第十三話之一「買う」
意外にも、御崎さんと接触することのできる機会は早く訪れた。
二学期が始まって一週間が経ち、クラス内、というより学校内は、辺り一面文化祭ムードで満たされていた。小さい学校ながら、行事事に全力投球する姿勢は傾向として強く、口を開けばお化け屋敷だメイド喫茶だと、出店についての各々の希望を語り合っていた。
「私達のクラスは、お化け屋敷になりました。バンド参加や、部活のほうで出店を出さない人は、準備や当日の協力をお願いします」
上級生の権力というか、不文律というか、お化け屋敷というビッグタイトルを担当できるのは上級生の特権である。前の高校なら、クラスの中でまたカースト上位層が固まっているクラスが……だとか、ドロドロとしたせめぎ合いが始まるのだが、ここは一クラスしかないので表面上はクリーンだ。
漫研や美術部などは、個別に出店する為に、設営や当日の受付参加などの比較的大きな仕事は免除された。代わりに、放課後の準備に向けた買い出しを担当することになったのだが、
「けん、買い出し行こうよ。二人いないと持てない」
「ん、わりい部活」
教室の入り口から、御崎さんとモッチの微笑ましい会話が聞こえてきた。
羨ましい。俺も彼女(予定)とそういう他愛もない会話がしたいものだ。
「じゃあおりべっち君連れてってもいい? 確か買い出し組だったから」
「ああ。織部ならいいぜ。わりいな」
俺不在で話進んでる。
「み、御崎さんも、部活でお店、出すんだ」
「うん、美術部なの」
まさかの美術部。自分の顔すらもキャンバスに見立てて、奇抜な格好に身を包み承認欲求を満たすタイプの。いや知らないけど、祭りの夜の変貌を見て思った。どうでもいいけどSNSとか定期的に荒れてそう。
「へえ、そうなんだ、ふーん……」
話を膨らませることができない。対知らない女の子向けの俺の話題ストックは、アイスブレイク一発分しか蓄えていなかった。
こうなると浅川さんが恋しい。「会話は基本待ちですぅ」とか言ってる奴、楽したいだけなの分かってるからな。浅川さんを見習え。
「お店、ここだ、お店、ここ」
「そうだね。おりべっち君は段ボールを探してきてもらってもいいかな」
「うんうん、いいよいいよ、分かった分かった」
くそ。キョドるな俺! 祭りのときの理性の爆発したギャルの印象が強く、この地味何だかサブカルなんだか掴みづらい今のキャラクターに、どういう態度で接したらいいのか全然分からない。
クールに決めるのは俺の専売特許なのに、もっと明るく来てくれよ。これは御崎さんが全面的に悪いぞ。
こんなんで俺がひ弱なコミュニケーション能力皆無イケメンだと思われちゃ困るんだよ。
しかし、こんな調子で、浅川さんの過去について踏み込めるとは思えない。
「おまたせ。ここで買うのはこれで全部だね」
「うん。お、お会計してくるよ」
お会計を済ませる。くそ、普通に店を出てしまった。
ホームセンターでは、内装用に使う段ボールと、ガムテープやカッターなど、クラスの有志により仮作成されたお化け屋敷設計図なるものを参考に購入した。
次の店では、お化け屋敷として内装は黒くする必要があるということで、黒い布をできるだけたくさん、お化け役の衣装として、白い布をできるだけたくさん購入する手はずになっていた。
……いや、どこで買うんだ、そんな布。
「御崎さん、俺、まだこのあたりの土地勘とかあんまり無いんだけど、布って、どこで買うかとか、分かる?」
「ふふ、わかんない。普通ネットで買うんじゃないかな」
適当だなあ。
「まー、今日はまだ布が必要になる作業には入んないから、これだけでいいでしょ」
御崎さんの、この楽観主義的な考え方が羨ましい。同時に、頼もしいと思う。
俺一人だったら、与えられた任務を完遂できない不安から、クラス中から非難を浴びる想像に呑まれ、全身冷や汗まみれで町内をうろつく不審者に成り果てていたに違いない。
「んじゃ、ちょっと謝礼でも頂きますかね~」
そう言って、御崎さんは俺を引き連れ、ファミリーレストランに入っていく。え、何、浮気? 俺と? 謝礼って、もしかして俺のことを指してる隠語?
俺の動揺をよそに、御崎さんは「こちらの席にどうぞ」と案内された席に座っていった。
「パフェ食べるから、おりべっち君も何か頼んで」
「あ、いや、今お金なくて」
突然のお忍びデートに、流石の俺も平静を整えられないままだったが、俺は、どうにか自分の財布事情に気を回した。何に使っているわけでもないが、常に金欠で、こんなお洒落大学生がカメラ片手に集いがちなレストランで何か注文する余裕は皆無だった。
だが、御崎さんは、やや長い前髪に隠れた小動物のような瞳を光らせ、「ちっちっち」と人差し指を口の前で小刻みに揺らしながら、
「お茶代は文化祭の準備費に含まれるよ。確認はしてないけどね~」
この女、やべえ女!




