第十話之四「勉強合宿」
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「ごちそうさまでした、お母様」
「いえいえ、お粗末さまでした。今コーヒー煎れるわね」
「あ、すみません」
食後。あれからずっと、浅川さんが俺の話ばかりする、というテーマのもとに話は続き、浅川さんの顔は真っ赤を通り越して、逆に白くなっていた。どうやら燃え尽きたらしい。
「そういえば、おりべっち君は大学に行くつもりなの?」
お兄様が切り分けられたスイカを持ってきた。コーヒーと合わないような気がしたが、そういう感じが一般家庭ぽくて安心した。
「はい。今日も浅川さんに勉強を教えて頂きまして」
「玲奈と同じ大学に行ったらいいじゃない! 玲奈もお願いしなさいよ」
お母様がまた浅川さんが怒りそうなことを言いだした。この人わざとやってるんじゃないのか。
「……うん。同じところ行きたい。でもね、おりべっちは頭が悪いの。だから、駄目かも」
半分口から魂が出ている燃え尽きた浅川さんは、俺がいないと思っているのか、恐らく、いつもの食卓でのノリで話を進めている。おい、聞きづてならんぞ玲奈。別にやらないだけで、やれば東大だって余裕のはずなんだが。
「知識の定着の良し悪しは、モチベーションの有無が大きく関わるって教えたろ。何かおりべっち君のやる気を上げるような作戦考えろよ」
そうなのか。確かに、スポーツやゲームに置き換えて考えるとよく分かるな。さすが教育学界のエースだ。知らんけど。
「そうだねえ……。おりべっちはスケベで変態だから、エッチな本でも渡しとけばどうにかなるよ」
「いえ、そんなことありませんよ、お兄様、お母様」
「そういうのは合格するまでお預けにしたほうがいいかもな」
笑いながらお兄様は言う。悔しいがその通りだ。
「じゃあ、合格したら何でもするって言ってみる。おりべっちはスケベで変態だから、どうせ変な勘違いして暴走するんだ」
「いえ、そんなことありませんよ、お兄様、お母様」
欲を言えば、一生俺だけのヌードモデルになってほしい。美術的な意味で。
「じゃあ、それで決まりだな。頑張れよ、おりべっち君」
「はは……。まあ、合格したら、ヌ……似顔絵でも描いて貰いますよ」
「そんなんでいいの? モチベーションに綺麗も汚いも関係ないぞ。玲奈をヌードモデルにでもしてやれ、おりべっち君」
さ、さすが浅川さんのお兄様……。
「あ、あはは。じゃあ、普通のモデルをお願いします、はは」
……来た。もう俺の勝ちだ。
男の下心ってのは、モチベーションの要因の中でも、トップクラスに強い原動力になる。つまり、もう浅川さんのヌードモデルと結婚とコスプレとツイスターゲームは確定したも同然なのである。
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父が帰ってくるということで、俺は退散することになった。
すると、玄関先で、お兄様に呼び止められた。
「おりべっち君」
「あ、お兄様」
「いつも玲奈と仲良くしてくれてありがとう。あいつ、学校じゃめちゃめちゃ痛いでしょ」
あ、家族にも知られてるんだ……。
「は、い、いえ。……まあ、多少は」
「はは。アイツ、明るくなれば友達出来る! って、一時期家でもあれだったからなぁ。学校じゃ今更キャラ変えらんなくなって、ずっとあのまんまらしいけどね」
そんなズレた狙いがあったのかよ! 今更でもなんでもないから、キャラ戻したほうがまだ友達出来る可能性上がると思うんだが……。
「ま、付き合わなくてもいいから、仲良くはしてやってくれ、おりべっち君」
そう言って、お兄様は部屋に戻っていった。いや、付き合えるなら付き合ってますけどね。
浅川さんは、未だに燃え尽きているので、お母様の見送りで俺は帰宅した。
この後、俺の学力は飛躍的に向上し、周りに一目置かれる存在となることを、この時の俺はまだ知らない。




