あと、モッチでいいぜ」
「……モッチ!」
俺は、望月君と熱い握手を交わした。こうして、めでたく俺の体育祭への本格的な参加が叶った。
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「浅川さん、体育祭で、俺とペアでダンスと二人三脚やることになったよ」
「……えっ?? なんで??」
その日の放課後、既に日常の一部となった、部活中の「勉強」と称したライトノベル講読の最中、浅川さんにそう伝えると、浅川さんは目を大きくさせて、戸惑いつつも、ちょっと嬉しそうな―俺のバイアス200%の主観では―顔をこちらに向けた。
「望月君に、俺も何か出られないかってお願いしたら、体育祭団長の権力でねじ込んでくれたんだよね」
決して嘘は言ってない。伝える情報を制限しただけだ。
「そ、そうなんだ。ふーん……ま、まあ、いいけど」
嫌とも嫌じゃないともとれる反応を取る浅川さんだが、もう決まったことは覆らない。だって、団長が決めたんだからな……!
「ま、せいぜい私の足手まといにならない程度の活躍はしておくれよ☆ 相棒☆」
……あ、上機嫌だ。
こうして、次の日から、朝のホームルーム前の二十分間、応援合戦参加者達のダンス練習が始まった。
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「おはよーおりべっち♡ ダンスは覚えたかね☆?」
昨日の望月談合の後、望月君からダンスの振り付けが書かれたA4サイズのプリントを貰った。どんなもんかと家でやってみたが、まあ、特に奇抜でも地味でもない、普通のダンスだった。運動が苦手な人ももちろん参加するから、誰にでもできるように配慮されたんだろう。
……ただ、思いの外、ペアと絡む動きが多い気がする。隙あらば手を繋ぎ、ハートマークを作り、肩を掴み密着している……いや、考えすぎか。
「まあね。浅川さんと軽く調整すればもう踊れるよ」
「うそっ! 私、まだこの振り付けまでしか……って痛たたた」
腰をひねる動きをしたところで、浅川さんが突然悶えた。差し詰め、昨日必死に覚えた結果、慣れない動きで筋肉痛になった、というところか。
「まだ本番まで結構あるから、ゆっくりでいいと思うよ」
「新米のおりべっちに慰められたくないよ!」
「はは。……あ、ちなみにさ、この振り付けって誰が考えてるの?」
「んー……こういうのは団長の人だったと思うよ」
モッチ……! お前ってやつは……! どこまでナイスな奴なんだ……!
そして、全員が集まったところで、ダンス練習が開始した。ダンスそのものより、みんなでダンスを練習するこの空間が、青春において大事なのかもしれない、と感じた。
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時間は飛んで、体育祭当日。天候に恵まれ、絶好の体育祭日和だ。ちなみに、一学年に一クラスしかない関係で、学年対抗で順位をつけるらしい。完全に三年生に華を持たせるための行事じゃないのか……と思ったが、案の定その通りで、毎年、あらゆる種目で三年生が勝利を独占しているらしい。
著しく競技性に欠けるこの行事で、女子は分かるが、なぜ男たちが文句を言わないのか? ……それはもちろん、この学校の男達は、そんな勝利だとかちっぽけなことをいちいち気にしちゃいない。体育祭に求めているのはただ一つ――
「次、二人三脚だぞ☆ 準備はできたかい☆」
「モチのロンロンだぜ! 浅川さんよォ!」
男女混合競技をいかに楽しむか、ということである。
「えっ……。お、おりべっち、やけに気合入ってるね……。……あ、なるほどね☆ 男の子って、やっぱ体育祭になると燃えるんだ♡」
「おう! 萌え萌えだぜ!」
浅川さんが俺のテンションにドン引きしてることなんて気にせず、俺はレーンに向かった。スタートラインに立ち、自分の額に着けていた、三学年を表す青色のハチマキで、俺と浅川さんの足を結ぶ。できるだけしっかりと。丁寧に。
ハチマキを結び終わり、立ち上がり浅川さんの顔を見ると、顔を赤らめつつ、結ばれた箇所を痛そうにしていた。そこでようやく俺は、ハチマキを必要以上に強く結んでいることに気が付いた。……落ち着け自分。冷静になれ。浮ついた気持ちで挑むと、碌なことが無いのは、前の学校の部活で味わった。
……新しいバレーシューズを買った俺は、嬉しさのあまり、準備運動もせずにスパイク練習に参加し、一回打っただけで腰を痛めた。今回は浅川さんと一心同体、いうなれば運命共同体。俺のせいで怪我をさせるなんてごめんだ。とりあえず深呼吸……スーー……。
