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第十二話之一「新学期2」

 俺と浅川さんの熱愛疑惑が浮上し、賢しい叙述トリックを用いその疑惑の信ぴょう性をゴシップ記事並みのレベルまでに貶めることに成功した翌日。

 自分史上最も衝撃的で、最も解決方法を見つけ出すことに苦難する出来事に直面にする。

 教室に到着し、未だに続く残暑のように、昨日の騒動の余波が引きずる空気を掻き分け、隣の席に座る日比谷君と軽く挨拶を交わす。


(あれ、日比谷君あんまり元気ない?)


 いつもならば、例え登校中に鳩にフンを引っかけられ、突然の雨に打たれ、自転車のチェーンが壊れたとしても、まあ許してやるかと水に流してしまえる程の優しい微笑をこちらに向け挨拶を返してくれる日比谷君だが、今日に関してはそうではない。

 まるで、朝トイレに入ったが何も出ず、そういう日もあるかと思いつつ学校に到着した途端、猛烈な腹痛に襲われてしまい、人通りの多い朝に個室に入るのを躊躇っている時のような表情と声色。本当にそうなのだとしたら気にしなくていいぞ。第一もう高校三年生だし、俺は小学生のころからずっと、そういうことに関しては気にしていないからな。

 やがてチャイムが鳴り、下世話な想像をしている自分に嫌悪感を抱きながら授業を受ける。

 教室の対角では、相変わらず政治経済の教師と二人で頭が良くないと笑う資格が発行されない高等コントを繰り広げており、俺を含めた一部の生徒は完全に置いてきぼりにされている。

 一時間目にして、既に昼休みを待ち望む俺の隣で、日比谷君はいつもと変わらない、至極普通な、模範的な授業態度で教科書を読んでいる。……さっきの心配は杞憂だったか。



 昼休み。いざ昼休みになると、今度は放課後が待ち遠しくなるのは人類共通の感情だろうか。


「そういえば、今日モッチ休みなんだね」


「うん。風邪引いたんだって」


 風邪菌も着床するのを嫌がる程の暑苦しさを持つモッチ(推測だけど)でも風邪を引くなんてことがあるんだな。

 となると、今朝の日比谷君のコンディションが悪かったのは、モッチの風邪がうつったからか。


「あ……いや、そうじゃないんだけどね」


 違った。新学期二日目じゃ、菌の潜伏期間からも、流石に感染が早すぎるか。


「日比谷は織部君のスキャンダルのほうで心配してたんだよ」


 生まれてから今日まで風邪を引き続けてるんじゃないのかと錯覚するような、万年超低テンションな泉君が言った。何? 日比谷君もしかして浅川さん狙ってた?

 そう考えると、俺が転校したばかりの時、浅川さんとあんまり仲良くするなとか言ってたことが気にかかる。なるほど、そういうことだったのか……! バラバラだったパズルが今一つに組み合わさる――


「違うよ」


 違った。


「浅川の噂。それが気がかりなんだよ、俺達は」


 泉君の言う噂。モッチが一学期、海を割るモーセの如く半ば強引に会話を中断させた時に出ていた話だ。


「噂ね。うん、どういう噂かは聞いてないけど、多分勘違いだよ。あと、付き合ってないからね、マジで」


 覆水盆に返らず。一度カップル認定されると、いくらそれを否定しようとも疑惑は完全には拭えないものだ。

 モッチと言う話題の止水弁が外された今、浅川さんに関する話題を止める者はいない。日比谷君達は、俺が気になっていた浅川さんの過去についての話を進める。


「あくまで、噂ってことは、頭に入れておいてほしいんだけど」


 という前置きのもと、日比谷君は、強烈な腹痛に蝕まれる人間のような苦い顔をして、とんでもないことを口走った。


「……マジで?」


「噂だけどね。だから、みんなは話しかけなくなったんだ」


 正直、はいそうですかと軽々しく信じられるような話ではなかった。

 

 浅川さんは、人を殺していた。

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