第三話「へー、ここで着替えてるんだ、ま、どうでもいいけど」
(7/7)文章を一部修正しました
「そういえば、おりべっちは絵は描けるの☆?」
浅川さん家の座布団の感触を味わいながら、浅川さん家のマグカップで、普段飲まないレモンティーに、スポーツドリンクみたいな味がするぞこれ、と舌鼓を打っていたところ、浅川さんは俺に問いかけた。
「授業でやったことあるぞ」
「……小説とかは☆?」
「夏休みの宿題でやったことあるぞ」
「……読書感想文のこと♡?」
「ああ、滋賀じゃそういうかもな」
「……文化祭は九月☆ まだまだ間に合うよ☆」
「……ありがとう」
こういう時は、一思いにからかってくれていいんだが……。改めて、俺は創作活動において、何もできないということを痛感させられた。
「ここに、昔のころの部誌があるから、見てみるといーよ☆」
そういうと、浅川さんは、漫画棚の端に揃えられた、古ぼけた冊子の束を指差した。
どれどれ、と、ホチキス止めの、手作りの部誌に手を伸ばす。……当時流行っていたアニメキャラクターがぎこちないポーズを取り、キメ顔のまま、やけに太くて短い剣をこちらに向けている表紙をめくると、当時の部員の名前と、文化祭への意気込みが掲載されたページが出てきた。
「昔は五人くらいいたんだな……」
「私が入った時も、五人くらいいたんだよ☆ ……夏までは」
心なしか空気が重い。
……しかし、浅川さんの人となりが少し分かった今、どうして周りの部員が全員抜けてしまったのかが、正直よく分からない。言動に引くのは仕方ないかもしれないが、抜ける必要まではないだろう、と今なら思える。
「なあ、なんで他の奴は退部したんだ?」
「…………」
浅川さんの顔が曇る。やっぱり、聞いちゃいけない話だったようだ……。
「いや、やっぱいいや。色々あるもんな!」
我ながらヘタクソなフォローの仕方だ。俺はあわてて部誌の話題に戻す。
「それより、漫研って言うから、部誌の中身はイラストと漫画ばっかりだと思ってたけど、小説が半分くらい占めてるんだな」
決して小説を軽視してるわけではないが、小説なら、形式さえ守れば書けないこともない気がした。
「……うん、そうだよ。漫研って、絵が描けるから入るんじゃなくて、アニメや漫画が好きだから入る人が多いんだよね。絵を描きたい人は美術部に入っちゃうし……」
「じゃあ、漫研に入ったけど、小説も書いたことがないし、絵も描けない。だから、とりあえず簡単そうな小説を選んだ、って人もいたりするのか?」
「……その人たちのことは知らないけど、そういう人もいるんじゃないかな?」
「おし!じゃあ俺も小説でいくぜ!」
浅川さんのテンションの低さに罪の意識を感じた俺は、精一杯明るくつとめた。そんな慣れないことをしたばかりに、「イラスト描きたいけど、妥協して小説」という、本気で小説を書いている人たちに袋叩きにされてしまいそうなことを口走ってしまった気がする。オタクの沸点は人それぞれ良く分からないところにあるというのが通説だ。ごめん、反省してるから怒らないでくれ……! ここで怒られたら、俺はもう帰る以外に成す術が無い。空気的に。
「……ふふっ」
俺の心配とは裏腹に、突然、浅川さんは小さく笑った。
「おりべっち、考えてること、顔に出すぎだよ」
「え?あ、いや、そんなこと」
『気まずいから盛り上げようとして、墓穴掘っちゃった~!!どうしよう……』
完全に俺の思考内容を言い当てられた俺は、またも分かりやすく驚いた顔をする。それを見て、浅川さんはまた小さく微笑んで、いつもの調子で喋りだした。
「大丈夫だよ☆ 優しさは伝わってるよ♪ お気遣いありがとう♡ ……じゃあ、今日から小説頑張ろっか☆! 目指せ芥川賞だね! えいえいおーっ☆」
なんにせよ、元気になってくれて良かった。……って、まさか浅川さんを心配するようなことになるとは思わなかった。
「……読書感想文の銀賞くらいで頼む」
意外と美味いレモンティーを飲みながらそう呟いた。これはちょっと、勉強はお預けだな。
******
「浅川さんは何をしたんだ……?」
その日の帰り道、浅川さんのことを考えていた。……確かに浅川さんは痛い。教室や街中で、周りを気にせずに話ができるかといわれれば、正直厳しいと思う。それゆえに、クラスで孤立してしまっているのは、なんとなく分かる。だが、浅川さんが部活に入ってきたからって、別に退部するほどのことでもないはずだ。偏見だが、漫研って言うのは、ああいう奴を受け入れるための場所みたいなもんだろ。……もしかして、何か、他に原因が――
「……恋愛沙汰?」
ふと、頭をよぎった。漫研に当時部員が五人くらいいたという話なら、恐らく、男もいただろう。そして……、正直、浅川さんは可愛い。あのノリを許容できる奴なら、惚れてしまうのも無理はない。
(……浅川さん、彼氏いるのか!?)