……あ、浅川さんめっちゃいい匂い。シャンプーの残り香だろうか、俺の鼻腔を心地よくくすぐる。贅沢かつ、濃厚な味わい。この香りを産み出した調香師には感謝しないとな。……違う。冷静になれ。
「よし! 集中集中! 気持ち! 気持ち! 気持ち大事! ゴールキックカット一点!」
「お、おりべっち、なんかキャラ変わったね……。もしかしてこれが素なのかな? かな……」
もう一度ハチマキを結び直し、適当に自分を鼓舞する。言葉の意味なんてどうでもいい。大事なのは雰囲気作り、というのが持論だ。浅川さんはさっきから引いているが。
大丈夫だ、玲奈。俺がお前をゴールに導く。
『次にスタートする生徒は、スタートラインに立ってください』
体育祭実行委員のアナウンスが、妄想世界に迷い込んだ俺の意識を現実に引きずり戻す。妄想に耽っているうちに、既に先に出場する何組かはスタートしており、いつの間にか、次は自分の番になっていた。俺と浅川さんは、不慣れな足の運びで、よろよろとラインに立った。
「さ、最初は内側の足からスタートだよ、おりべっち☆ いち、に、の掛け声で進むんだぞ☆!」
「おう! 任せとけ!」
『位置について……』
俺と浅川さんの初めての共同作業が始まる。
『ヨーイ……』
今日と言う日を、二人の記念日にしよう。
『ドン!』
空砲が放たれる。さあ! 出発の時だ!
『……二年生、フライングです』
と思ったのも束の間、スタートを合図する空砲が鳴った後、すぐに二発目の空砲が鳴った。二年生組がフライングをしたらしく、俺達の記念日の出鼻をくじかれた。……くそ、一度冷静になると、なんだかめちゃくちゃ恥ずかしいな。
「やり直しか……、浅川さん、バックで戻ろう」
「わ、わかった、う、内側の足からね☆」
二人三脚状態でバックするのって意外と難しいな、と思っていたところに、俺の左側にいた二年生組が、わずかに焦ったような言葉を漏らし、同時によろめいた。スタートラインに戻ろうと、片方の生徒が右回りに戻ろうとしたのだが、もう片方の生徒が左回りに戻ろうとして、よろめいてしまったようだ。大丈夫か? と思っていると、右側の生徒がバランスを崩し、こちら側に倒れ、左側の生徒も同じくして倒れてきた。足の自由を奪われていた俺はどうしようもなく、そのまま浅川さんを巻き込んで倒れそうになる。
(このままだと、浅川さんが俺らの下敷きになる……!)
既に倒れる以外に選択肢が無くなり、今にも浅川さんが地面に着きそうだった。足を拘束されたまま、将棋倒し状態で地面に叩き付けられたら、一番下の人間は軽傷では済まない可能性が高い。浅川さんに、一生消えない傷がついていいのか。
……否、いいわけない。俺が浅川さんのペアになったのは、神が”浅川さんを守れ”という使命を、俺に託したからに違いない。男織部和弥、きちんと理解しましたよ、神。
「浅川さんっ!」
落ち行く浅川さんを抱きしめ、結んだ足を軸に半回転する。俺が完全に下側になったところで、更に強く抱きしめ、倒れた衝撃で起こる、人と人との衝突をできるだけ避けようとした。ついでに、倒れてきた二年生組の男二人を足で強めに蹴っ飛ばし、完全に俺たちの上に重なってしまわないようにずらしておいた。決して、浅川さんにくっつくな、とかそういう理由からではない。
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「いたたた……。お、おりべっち、大丈……」
「浅川さん、怪我は無……」
ドサッ、と二人は倒れ、砂埃が舞う中、必死に相手の安否を確認する。砂埃が落ち着き、お互いに相手の無事を伺おうとしたところで、言葉が消える。……目を開けると、浅川さんの顔が間近にあり、……当たり前だが、お互いの身体は完全に密着していた。
「ご、ごめっ」
体感では、何分間も経ったように感じたが、実際には三秒間くらいだろう。いつものように赤くなった浅川さんがあわてて起き上がり、ハチマキをはずそうとした。
「だ、大丈夫だよ、浅川さん……。浅川さんは、怪我とか……痛っ!」
起き上がろうと、地面に手をついた瞬間、肩に激痛が走った。手には全く力が入らず、支える物が無くなった身体は、再度地面に叩き付けられた。どうやら、さっきの転倒で肩から落ちてしまったらしい。打撲か骨折かは分からないが、肩を負傷したため、その場で保健委員により保健室に運び出された。以上で、俺の体育祭の青春は終了した。
