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第二話「高三の六月から始める部活動生活」

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(7/7)文章を一部修正しました

 火曜日。教室に着き、席に座ると同時に、教室の前方、右端の席に座っていたアイツが、嬉しそうにこちらへやってきた。

 

「おーっはラッキーっ☆☆ 今日も朝からカッコいいねーっ!! ヒューヒューっ☆!」


 朝一発目から最悪の挨拶。案の上、クラスからの冷ややかな視線が飛んでくる。


「あ、うん……おはよう」


「もーっ! 元気ないよ~~☆? 悩み事??話ならいつでも聞くからね……♡?」


 悩みの種はお前だよ! とは言えない。……チキンだから。


「うん、ありがとう」


 浅川さんは、いいよいいよお礼なんて~! と騒ぎ出す。この人、久しぶりに人と会話できたことが、ただ嬉しいんじゃ……。


「ところで、おりべっちは、部活とか入るの……☆?」


 今から部活に入るなんて考えもしなかった。このタイミングで入ってくる三年生なんて、色々嫌だろ。


「うーん、もう三年の六月だし、さすがに入らないかな」


「そうなの!? つまり、入る部活は未定ってことだね☆☆ …………漫画研究部とか興味ない??」


 人の話を聞かない奴だな……。

 ……浅川さんは、漫研部員だったのか。……まあ、そりゃそうか。あんなノリ、漫研以外で受け入れられるとは思えない。

 ……そして、悔しくも興味がないわけでもない。漫研なら、引退試合やらで、周りに迷惑をかけるような部活でもないし。


「お誘いは嬉しいんだけど、引退までもうすぐだよね? ……それに、実はそこまでアニメとか詳しくないというか……」


 周りの目や、ある種の照れくささから、心にもないことを言ってしまった。

 ……昔からそうだ。どうして俺はこういう時に、素直に「興味ある!」と言えないんだろう。


「大丈夫☆ 引退は自由だからっ♡♡ あと、大事なのは情熱だよっ! 詳しいかどうかなんて二の次なのさっ☆」


 お、良いこと言うな。……って、感心してる場合じゃない。


「はは……。でも、実際厳しいかな。」


「ん、……そっか。ごめんね、無理に勧誘して」


 誘いを断ると、今まで元気だった浅川さんは、急にしおらしくなってしまった。こんな顔もできるんだな、この人。……ああ、ダメだ、こういう空気。


「…………部活中に受験勉強しててもいいなら、話は別だけど」


 "周りの目を気にする"、それに関連して、昔から、誘いをきっぱりと断ることができない性格だった。どうしても、断った後の、こういう空気が苦手で、つい妥協案も出してしまう性格なのだ。大抵言ってから後悔する。……もちろん今回も。


「ん! 勉強全然オッケーだよ☆! わたしもしてるし、というか部員私だけだし」


「一人かよ!」


 思わず突っ込んでしまった。……浅川さんのキャラクターをよく考えれば予想できることだった。

 ……ということはあれだ、俺は浅川さんと、受験まで二人きりで勉強をしなきゃいけないのか。……無理無理!マジで無理だ。


「ナイスツッコミ☆☆ ……んとね、この学校の人たちって、私とおりべっちみたいなオタクの人がいないみたいなの……しょぼん」


 原因は浅川さんの存在にあるのでは……。というか、さり気なく俺と浅川さんを同類に括らないでくれ。同じオタクでも、スライムと魔王ぐらいの差はあるぞ。


「でもね、織部くんが来てくれて良かったよ。……やっと学校が楽しくなれるかも」


 浅川さんは小声で呟いた。一瞬素に戻ったように見えたその姿に、思わずドキッとしてしまった。


「じゃあ、今日の放課後から部活開始だね☆☆ 西校舎に集合だぁ☆☆!」


 俺がうんともすんとも言わない間に、めでたく入部が決定した。



******



 休み時間。 突然、隣の席の男子から話しかけられた。


「織部君、織部君。ちょっといい?」


「え、あ、うん。ええと・・・」


「日比谷だよ。日比谷聡(ひびやさとし)。」


「ああ、日比谷君。よろしくね」


「よろしく。で、老婆心ながら忠告というかアドバイスというか・・・」


 浅川さんのことだろうな……。クラスの状況を見る限り、誰も浅川さんに話しかけようとしない。誰も話題にも上げない。まるで、腫れ物扱いだ。今こうして、日比谷君が小声で話しかけてきたのも、そういう理由からなのだろう。