いや、別にいいんだが。全然狙ってるわけでもないし、人の恋愛事情なんて興味もないしな、うん。
……浅川さんに彼氏がいませんように。どうしてそう願ってしまうのかはよくわからないが、特に仲良くない女子に彼氏がいると知ったとき、なんとなくガッカリしてしまう気持ちと同じ類の感情かもしれない。……うん、きっとそうだろう。
まあ、恋愛沙汰と決まったわけでもないし、明日から、浅川さんの普段の様子を観察してみよう。もしかしたら、俺の知らない、とんでもない悪癖があるのかもしれない。
******
次の日の朝も、席に着くと同時に、いつものように浅川さんがやってきて、始業時間まで、周りからの痛い視線を浴びる。今日も浅川さんに異常なし。
そして、一時間目、世界史。
「トゥ! キ! ディ! デ! ス! が! ペロポネソス戦争の歴史ィ!」
朝から元気な先生だ……。そんな中、浅川さんは、真剣にノートをとっている。ただ、手の動きを見るに、黒板の情報以上に、何かノートを書き込んでいるような……。
……もしかして、ノートに落書きでもしてるのか?浅川さんらしいと言えばそうだが……。
「んー、ポンペイ! ポンペイはぁ! 何によってぇ! 壊滅したのか! ……ハイィ! 今日は一番! 一番の人ォ! 誰だ誰だ! ……浅川さんン!」
授業も中盤に差し掛かったころ、先生の生徒に指名タイムが始まった。先生が、出席番号が書かれたお手製のクジを引くと、一番、つまり浅川さんの出席番号が出てきた。
浅川さんは、落書きばっかで話を聞いていないような様子だったが、特に迷う様子もなく元気に答える。
「はーい☆! 火山の噴火です! 怖いっ!」
「そうゥ! 火山の噴火ァ! そしてェ……その火山の名前はァ!?」
「ヴェスヴィオーッ☆☆! しゅぽぽー♡!」
「いよォし! でもちょっと不謹慎ン!」
浅川さんは、先生にも負けず元気だ……。そして、言動はさておき、元気に授業に参加してくれる浅川さんは、先生にとってはなかなか嬉しいようで、その後も先生は、困ったときに浅川さんに振ることが多かった。
二時間目、現代文。
「じゃあ、ここのアキちゃんを浅川さん、シゲルを森田君、地の文を坂田さんで」
先生が読み手を指名する。浅川さんが授業中に発言する姿、初めて見るな……。自己紹介の時の暴走を見るに、浅川さんはノリノリで「アキちゃん」になりきって本文を読み、周りを引かせるタイプの子だ。……浅川さんの暴走は受け付けないが、外野から見るぶんには、怖いもの見たさで少し楽しみになっている自分がいる。
『アキちゃんは、シゲルに対し、最後まで気持ちを伝えられなかった』
『じゃあな、アキ。東京着いたら、連絡する』
教室に響き渡る、スゥー……という、深い深呼吸。来るぞ……浅川さんの音読!
