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第十三話之三「買う3」

「あ、遅かったね、おりべっち。文化祭のお仕事?」


「ごめん。買い出しに行ってて遅れた」


「そっかそっか。……おりべっちはもう、クラスの一員なんだね」


 そんな別れる寸前のカップルみたいな悲しい顔で、意味深なことを言うのはやめてくれ。

 以前なら、今の心の声も口に出して、浅川さんと下らない茶番劇を繰り広げていただろうか。




 夜。一人ベッドで夢想する。

 早い話、狭山絵梨さんは浅川さんと遊んだ帰り道で、突如失踪したらしい。

 失踪の痕跡は見当たらず、警察も手掛かりなしと言ったところで、組織的な犯罪が関わっているのか、自ら家出という選択を選んだのかも分からず仕舞いだったらしい。

 狭山絵梨さんの家庭には、色々な問題があった。経済的に豊かとはいえず、着る服はいつも同じで、給食の残り物を持ち帰ろうとする姿を、担任が注意する場面も多かったらしい。それだけではなく、彼女の身体には常に痣が目立ち、学校や保護者の間では、虐待も疑われていたそうだ。

 そんな複雑な事情下での失踪だったものだから、大人の世界では様々な憶測が立ち、子供に正確な情報が伝わることは無かった。


 それが、少年少女の好奇心を煽った。結果として、有りもしない「浅川さんが殺した」という話が、子供の世界では有力な説として流布し、浅川さんに対するいじめ問題へと発展した。

 

 当時浅川さんと親友の関係にあった御崎さんも、加害者側に立ってしまったことが、御崎さん自身にも影響を与えた。

 狭山絵梨さんとは、御崎さんも仲が良かったらしい。趣味が合い、性格が合い、三人はいつも一緒にいる仲だった。

 なのに、事件の当日、御崎さんは遊びに誘われなかった。

 御崎さんは、何故その日に限って誘われなかったのか、そして、何故その日に限って失踪事件が起きたのか、疑問に思った。

 結論として、御崎さんは浅川さんによる殺人説を唱えた。


 「私への誕生日プレゼントを、二人で選びに行ったなんて言ってたけど、当時はショックで信じられなかったんだ」と、御崎さんは言っていた。

 火付け役ではありながら、御崎さんは浅川さんに対して直接的に危害を加えることはしなかった。ただ、いじめ問題が深刻化した時には、もう御崎さん一人の力ではどうしようもできなかった。それ以来、御崎さんは、浅川さんと接触することを避けるようになった。


 しかし、一年後、転機が訪れた。狭山絵梨さんが隣の県で見つかったのだ。原因は、家庭の事情によるものと報道され、当事者は祖父母の下で生活していたらしい。これを機に、いじめ問題はやや下火になる。しかし、いじめの性質はそんなに単純なものではない。

 いじめの加害者というものは、漏れなく「正義感で動いている」という自己暗示状態に陥っている。自分が悪いとは決して思っていない。思いたくもない。

 浅川さんの冤罪を認めるということは、自分が悪いと認めることと同義だった。一度植えつけられた主従関係は、そう簡単には戻らない。


 少年少女は、過ちを認めることから逃げ、自己の正当化の為に、更なるいじめの口実となる拠り所を探した。

 そんな時、浅川さんの近所に住み、幼稚園も小学校も一緒だった、根津悠太君が人知れず転校していった。理由なんて特にひねりも無く、親の仕事の都合だったらしい。

 しかし、逃げ場を探す子どもたちにとって、詳細なんてどうでもよかった。浅川さんの周りの人間が、また一人消えたという事実だけでよかった。

 下火になっていた浅川さんいじめは、「浅川さんが新たに幼馴染を殺した」という虚言によって盛りを取り戻し、それは以前より大きな火となって、小学校卒業までそれは続いた。


 中学校に上がると、彼らは手口を変えた。自分の行いを正当化しながらも、心の底では罪悪感が蓄積していたのか。その気持ちが、「浅川さんと関わった奴は殺される」という噂となって出現した。

 当時学校の生徒の大半を、浅川さんたちの出身小学校の生徒が占めていた為、他校の生徒はコミュニケーションの材料としてそれに追従した。


 そういう理由で、中学の三年間、浅川さんは腫れ物扱いを受け、危害を加えられることは無かったが、同時に一切の干渉も受けることは無かった。

 その結果、浅川さんは暴走し、現在に至るという話だった。長文乙。


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