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第十話之二「勉強合宿」

******



「どうせ勉強するならさ、一緒にやったほうがやる気もでるよね? 問題とか出し合ったり♡!」


「ま、まあ、勉強ってのはライバルとの闘いみたいなもんだからな、ハハ」


 くそ……! 勉強すると言った以上、断るに断れない……! このままじゃボロが出ちまうぞ。


「じゃあさ、んー……。今週の水曜日空いてる?」


「あ、うん、空いてるけど、あっ! そうだ、今週は俺の家ちょっと使えないかもしれないわ、そうそう」


 どう? 浅川さんちに泊まるのは違うでしょ? 浅川さんそういうとこウブだからね。


「あ、じゃあ私の家でいーよ! ただ、泊まるならお兄ちゃんと同じベッドになるけど」


「いや無理だろ!」


 お兄さんいたことにもびっくりだわ! ……アニメの好みが男っぽいのは、お兄さんの影響なのだろうか。

 厳正なる協議の結果、浅川さんの家で朝から晩まで缶詰で勉強をする、ということで話がまとまった。

 水曜日は明後日である。付け焼き刃でもなんでもいいから、勉強しとこう。恥ずかしいとこは見せられないぞ、織部和弥。



******



 火曜日の午前。


「今期のアニメは当たりが多いかもな……。おっ湯気が薄い!」



 午後。


「あ、人の家に上がるなら、何かしら手土産とか必要か」


 昼ごはんを買いに行くがてら、少し見て回るか。



 スーパーに着いた。


「まあ無難にお菓子だよな……。いや、女の子だとそうでもないのか?」



――――――――――


「女の子の家に上がるのに、お菓子なんて持って来たんですかあー☆? ウチの娘に何を与えるつもりなのぉ?? おかえり下さる?」


「キミは誰だ!? 娘に手を出す不届き者め! 我が宝剣で成敗してくれるわァ!」


「うひょーっ☆ ポテチアンドドクぺーーッッ!? お主、超絶異端児ィィ! それは置いてお前はゴーホームゥゥゥ☆!!」


――――――――――



浅川さんの家族だ。何を言い出すか分からない。

ここはもう少し慎重に、プレゼントスタイルでいくか。


「うーん……」


 トイレットペーパーとか、お母さんは喜ぶかな? アクセサリーや人形みたいな残るものよりは、消耗品のほうがいいだろう。

 ……あー、でも、浅川さん家がシングルタイプのトイレットペーパーかどうか分からないな。こういう些細なところが割と大事なんだ。お母さんからの心証を悪くしたくない。……ちょっと浅川さんに聞いてみるか。

 ……いや。家庭のトイレ事情は、さすがにデリカシーに欠ける行為か。危ない。俺みたいな紳士な男じゃなきゃ、そのまま聞いてたね。


「あ、シュシュ」


 女性物のアクセサリーショップ。シュシュか。シュシュと言えば浅川さん、浅川さんと言えばシュシュ。さっき、残る物よりは消耗品とか言っちゃったけど、シュシュなら案外セーフではないだろうか。こんなん輪ゴムみたいなもんだろ。


「いらっしゃいませ、お預かり致します。こちらはプレゼント用ですか?」


「あ、え、あ、あい」


「……ふふっ。かしこまりました。引換券をお渡し致しますので、十五分前後を目安にまたお越し下さい」


 焦った。プレゼントだなんて一言も言ってないのに、ここの店員はエスパーか何かか?

 思わずキョドってしまったが、なんとか平静を装うことはできた。


 結局、シュシュの他にも何かないかと探した結果、スポンジならお母さんも喜ぶか、と機転を利かせ、よくある六個入りのスポンジを購入した。



******



「お、おじゃまします」


「どうぞ☆ スリッパあるのでどうぞ☆」


 家に着き、インターホンを鳴らすと、十秒くらいで浅川さんは出迎えてくれた。

 さすがに慣れてきたので大丈夫だったが、部屋着姿の浅川さんも抜群に可愛い。


「あ、どもです、はい。……あ、これ、手土産的なやつです」


 俺は、用意していたシュシュと、スポンジと、念の為家から持ってきたお菓子を手渡した。


「お、ありがとう♡! おやつと……スポンジ? と、この袋」


「あ、手土産」


「いや分かってるよ! 開けていいの?」


 どうぞ、と返事をすると、浅川さんは丁寧に包装を開けようと、爪でゆっくりとシールを剥がした。値札とか付いたままじゃないだろうな、ショップのお姉さんよ?

 ただの手土産なのに、無駄にドキドキするぜ。というか、手土産でアクセサリーって、冷静に考えておかしいだろ!


「……あ、シュシュ!」


 ラッピング袋から、一つのシュシュ取り出されてから気付いた。浅川さんは、同じシュシュを二つ着けているという事実に……!


