第十二話之三「新学期2」
次の日、朝、教室。
旧友との再会に懐かしむ青年達の喧騒や、俺と浅川さんの恋仲騒動は完全に収束し、残ったのは残暑のジメジメした暑さのみ。教室には、祭りの後のような静けさが漂っていた。
入室、歩行、凝視、挨拶、着席、挨拶。いつものルーティーンワークを上の空の状態でこなしたせいで、挨拶を二回入れてしまった気がする。
上の空の原因は、もちろん一昨日の一件によるものだ。信じちゃいない。だが、事実だとすれば、さわらぬ神に祟りなしというような、腫れ物に対する扱いを徹底し浅川さんに向けているクラスの状態に納得がいってしまう。
何よりもまず御崎さんだ。前方の席を見る。まだ来ていないのか欠席なのか、席には誰も座っていない。
「席に着いてくださいね」
ストーキング相手の家の窓を電柱の陰から監視する変態のように無言で空席を眺めていると、担任による教室への選手入場と共に、無慈悲な始業を知らせるチャイムが響いた。
担任は、俺よりも正確なルーティーンワークで、人の心をほんの少し理解し始めたロボットのような、優しいながらも淡々とした態度で出席を取り始める。
「浅川さん」
はい、と浅川さんは返事をする。あれ? 点呼でバカ騒ぎする子ではないのは、毎日の浅川観察で把握済みだが、毎日の浅川観察を徹底しているが故に、今日の返事には違和感がある。比喩の使い回しだが、微妙に腹が痛い時のような「はい」だ。
昨日、少し寂しげに見えたあの表情は、今日もまだ引きずっているのだろうか。
「御崎さん。……あら、今日もお休み?」
優しくて可愛い苗字読み上げロボットがエラーを検出した。御崎さんは今日も風邪か……、と思っていると、カラカラカラ、とできるだけ音を立てないような開け方で、教室のドアが静かに開いた。
「す、すみません」
地味な女の子が一人、静かに黒板の前を歩く。一瞬、御崎さんが入って来たのかと思ったが、祭りの夜に電灯に照らされたオレンジ色の髪の毛も、俺の三倍くらいあった長い睫毛も髪の毛も、そもそもギャルの風格も無い(むしろギャルに虐められていそうな)女の子だった。
「あら、元気になって良かったわ。でも、遅刻は遅刻ね。病み上がりなのに申し訳ないんだけど」
ん? この子も病欠してたのか。
と思っていると、まるで自分の席ですよ言うような素振りで、勝手に御崎さんの席に座りだした。
いやいや、漫画じゃあるまいし。そんな変身しないだろ。
病欠繋がりで席間違えちゃいました、っていう分かりづらいギャグを朝一番でかますこの子はきっとこの後の休み時間に一人反省会を開催するだろう。
「千代、辛かったら無理すんなよ」
モッチが心配そうに話しかける。
ん? この子も千代って言って、モッチと仲が良いのか。
結論から言って、この地味な女の子は御崎千代さんだった。
髪の毛は夏休みの期間だけ染めていたらしい。長い毛達はエクステという何だかよく分からんアイテムによるものだった。消滅したギャルの風格は、病み上がりのせいなのかは知らないが、聞けなかったので迷宮入り。
こんな変身する奴そうそういないだろう、と驚いたが、浅川さんでさえ何度も変身していることを思い出した。俺の前に座っているこの柳さんも、あの担任の先生も、学校での姿は仮の姿で、プライベートではライブハウスで頭をぐるぐると振り回している可能性もあるのか。
ともかく、ようやく懸案事項を確認するための環境が整った。
あとは、御崎さんと仲良くなって、深い話ができるようになって、タイミング良く二人きりになるだけだ。
結論から言って、無理。




