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第十二話之二「新学期2」

「おっす☆ 今お茶淹れようと思ってたんだけど、おりべっちも飲むかい☆」


「あ、う……うん」


 部室。いつもなら、可愛い女の子と二人きりで、可愛い女の子が可愛い女の子とエッチなことをする本を読む憩いの場に来られたわけだから、気分は高揚し、声は上ずり、内心では廊下をスキップしながらここまで来ているのに、今日に関しては全くそうではない。

 日比谷君は、浅川さんは、人を殺したことがあると言った。

 更に驚いたのは、一度ではなく、二度であるということだ。

 曰く、小学校中学年の頃、いつも二人一緒に遊んでいた女の子を、ある日突然殺した。しかし、決定的な証拠は見つからず仕舞いで無罪放免だった。

 それ以来、浅川さんは徐々に避けられるようになったそうだが、それでも数人の友人は浅川少女と仲良くしており、高学年になる頃には、殺人のことなんて子供の頭からはすっかり消え、段々と昔のような状態に戻っていったのだと。


 が、高学年になると、浅川少女は、また一人幼稚園からの幼馴染を殺めた。……正確には行方不明ということらしいが。事件の詳細や、犯行動機、凶器の有無など、詳しいことまでは日比谷君は知らないようだった。ただ、今回も証拠不十分で御咎めは無かったと言うことらしい。

 それ以来、「浅川さんと関わると殺される」という噂が立ち、嫌がらせや悪口すら起こらない、完全な不可侵の存在になってしまった。日比谷君はそう言った。



「はい♪ 粗茶ですが」


 本当なのか? 確かに、見ているだけで全身に注射針を挿されたような痛みが走る程の痛々しい言動で、毎日俺を殺しにかかっているのは事実だ。

 しかし、浅川さんは底抜けに優しい。これもまた疑いようのない事実だ。それに、殺すんならいくらでもタイミングがあったじゃないか。夏祭り、無断で行った合宿。混乱に乗じて刺してもいいし、毒を盛ったっていい。それに、こうやって煎れてくれるお茶に、何らかの細工を施したっていい。


「どう? 美味しい? 昨日買って来たんだ☆」


「うん。美味しいよ。……俺は大好きだ、玲奈」


「えっ……! そ、そんな美味しかった?」


 俺は信じない。絶対に。

 そう思っているはずなのに、自分の中では結論がついたはずなのに、いつものようにヘラヘラと振る舞うことができない俺は、読む予定だったクソ卒業生の置き土産であるクソラノベを棚に戻し、雑念を振り払う為無意識のうちに参考書の虫と化していた。




「おす! たった一日で完全復活だぜ」


 次の日、昨日の病欠はサボりでしたと言わんばかりの快復を見せたモッチは、蒸し暑い中よくやるなぁ~と心底尊敬する部活の朝練という地獄から、まるで天国で遊んできましたとでも言い出すんじゃないかと思う程の元気溌剌なテンションで教室に帰ってきた。


「おはよう。あとでノートとプリント渡すよ。まだ授業そんな進んでないけどね」


「サンキュ織部!」


 昨日の件について、モッチに色々と問いだたしたい気持ちはあったが、箝口令が敷かれた中で、わざわざ教えてくれた日比谷君達の意識には、男女仲睦まじい人間を見て僻む気持ちや、意地悪心から掻き乱してやろうというような、非リアの俺と同じような浅ましい要素は決して含まれていなかったはずだ。

 あえてモッチの不在時に教えてくれたことには、もちろん「モッチには秘密」という暗黙の了解が存在する。それを理解しない俺ではない。

 そうなると、俺が相談できる相手は限られてくる。


「モッチ、御崎さんってもう来てる?」


 始業までの暇つぶしに、俺と日比谷君の間に来ていたモッチに聞いてみた。御崎千代さん。モッチの彼女にして、浅川さんの幼馴染。

 日比谷君は、中学生の頃に入手した、発信元不明の情報を俺に教えてくれた。しかし、噂と言うものは、話のタネとして面白おかしく脚色され、人伝いに伝播されていくうちに、ありもしない情報が追加され、面白みに欠ける細かい情報が消去されていくものだ。

 今は無条件に鵜呑みにできるような、信用に値するソースが欲しい。もちろん、本人に聞くなんて選択肢を選ぶほどの頓痴気野郎ではないが。

 御崎さん。同じ小学校で、浅川さんのフォトフレームの中に飾られる程の彼女の証言なら、信用できる情報源として見做すに値するだろう。


「あ、千代? アイツも今風邪引いてんだよな。なんかあった?」


「ん、いや、お祭りの日に会ったときに、見覚えが無かったから、本当にいるのかなって」


 祭りの夜、俺はあの田舎の大型量販店にたむろしている女ヤンキーの姿を反芻していた。御崎千代。「み」から始まる苗字を、五十音順で並べられた席順に当てはめると、まず最後尾左後列の俺の隣にいる日比谷君の「ひ」がいるわけで、必然的に俺と同じ列にいることになる。

 そこから、同じく前の席の柳さんを挟んで同じ列にいるモッチこと望月君の「も」から考えると……、御崎さん、モッチ、柳さん、俺という席順になる。

 前の席を見ると、一列四人(少ないね)の中の、御崎さんの席と推測される最前列一席だけが空席になっていることに気が付いた。その姿を見たモッチは察したように、


「おう、そこ。一番前に座ってんぞ」


 と言った。ここ最近浅川さんのことしか見てなかったから、冬にストーブが設置される以外に用のない教室の左前列なんて全然気にしたこと無かったな。


「そうなんだ。早く良くなるといいね」


 心から思う。早く快復してくれ。俺のモヤモヤを晴らすためにも。

 ……というか、モッチと御崎さん、二人揃って風邪引いてたんだな。いや、だから何だって話だけどさ。



「おりべっち、今日も静かだね。受験モードに突入かな☆?」


「……あ、そう。そろそろ真面目にやらないとなって」


 半分は本当だが、真意はそこではない。

 遊びに来たのに、微妙に腹が痛い時のような気分だ。何をしていても、真夏の昼間の日差しのように、常にその意識が頭に付きまとって、楽しめるものも楽しめない。


「……そっか、頑張ってね。小説のほうも待ってるね」


 どこか寂しげに言った浅川さんの目は、いつか見た浅川さんの目に似ていた。いつだったかは思い出せない。ただ、何か悪いほうに進んでいるという確信だけが心の奥にあるモヤモヤに重ねて降りかかった。


「大丈夫、それだけはちゃんとやるから」


 約束したんだ。それだけは守る、何があっても。


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