「浅川さんのこと?」


「……そう。止めるわけじゃないけど、あんまり関わらないほうがいいかも、ってだけ」


「うん、そうだろうなって常に感じてる」


 俺は笑って答えた。日比谷君も笑った。彼も、別に悪い奴じゃないんだろう。


「まあ、何か分からないことがあったら、なんでも聞いてよ」


 親切心が心に沁みる。閉鎖的な環境とか思っててごめん。やっぱり、先入観は捨てて、実際に話してみないと、何事も分からないな。


 ……それはきっと、浅川さんにも当てはまるはずだ。



******



 放課後、さようならの挨拶が終わったと同時に、浅川さんが迎えに来た。


「おっしゃー!! まもなく部室行きの電車が出発しまーす☆☆ 危ないので私の肩にお掴まりくださぁい♡」


 クイクイと肩を揺らし、ここに掴まれと言わんばかりにアピールしてくる。こういうノリは本当に無理だ……。浅川さんのテンションに反比例するように、俺のテンションは下がっていく。


「あ、ごめん。俺は徒歩でいくよ。」


「もーいけずぅ♡ じゃあ私も人間に戻ります!トランスフォーム!」


 今はとにかく部室へ行きたい。部活が待ち遠しいわけではなく、この光景を衆人環視の下に晒していたくない。


 俺は、周りからの憐みの視線を浴びながら、学校の西校舎にある、漫画研究部の部室へ向かった。


「ここでーーーーーーーすドッカーーーーーン!」


 威勢の良いセリフとは対照的に、部室の中は、こじんまりとしていて、生活感のないほどに整理された漫画棚と、コピックペンや、ペンタブレットなどの、漫研として活動する際に必要であろう用具一式が綺麗に並べられていた。


「思ったより片付いてるな・・・」


「でしょ☆ 昨日頑張って片づけました☆☆」


 俺が来ることを想定して掃除したのだろうか?俺が部活に入ることは自己紹介の時点で確定していたのか。彼女の頭の中では。


 ……机の上をよく見ると、マグカップや、椅子に敷く座布団など、生活用品が二人分用意されている。よく見ると、浅川さんの席と思われる机の上にあるマグカップには、「れいな」と名前が書いてあり、俺の席と思われる場所には、「おりべっち」と書かれたマグカップが置いてある。……俺が漫研に入らない可能性を少しも考えていないのが凄い。


「このカップとかは、前にいた部員のやつなのか?」


 何気なく浅川さんに問いかけると、浅川さんは、少し言い淀みながら答える。


挿絵(By みてみん)


