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第九話之四「合宿するの?」

******



 どうにかガラスをガラスを覆う物ダークブラック・ハイマントで覆い、カチ、と、部室の電気を点けた。

 浅川さんは不機嫌になってしまったが、この非日常的な感じに、不覚にもワクワクしてしまう自分がいる。


「……とりあえず、一段落ということで、ご飯でも食べますか」


「……うん」


 俺達は、用意していたお弁当を広げ、ひとまず晩御飯の時間にした。腹も膨れれば、機嫌も良くなる。 女心なんて単純なもんさ。ネットで見た。


「あ、浅川さん。……これ、作って来たから、よかったら是非」


 様子を伺いながら、今朝作った、ピーマンの肉詰めやらなんやらを、浅川さんに献上してみた。


「あ、う、うん。……私も、作ったやつ、……どうぞ」


 浅川さんも、作りすぎたのか、巾着袋から個別に弁当箱を渡してくれた。

 蓋を開けると、レタス主体の中に、アボカドや海老の入った、女子力の塊のようなサラダが入っていた。


「あ、美味しい」


 口の中に入れた瞬間、レタスの水々しさが口の中いっぱいに広がる。そして、……まあ、アボカドの味と、海老の味。ドレッシングは特に無いので、素材の味がきちんと広がる。いや、普通に美味しいけどね。以上美食家俺のレビュー。


「そ、そう……? よかった、うん。おりべっちのも、美味しいよ……」


 浅川さんは、不機嫌なままでいたいのに、思わず嬉しそうな表情を浮かべそうになり、ああ私は今どんな顔をしていればいいのかしら、とでも言いたげな複雑な表情で、俺のおかずを褒めてくれた。


「それでさ。この後どうしようか」


「……合宿と言えば、トランプ」


「……二人で?」


「……嫌なの?」


「あっ、いやっ全然、やりたいです、ハイ」


 この空気の中二人でトランプやるのか?

 意地張って、もう後戻りできなくなった浅川さんは、その後もずっと複雑な表情を浮かべながら、俺の献上したおかずを食べていた。


 ご飯を食べ終え、俺達はトランプゲームに興じた。

 二人で遊べるゲームなんて、スピード以外に思い浮かばなかったから、俺達は、浅川さんの気が晴れるまで、ひたすらにスピードをやり続けた。



******



「……やめよっか」


「……そうだな」


 三十分後。ようやく、無益な時間が終了した。……そういえば、スピードの途中、トイレに行きたくなってきたんだった。


「ごめん、ちょっとトイレ」


「……あ、私も」


 空気が重いから、ちょっと一人になりたかったのに……。まあ、トイレで一息つけばいいか。

 俺達は、廊下側の壁の下に作られた、空気の入れ替え用の小さい引き戸の鍵を開け、そこから芋虫のように廊下に這い出た。廊下は完全に真っ暗で、俺達はスマートフォンのライトを頼りに、トイレの方向へ進んだ。


「……じゃ、終わったら、ここで待っててね。……絶対だよ」


「お……おう。大丈夫、絶対ここにいるから。……早くしてな」


 完全な暗闇。夜の学校がここまで暗く、恐ろしい場所に変貌するとは知らなかった。完全に震えている浅川さん(と俺)は、用を足したらトイレの入り口で待ち合わせることを約束し、各自のトイレへ入っていった。



******



「はぁ……。おりべっちのアホ」


 女子トイレ。おりべっちのせいで、予定はめちゃくちゃだ。本来なら、今頃はいい感じの空気になって、告白くらいされててもおかしくないはずだったのに。……別に、付き合いたいとかそういうんじゃないけどね。あくまでも、それくらい楽しい空気になるはずだった、ってだけで。……何が、三回目も同じだ、だ。思い出すだけでもイライラする。

 私は、トイレの鏡をできるだけ見ないようにしながら、適当な個室に入った。一応、下着もちゃんとしたのを選んだのにな、と確認しながら、静かに便座に腰を下ろした。

 

「この後どうしよ……。正直、何も考えてないなあ」


 いっそのこと、もう寝てしまおうか。なんて思っていた。


 ……その時だった。奴が姿を現したのは。



カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ



「……いやああああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 ドアの下の隙間から、奴が侵入してきたのだ。壁を這い上がり、縦横無尽に駆け回る。

 奴は私と目が合うと、逃げ出すわけでもなく、ただこちらを見て、じっと硬直した。

 校舎が真っ暗な時点で、私の恐怖メーターは既に限界ギリギリだったから、奴が目の前にいるにも関わらず、立つこともできない状態の私は、どうしようもなくパニックになってしまった。


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