『待って☆! うぇいとうぇいとー! シゲルっち! 私、まだまだシゲルっちとやりたいこと、たーくさんあるんだよっ!?』
「……浅川さん、文章通りに読むように」
予想を上回りやがった……。これはアキちゃんじゃない、浅川さんが憑依したアキちゃんだ。さすがの先生も、いくら積極的とはいえ、こればかりは受け入れられないようで、やや顔が引きつっていた。
……ただ、部員が逃げ出すほどの、とんでもない悪癖とまでは言えないだろう。とんでもなく痛いが。……異常、なし、と。
三時間目、英語。
浅川さんは、特に変わらず、ノートを取り、時々発音し、空いた時間に落書きをしていた。そして、英語の授業ではお馴染みの、隣の人と行う、本文のペアリーディングが始まる。
そういえば、これは昨日もやった覚えがあるが、浅川さんが暴走したような覚えはない。英語に関しては、あの浅川さんも、ただ読むしかできないのか?そう思いながら、日比谷君の音読を聴く横目で、浅川さんの様子を伺う。
……浅川さんの隣の人は、浅川さん側じゃない隣の人と音読練習を始め、浅川さんは、一人で静かに音読をしていた。うん、これは見なかったことにしておこう……。
「So, why did he reject that opinion in third paragraph? Hmm... Ms. Asakawa? What do you think?」
「ウーム、ビコーズ! ビコビコ……ジュリアソウト……ンー、ディスオピニオンイズバッド! フォーハーマザー☆!」
「Yes, well done! that opinion was bad for her mother!」
「えへへへへ、センキューセンキュー」
浅川さんは、うるさいが意外と頭が良い。
四時間目、数学。
三十分程観察したが特になし。その後は俺が寝てしまった。
四時間目終了のチャイムが鳴り、昼休みになった。浅川さんは、昼になると、お弁当を持ってどこかへ消えた。恐らく部室で食べているのだろう。
(……俺も行こうかな)
情けないことに、俺も昼は一人なのだ。この前仲良くなった日比谷君は、他のグループで昼を食べている。一緒に食べよう、と言えば迎え入れてくれるとは思うが、もう少し仲良くなってからじゃないと、俺が気まずい。
……そうだ、必ずしも部室とは限らない。もしかしたら、便所飯なんてこともありえる。そういった思い込みから生まれる、浅川さんへの悪いイメージを払拭するため、……そう、あくまでも確認のために、部室へ行こう。
決して、俺が一人で寂しいから、浅川さんと一緒に食べたいわけじゃない。
******
西校舎まで割と遠い。こちらの校舎は、授業ではめったに使われていないため、ほとんど人が出入りしないこともあってか、昼でも電気が点いておらず、暗い。
今日も例外ではなく、西校舎内は暗かった。もしかして、浅川さんは来ていないのか……?という不安を胸に抱きつつ、部室前へ到着した。よかった。ドアの小窓から、明かりが漏れている。
……良く分からないが、入るのに緊張する。女の子と二人きりでご飯を食べ・・・、違う、あくまで確認の為、俺はドアを開けるんだ。昨日から点けっぱなしだった可能性もあるしな。行くぞ、堂々と開ければ大丈夫、深呼吸してからの・・・ヨシ!
「しっ……失礼し、まー……す。い、いやぁ、部室にお茶があったなーなんて思って来……」
その瞬間、時が止まった。目の前には、制服を脱ぎ、下着姿になった浅川さんが、真っ赤な顔で、ほのかに涙を浮かべながら机に座っていた。
「……とりあえず、一回出てってください」
「はい、すみません」
静かに外に出た。…………えっ、俺もう一回入るの?