「あっ……。……そ、それは、今日の朝家から持ってきた、私がいつも使ってるやつです……。ぜ、全然、使うの嫌だったら、全然大丈夫、新しいの買ってくるから……」


 恥ずかしいときだけ素に戻らないでくれ。なんだか、こちらまで恥ずかしくなってくる……。通りで、マグカップも座布団も、デザインが似てるわけだ。


「い、いや、ありがたく使わせてもらうよ。わざわざありがとう」


「そ、そう……? 良かったー☆☆ じゃあ今日からキミの席はそこだね! お茶もお菓子もあるから、自由にくつろいでくれていいよ☆☆!」


 安心したのか、いつも通りに戻った。いつも恥ずかしがらせておくのもありかもしれない。


「じゃあ改めて自己紹介するね☆! 私は浅川玲奈! れいなでいいよ! 趣味はオタク系全般! 特技は……」


「特技は?」


「し、下唇で鼻の穴を、ふ、ふさぐ」


 恥ずかしいなら言うな。


「そのネタ、古いどころか、マイナーすぎて、誰も分かってくれないと思うけど……」


「あ、分かってくれた☆☆!? やっぱり君は逸材のオタクだよ☆!」


 しまった。知識をひけらかしたい欲求に負けてしまった。


「フッフッフ……。私はおりべっちがどれくらいオタクなのかを試していたのだよ☆☆」


 くっ……オタク特有の、知ってる知識をひけらかしたくなる習性を利用された。


「た、たまたま知ってただけだよ。……で、浅川さんは、いつもここで何をしてるの?」


「玲奈でいいよ♡! んーとね☆ お菓子食べながら漫画読んだり、たまに絵を描いたり、宿題したり……」


「……学園祭で、何か部誌とかは出すの?」


「……」


 浅川さんは黙る。


「……なるほど」


「ちっ、ちがっ! SNSとかにはたまーに上げてるから!」


 完全に趣味じゃねーか!家でできることを、ここでやってるだけだ……。


「一年生の時に出したことはあるんだけど……」


「……一人になってからは出さなくなった?」


「んー……、私が入った年の学園祭までには、もうここは私一人になっちゃってて」


 煮え切らない返事が続く。


「その年に一人で出したんだけど……、一部も手に取ってもらえなくて、辞めちゃいました」


 ……聞いてごめん、マジで。


「ま、まあ、どれだけ青春するかってところが肝心かなめなのだ☆!」


「……そこは達成できてる感じ?」


「……これからなのだ☆!」


 自分の非リア生活を棚に上げて言うのもあれだが、浅川さんに対する同情の気持ちが芽生えた。しかし、このポジティブさは見習わなければならない。

 

「……ちなみに、浅川さんは、どういう絵を描くの?」


「いい質問だね☆! ちょっと待ってね、たしかこの前描いたやつがこの辺に……」


 ゴソゴソ、と端に積み重なったノートの束をあさり始める。同級生の絵を見る機会なんてほとんど無かったから、割と楽しみではある。


「お、あった!」


 そう言いながら、一冊のノートを持って、俺の前に立ちふさがった。


「とくとご覧あれ! おりべっちよ!」


 勢いよく目の前に差し出されたノートには、全裸の女の子が、ノートいっぱいに大きく手を広げて、俺を抱きしめようとしている絵が描かれていた。


「エロ絵じゃねーか!」


 思わず口に出てしまった。しかし想像以上に上手い!


「ん……? あっ開くとこまちがっちゃった」


「……今度こそとくとご覧あれ!おりべっちよ!」


 さっきの全裸の女の子が、同じポーズで服を着ている……だと?


「人の絵を描くときさ、いきなり服着せて描いちゃうと、細かいところのバランスが崩れちゃうんだ。だから、身体の構造が分かるように、前のページに裸のラフを描いてるんだよね~……」




「ところでさ、『エロ絵じゃねーか!』って、何のこと……♡?」


 物凄い意地悪顔でこちらを覗き込んでくる。……やられた、絵なんて描かないから、完全にエロいイラストを描いてるんだと思ってしまった……。

 

「うわ、顔まっかっか! おりべっちもしかしてスケベさん?」


「やめろ! やめてくれ! 俺はこういう状況に慣れてないんだよ!」

 

「んー♡♡? こういう状況って、どういう状況……?? おねーさんに教えて……、ね♡?」


「……帰る! もう退部する!! 俺は家で勉強する!」


「わわわ、ごめんごめん! ちょっとからかっただけだって! もうしないから!」


 浅川さんは、ドアへ歩き出そうとする俺の腕を、一生懸命掴んで引き留めようとする。

 

「今の出来事は、もう忘れてください、お願いします」


「はーい☆ ……でも、本当の姿のおりべっちに、ようやく会えた気がするな」


 浅川さんは、そう言って微笑んだ。ヤバい、結構可愛いと思ってしまった。


 そして、俺は何を思ったか、無謀な提案を持ち掛けた。


「……部誌」


「ん?」


「今年は、部誌を出そう」


 どうして絵も小説も書いたことのない俺がこんな提案をしたのかというと、ただ単に、久しぶりに味わう、この青春のような、い~い感じの空気に酔っていたのだ。その青春ドラマの主人公になりきって、口が勝手に動いたのだ。見事、その場にふさわしいセリフが生み出された。さすがオタクである。


「……うん! 出す! 出そう! これからよろしくね! おりべっち!」


 嬉しそうにはしゃぐ浅川さん。この姿を見ていると、なんだかやる気が湧いてくる。今は何もできることはないけど、学園祭まで頑張ってみようか、と思わせられてしまう魔力を放つ、それが女の子の笑顔である。こうやって普通にしていれば、まあ、なかなか可愛い女の子として見えるんだが……。


「……よろしく、浅川さん」


 頭の中でぐるぐる駆け回る想いを胸にしまい込み、俺は浅川さんと握手を交わした。


「玲奈でいいよ♡」


「……浅川さん」


「恥ずかしがり屋さんめ☆」


「……退部」


「ごめんなさい」


「……やっぱり、話してみないと分からないな」


「ん♡? 何か言った☆?」


「……何も」


 これからどうなるかは分からないが、少なくとも、今までの退屈な生活よりは、楽しくなりそうだ。

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