第十三話之二「買う2」
「祭りの時と違うじゃん、って思ってるでしょ」
結局俺達は仲良くパフェを注文し、滅多に食べないこのオシャレなスウィーツに舌鼓を打っていた。お菓子を積み上げただけのぼったくりメニューだと思っていたが、意外と美味いんだな。
……じゃなくて、この千載一遇のお近づきチャンス、モノにしない俺じゃない。モッチを会話の取っ掛かりに利用して、後は十八番のフリートークだ。モッチからこの非常識サブカル女を奪い取るつもりで行く。本当に取ったらなんて謝ろうか。いや、そうするとモッチのプライドが――
「ねえ、聞いてる?」
えっ、聞いてないけど。
「あ、ごめん、考え事してて。……そういえば、御崎さん、お祭りの時と印象がだいぶ違うよね」
と言うと、ちょっと呆れたような顔で、
「……うん。役割理論ってやつだね~」
と言うと、俺はよく分かんなくて反応に困り、
「なるほど。確かにそうだね」
と言った。御崎さんは相変わらず呆れたような顔をしている。
「おりべっち君って、結構適当な性格だよね」
「そ、そう? 似た者同士……ってことだね、アハ」
ああ、言ってから思ったけど、あんまりいい返事じゃなかったな、これ。
後悔先に立たず。下げてから持ち上げる作戦に変更だ。ピンチはチャンス。チャンスはピンチだ。
「似た者同士、と言えば、うん、モッチ。モッチと御崎さん、似てる」
どうだ。この手の輩はお似合いカップルだベストカップルだとかいう響きに弱い。こんなん適当に褒めときゃなんとかなる。
ほら、御崎さんの顔が、太陽光を浴びたヒマワリにもしも顔面があったのなら、こんな顔をしていただろう、というような顔に――、なっていなかった。
「ほんと適当だなぁ……。こういうとこ似てる。昔のれいちゃんを思い出すよ」
女の子って、なんで心の内に隠した部分まで分かるんだろう。
……それより、れいちゃんって、浅川さんのことだよな? 似てる要素に関してはちょっと異議を唱えたいところはあるが、似てるという要素に関してはとても嬉しい。
そして、なんと幸運にも、浅川さんネタが御崎さんのほうから降ってきたのである!
計画通り。俺の作戦勝ちだ。
「……御崎さんって、浅川さんと、仲良かったんだっけ」
「うん。今はあんまり話さなくなっちゃったけどね。昔のれいちゃんは、周りに合わせてばっかりで、のらりくらりと、今のおりべっち君みたいな感じでゆらゆらしてたよ」
それ本当に浅川さんか? 浅川違いじゃないだろうな。
……と、少し疑問に思いはしたが、冷静に考えると浅川さんは、明るいオタクキャラで高校デビュー(して失敗)したんだっけ。
そう考えると、あの借りてきた猫のような浅川さんが真の姿と言うのも納得がいった。
弱っている時の浅川さんがデフォルト状態だったんだろうか。
「……今は、話さないの?」
「うん、色々あって」
深く聞いていいのか聞いてはいけないのか、いや多分聞いちゃいけないんだろう。
少なくとも、パフェをつつきながら話す話題では、
「……理由とかって、聞いていい?」
ないかもしれない。が、御崎さんに嫌われるのと、浅川さんとこのまま壁を隔てながら卒業することを天秤にかけたら、少しの葛藤も無く浅川さん天秤が地面に着いた。
「……誰かから、何か聞いた?」
「うん。ただ、信じてない。だから、御崎さんに聞きたくて」
そう言うと、御崎さんは部屋の隅に出現した黒光りする害虫を睨むように俺の顔をじっと見つめ、俺の顔をまじまじと舐め回すように観察する。
俺が冷やかしや単なる興味本位で聞いているのではないと判断したのか、残ったパフェを全て小さい口の中にかき込むと、意を決したように御崎さんは口を開いた。
「いいよ。ま、一回出よっか」
俺達は、必要経費として渡された封筒から野口英世を二人ばかり取り出し、経費代として領収書を捏造し店を後にした。
「まあ、今噂されてることは、デタラメなんだよ」
学校への近道としてのみ利用されている、近所の名も知らぬ公園を横断する途中、御崎さんは、俺が望んでいた台詞を口にした。
「噂されていることっていうのは――」
「エリと悠太を殺したって話」
直接的な明言を避けようと頭をぐるぐると巡らせていたところ、御崎さんがその役目を負ってくれた。
「あ、うん」
名前までは知らなかったが、日比谷君の話は、噂話としては過不足無いものだった。
最初に殺されたと言われていたのは、狭山絵梨、通称エリ。二人目は、根津悠太、通称悠太。
ただ、日比谷君の話が事実と大きく違い、完全にデタラメであるという決定的な点。
それが、「殺人」という点だった。
「どうして、そんな話に……」
「子ども、だったから。それを言い訳にしようなんて思ってないけど、あの頃は、本当にそうなんだって思ってた」
……。
学校に戻り、逃げるように購入品と、少々値段の合わない領収書を教壇に置いた俺は、遅ればせながら部室へ向かった。