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「ごめんね、おりべっち……、私のせいで……」
結局、浅川さんの手にも切り傷が出来てしまった為、俺達は二人揃って保健室に連行された。二年生組は、幸い怪我は無かったらしい。彼らは、保健室までの道のり、運ばれる横でめちゃめちゃ謝ってきたが、次の種目があるだろうと思い、大丈夫だからとグラウンドに帰した。保健室の先生によると、俺の肩は打撲らしい。早く帰って病院に行けと言われたが、このままもう少しだけ、人生最後の体育祭の余韻に浸りたかった。本当は何ともなかったが、頭を打って少しフラフラするから、ベッドで少し休んだら行きます、と返事をした。
「こちらこそごめん、浅川さん……。俺が踏ん張れれば良かったんだけど」
今行なっている騎馬戦を終えると、午前の部は終了し、昼休憩になる。ダンスは、昼休憩が終わった後の応援合戦として行う予定だったから、浅川さんと本番で踊ることは叶わなかった。
暫くすると、校舎がざわざわし始めた。どうやら昼休憩に入ったらしい。……そういえば、俺も腹が減った。ちょうど、先生が俺の荷物を保健室に持って来てくれていたから、浅川さんにバッグを取って貰うようにお願いした。
「あ、体調は治ったの……? もう病院行くよね?荷物途中まで持つよ。もし大変だったら、お母さんに病院まで車で送って貰えるようお願いするけど……」
「心配ありがとう。でも、今先生いないし、ここで弁当食べようかなって思っただけだから、まだ帰らないよ」
そう言いながら、手渡されたバッグを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、右肩に激痛が走った。今右手を使うのは無謀かも知れない。……必然的に、箸が持てないから、弁当は食べられない。そんな様子を察したのか、浅川さんが心配そうに俺を見つめる。
「腕、あがんないよね……。…………うん、じゃ、じゃあ、私が食べさせます」
責任を感じてか、何か決意したように浅川さんがそう言うと、俺のバッグから弁当袋を取り出し、俺の寝ているベッドの上にちょこんと座った。緊張からか、ぎこちない手つきで袋を開け、蓋を開ける。しかし、残念ながら、今日の弁当のおかずは、地味に持ちづらい、ミートボールやひじき和えなどの、丸々とした具材のオンパレードだった。震える手で、明らかに掴みづらそうにしている浅川さんを見て、俺は身体を半分だけ起こし、左手で弁当を受け取ろうとした。
「いや、大丈夫、別に一人で食べられるから、別に気持ちだけで……」
「だ、だめです」
どうして意地を張った。そうは言っても、ベッドに腰掛け、身体を捻ったまま、動けない俺に物を食べさせるために箸を運ぶことは難しいらしく、弁当のおかずがどんどん俺の腹から下腹部あたりに落ちていく。それを咄嗟に拾おうと箸でつつく刺激が、何度も掛け布団越しに伝わってくる。……うん、それ以上はイカン。
「いやほんと大丈夫! 無理しないでいいから! 俺一人で食べたほうがうまく食べられる気がするし!」
色々と焦った俺は、右肩のことを忘れ、あわてて弁当に手を伸ばす。案の定激痛が走り、また痛そうな姿を浅川さんに見せてしまう。それを見た浅川さんは、ますます空回りしていく。
「……! だ、大丈夫、だから……!」
そう言うと、なんと浅川さんは、俺の足元に馬乗りになった。
「ほ、ほら、これなら大丈夫だよ……! ほら、口を開けて……!」
緊張が高まりすぎたのか、浅川さんの目はぐるぐる泳ぎ、顔は赤く、汗もダラダラになっている。え、浅川さんどうしちゃったの?? こんなに責任感強い子だったっけ? 別に今回の事で怒ってないし、退部とかも全然考えてないよ?
有無を言わさぬ迫力で、浅川さんの箸が俺の口に迫る。俺は口を開ける。緊張で味も分からない。俺が味のしない何かを飲み込むのを待たずに、再度浅川さんは俺に箸を向ける。俺は口を開ける。それを繰り返すうちに、俺の口はおかずでいっぱいになった。
もうやめてくれと抵抗しようとしたその時、突然浅川さんが俺に寄りかかってきた。
「あ、あふぁかわはん!?」
なんと、浅川さんは気絶していた。後で分かったが、浅川さんも軽い熱中症だったらしい。気絶したのは熱中症だけが原因じゃない気がするんだが……、というのは、黙っておこう。
結果として、俺と浅川さんが棄権したことなんて意にも介さないとでも言うように、今年の体育祭も、優勝は三年生で、なんとも予定調和的な行事となった。自分がいかに小さな存在であることを、痛感させられた一日であった。




