第十一話之一「新学期」
「もう終わりかよ……」
二学期初日。始業式の朝。
残暑著しい九月。夏は学校が休みなんじゃないのか。
「おはおはおは☆ もうすっかり秋ですな☆」
「いや、全然だろ」
風邪でも引いてるんじゃないのか?
「今日もまだ二十八℃は超えるって、天気予報で言ってたぞ」
「つまり、ずっとクーラーの効いた部屋にいるってことだよね☆☆」
本当にポジティブに考える人だな。それは別にいいが、浅川さんが隣にいるとなんか暑い。
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浅川さんと一緒に始業時間ギリギリに教室に着くと、既に他の生徒は教室に着いており、久しぶりの再会に、会話に花を咲かせているようだった。
しかし、ガラリと教室のドアを開けると、さっきまで楽しげに話していた生徒達の口が、一斉に止まった。
(ん? 俺?)
辺りを見ると、みんなが俺を見ていることに気付いた。
五秒も経過すると、その視線はばらつき始め、会話も少しづつ再開した。
(まさか……いじめか!?)
新学期早々、俺はいじめの標的になってしまった。
「おりべっち、どうしたの? 入ろうよ☆」
「お、おう」
浅川さんは、俺の後ろにくっついていたから、まだ教室からは見えていなかったはずだ。
つまり、俺単体に、視線が集中していた。
席に着き、生徒の様子を観察すると、すぐに日比谷君が話しかけてきた。良かった。全員からいじめられてはいないようだ、多分。
「久しぶり。もう噂になってるよ」
「え? 何が?」
「悪ぃな。俺は否定したんだけど、な。まあ誰も信じねえよ」
モッチが入って来た。……まさか。
「まさか、浅川さんと付き合うなんてね」
やっぱりこれか。マジで誰だよあの時の野次馬!
暫くして、浅川さんがトイレに行った。すると、さっきまで遠巻きにこちらを見ていた他の生徒達も俺の周りに集まってきた。
「浅川と付き合ってるってマジ?」
「卜部君、外で浅川さんと抱き合ってキスしてたんでしょ」
「夏祭りで浅川と花火をバックにキスしてたって聞いたぞ」
「付き合ってない、俺は織部だ、抱き合ってない、キスもしてない」
こいつら、浅川さんとは関わろうとしない癖に、こういう話になると態度が違うな。
この感じで、浅川さんのほうに聞きにいってやればいいのに、それは違うんだろうか。
「えー、飯田ぁ、違うじゃん」
「いや、マジで見たんだって!抱き合っててさ、キスはうろ覚えだけど」
「いや、そこ大事なとこだから」
幸い、と言うべきか、この飯田君とかいう野次馬が、情報に嘘を盛り込んでくれたおかげで、この話はうやむやになった。
浅川さんも教室に戻ってきたところで、騒動は一時収束した。
******
「おりべっち、なんか今日変じゃなかった?」
「え、何が?」
「なんか見られてた気がする。話し声もいつもより小さかった」
「あ、ふ、ふ~ん。知らなかったなあ~」
確実に今朝の件だ。奴ら、なんだかんだでまだ疑ってやがるな。
「……知ってるでしょ」
えっ。
「えっ」
「隠し事しないで」
え、怖! なんか分からないけど、やたら声が冷たい。
「別に、嫌われるのは慣れてるから。これ以上嫌われても、私、大丈夫だから」
浅川さんは、何か勘違いをしているようだった。
なるほどね、視線+噂話=悪口。俺も、中学時代はその公式に捉われていた時期があった。……まあ、厳密に言えば、今日もだけど。
事実を言ってもいいのだが、なんとなく言い辛い。かといって、言わないと浅川さんがどんどん落ち込んでいく。
今にも床を突き抜けていきそうなほどに落ち込んでいる浅川さんを見ていると、このままはぐらかすなんて、俺の良心が耐えられない。
言うか。
「浅川さんと俺が付き合ってるんじゃないかってさ」
「……うえ? 私が? おりべっちと? 何で?」
斜め上の返答にぽかんとする浅川さん。
「買い物のときと夏祭りのとき、クラスの人が見てたみたい」
「あ、そうなんだ、ふーん……へえ」
ニヤつきたい気持ちを必死に堪えているような表情で、浅川さんは満更でもないような様子を見せた。
え、もしかして、イケるのか、俺?
「は、はは、は。全く、クラスのみんなも早とちりすぎだよなぁ」
「……おりべっちは、誰かと付き合うとか、考えたりするの」
……オイオイオイ、この流れは、選択肢さえ間違えなきゃ、もしかするんじゃあないのか?
「え、いやまあ、そりゃ多感な高校生ですし? 考えないこともないけどね」
「……じゃあ、付き合っても無いのに、私なんかと付き合ってるって噂が流れたら、……迷惑?」
[現在時刻:16:17:04]
①そんなことない。だって、お前のことが好きだから
②まあな。ほんとついてないぜ、全く
③ま、迷惑かな。……いっそのこと、噂じゃなく、事実にしちまうか?
不器用なツンツンキャラならありだが、俺の場合②は論外だ。
①と③で迷うところだが、①は、大分ハードルが高い。カッコよく言えちまえば文句なしの選択肢だが、チキンな俺には……。
一方、③は、ちょっと冗談めかして言うことで、若干ハードルが低くなる。それに、台詞の前半で一度相手の気持ちを下げ、後半で上げていくことで、感情の振れ幅が増大し、女心を鷲掴みにできる高等テクニックも混ざっている。
よし、決めた。③だ。今回は③がベストアンサーに違いない!
[現在時刻:16:17:06]
「あ、あはは。いや、迷惑って、あ~……。ま、ちょっとはうん、そうね、迷惑だわ(笑)。じゃ、じゃあさ、あ、その噂さ、じ、じじじじ、じじい、じつ、事実に、するとか、ど、どう?」
「やだ」
……ヴェ!? アヴェ?
「そういう感じ、やだ。凄い嫌」
******
「う、ううううううううううううううううううううううううううううううううううう!! ううう!! ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ベッドの中で俺は唸る。
時間よ戻れ! あの時の俺をぶん殴りたい!
勝ち戦なのに、負けを恐れ逃げ場を作ったせいで、そこから敵が押し寄せ死んだ。
死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。
……いや、浅川さんのことだ。冗談だと思って水に流してくれるだろう。明日には、もうすっかり忘れてるはずだ。
そうであってくれ、マジで。