しばらくすると、「どうぞ」という声が中から聞こえた。……深呼吸だ、スーー、スーー、スーー、……
「……失礼します」
浅川さんは、体操服姿で出迎えてくれた。そうだ、五時間目は体育だった。なるほど、浅川さんは、いつもここで着替えて、下着姿であそこに座っているのか……。ま、まあ、別に気にしないが。本当に。
「おう☆ 楽にせい☆! お茶も入れておいだぞよ♡」
いつも通りの浅川さんだ。顔が真っ赤なところと、視線が泳いでるところ以外は。
「あ、ありがとう。頂きます」
「おりべっちもここでお昼☆? 奇遇だね☆ 私もこれから食べるんだ~」
無事、浅川さんが便所飯をしていないことを確認。使命は果たされた。だが、ついでなので弁当はここで食う。
……しばらく他愛のない話をしながら、俺は浅川さんとご飯を食べた。今日午前中に観察した限りでは、浅川さんには、特に悪癖は無いな。
「そういえば、浅川さんは、授業中も絵を描いてるの?」
なんとなく気になったので聞いてみる。一応、「別に浅川さんのことは見てないけど、漫研部員なら、もしかして描いてるんじゃないのか?となんとなく予想して聞いてみただけ感」を装い聞いてみる。
「むむっ!? もしやお主、私のこと見ていたな☆☆ 今日はやたらと視線を浴びると思ってたんだぜ☆」
ば、ばれてたか……。まあ、あれだけ見てりゃな。
「はは、ごめん。浅川さんはいつも何してるのかな~と思ってさ。一時間目からずっとノートに何か描いてるから、もしかしたら、って気になったんだよね」
浅川さんは急に沈黙する。……え、何かまずいこと言ったか?
「……冗談だったのに、ほんとにみてたんだ」
やっと白くなった浅川さんの顔がまた赤くなる。コイツ、カマかけやがったのか!
「いや、後ろの席だから、視界に入るというかなんというか」
「……おりべっちのこと、今日からむっつり変態おじさんって呼ぶね」
おりべっちの跡形もない!教室でそんなあだ名で呼ばれたら、俺まで痛い視線を浴びるようになってしまう。いや、痛いじゃすまないかもしれない。
「ごめんなさい! 今日はずっと意識して見てました! でも違うんだ! 別に下心とかじゃない! 純粋に浅川さんに興味があって……!」
「なっ……」
浅川さんの顔はさらに赤くなる。おお、まるで小さい太陽だ……とか言ってる場合じゃない。完全に選ぶ言葉を間違えた。ただ、「部員が逃げ出すほどの悪癖があるかを確認したかった」とは口が裂けても言えない。
「……どうせ、おりべっちは、私が変人だから、授業中も変なことするとおもって見てたんでしょ」
相変わらず鋭い。しかしイエスと答えれば、それはそれで死が待っているような気がする……。落ち着け、最善の返答を選択するんだ、考えろ……!
(……違う。同じ漫研部員として、スキルアップの為に何か普段からやってることがあれば、と思って見てたんだ)
「……違う。浅川さんが彼氏と連絡を取る瞬間も確認したかったんだ」
テンパりすぎて心の声と発した声が逆になってしまった……。うん、もうどうでもいいや。
「いっ……いないよそんなの! このむっつりスケベストーカー!」
弁当を残したまま追い出された。あくまでも、俺は恋愛沙汰でのゴタゴタがあったかどうかと、悪癖があるかどうかを確認しただけだ。決して、間違ったことをした覚えはない。だから、今日やってしまったことに対し、俺は何の後悔も反省もない。
俺はそう思いなおし、放課後、涙目のままそそくさと家に逃げ帰った。
******
「学校には慣れたか? 和弥」
「……まあまあ、かな」
その日の夜、父との何気ない会話。正直、まあまあどころではない、大ピンチだ……。クラスには、まだ馴染めていない。それどころか、浅川さんのおかげで、浮いている気さえする。その浅川さんさえ、今となっては気まずい仲だ……。
「父さんこそ、仕事は順調?」
「……まあまあ、だな」
息子だから分かる。父さん、上手く行ってないな……。
「まあ、最初はそんなもんだよな」
自分に言い聞かせるように、父さんはつぶやいた。
「そういえば、明日ちょっと市役所に行かなきゃならないんだった。和弥、悪いが授業終わったら早めに帰って来てくれ。」
「明日金曜だろ? 土曜じゃ駄目なのか?」
「んー……まあ、土曜は混むからな……。何か予定あったか? それならまあ、土曜でもいいけどな。父さん、たまたま明日は休みになったんだ」
「あー……、いや、大丈夫。明日は早めに帰るよ」
部活がある、とは言えなかった。この時期に部活に入るなんて言ったら、父に余計な心配をかけるかもしれない。浅川さんには、明日謝るついでに言っておこう。怒ってなかったらの話だが。