「あ、あは、髪伸びたら、後ろで一つ結びにしたら、いいかなって、はは」


 あわてて言い訳。だが、浅川さんは俺の取って付けたような言い訳の理由を察し、笑っていた。


「ふふっ。ありがとう、大切にするね。髪が伸びるまで待っててね」


「う、うはい」


 思いの外浅川さんが嬉しそうで良かった。

 浅川さんは上機嫌で俺を部屋に案内し、お茶とお菓子を用意しに、リビングに向かっていった。

 女の子の部屋に一人きりなんてシチュエーションに、まさか自分が遭遇するとは思わなかったぜ……。

 やはり、ここはセオリー通り、タンスでも覗いとくか? 人生は一期一会、時間は有限、水は軟水だ。

 俺は部屋を見渡し、タンスを探した。


「……めちゃめちゃ女の子の部屋だ」


 服装からも思ったが、浅川さんがオタクなのは、中身とシュシュでツインテールという髪型くらいで、部屋にはアニメのポスターも無ければフィギュアも無い。ドラマで見る、普通の女の子の部屋を再現したような、ごく普通の部屋である。

 ……立ち上がり、部屋を歩き回ると、机の上に飾られた、フォトフレームに目が行った。


「浅川さんと……誰?」


 浅川さんと、その他大勢の写真。さすがに、誰が誰だかなんて分からないけど、小学生くらいの浅川さんが、友達と楽しそうに遊んでいる写真が一枚、机に飾られていた。

 やっぱり、昔は浅川さんも、友達が――


「お待たせ☆!ごめん、お茶しか……って、何してるの、おりべっち?」


「あ! いや、いやいや、別に、なにも漁ってないから、タンスとかどこにあるか知らないし」


「え、タンス? ……おりべっち、ほんとに変態なの?」


 今の今まで嬉しそうにしていた浅川さんの目は、一気に汚いものを見るような目へ変わった。


「いや、ジョーク、全然大丈夫だから。ま、勉強しよ、勉強」


「もう……。今日は、英語と現代文で良かったんだっけ?」


「ん、そうそう。歴史科目は家で暗記できるしね」


 問題を出し合うことで一番危ういのは歴史科目だから避けたのだ。他ができるわけでも無いけど。


「私は政治経済だけどね~。じゃ、英語やろっか☆」


 俺は、意気揚々と、受験参考書「次の段階へ」を取り出した。

 ……浅川さんは、なかなか賢い大学の赤本を取り出した。えっ、浅川さん、もう実践演習の段階?



******



「あー……全然分からん」


 夏期講習ではなんとなく分かっていたようなことも、いざ問題として出されると、どの知識を当てはめればいいのか分からないぞ。ネットで詰め込んだ知識を正しく活用できず、的外れな論を場違いに炸裂させる、俺の人生と同じように。


「解説しましょうか」


 完全に手が止まった俺を見て、浅川さんが手を差し伸べてきた。俺の問題も見ずに、何たる自信……!


「ごめん、頼む」


 不甲斐ないところを見せてしまったが、無駄に維持を貼るのが俺の悪いところだ。

 誤解していたが、浅川さんは俺の数倍頭が良い。伊達に部室で一人ぼっちではなかった、ということか。

 そんなわけで、今回ばかりは自身の成長の為、お言葉に甘えてみることにした。実力を拝見という意味も含めてな!


「はいはいよ~っと、どれどれ」


 折り畳み式の丸机に、対面で座っていた浅川さんが、俺の隣にやってきた。

 ……! 身長差の関係で、あ、浅川さんの、breastが、appear and disappear!


「……ふむふむ、関係代名詞の省略の並び替えだね、これは。あと、私の胸に問題文は書いてありませんよ、おりべっち」


「えっ? はっ? 何が? あっふーん、なるほどね、関係代名詞ね、はいはい、あっそこかーっ! ケアレスミスだなこれは」


「じゃあ並び替えてみて」


「……」




「玲奈、お菓子買ってきたけど……ってあら! ……あらあら、どうしましょ」


「あ、お邪魔してますお母様、わたくし織部和弥と申します、しがない転校生でございまして」


 気まずい空気に風穴を開ける、浅川ママのファインプレー……!

 シュシュの無い浅川さん、という感じで、見た目は浅川さんにそっくりだな。喋り方は至って普通で拍子抜けだが。


「ちょ、ママ、友達来るから開けないでって言ったじゃん……!」


 浅川さんも、家族に対しては、至って普通の喋り方だ。あのとんでもないのは外行きの口調だったのか。


「あ、お友達。ふーん……。お友達、ねぇ……? ……織部……ああ、おりべっちってこの子……」


「はい、わたくしおりべっちと呼ばれております、どうしようもない穀潰しでございます。浅川さんとは清く正しい健全なお付き合いを」


「もーいーから! ママは出てって! お菓子は置いてって!」


「はいはい。どうぞごゆっくり、おりべっち君」


「お母様は、ぐいぐいと浅川さんに部屋から押し出され退場していった。よしよし、ファーストコンタクトはバッチリだな。あとはお兄様とお父様だ。いや、お父様はまだ早いか?」


「はあ……。ちょっと休憩しよっか」


「お、おお」


 英語の件はどうにか流れていった。水際で、俺の面子は保たれたか。


「……い、家で、お、俺の話、してるんだね」


「う、うん。部活に入ったんだよ~ってくらいだけど……」


 家庭で話題に上がるって、たとえ簡素な報告だとしても、なんか嬉しいな。


「……おりべっちは、私の話、する?……おうちで」


「あー……、してないかも」


「……そっか。ま、そんなもんだよね」


 浅川さんは、落ち込み気に溜息をついた。なんか気恥ずかしくて、女の子関連の話はできないんだよな。

 と言うか、父さんと学校の話自体、ほとんどしないかもしれない。男の家庭って、どこもそんな感じだと思うけどね。


「ま、そのうち紹介するよ」


「えっ。……うん、ふふふ」


 浅川さんは嬉しそうである。……普通他人の親に会いたいか?

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