第九話之三「合宿するの?」
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「……おりべっち、荷物多くない? え、それ木刀?」
「ん? ああ、絵の資料にね、もしかしたら使うかなって、あとこれも」
校内合宿当日。俺は、絵の資料として、あくまでも絵の資料として浅川さんが必要かと思い、修学旅行で買った木刀と、塩、銀の十字架、包帯、水など、何度も言うが、あくまで絵の資料として、色々と用意してきた。
「……あ、うん。……なんかごめんね、おりべっち」
「ん? いや、別に気にしなくていいよ、そんな重くないから」
「うん……。……まあ、どうしよっか、一応名目としては石膏デッサンだけど……」
「とりあえず、ガラスを覆う物の用意だけしとくか」
「えっ……あ、うん、そだね。部活終わってからじゃ遅いもんね。……変なこと言って、ごめんね」
なんか今日の浅川さん、元気無いな。……まさか女の子の日か?
そういえば、今月二回目だな。そりゃ、二回目となると元気も無くなるよな。
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「そろそろ隠れますか☆」
一八時五十分。野球部員と見られる生徒たちが、用具を持ってグラウンドから引き上げ始めているのを、部室の窓越しに確認した。
俺達は、荷物をまとめ、スカスカの本棚の中に隠した。次いで、さあ自分達も、と思ったところで、部室の構造に、一つ気が付くところがあった。
「……良く考えたら、隠れるとこ無いな、ここ」
この狭い部室には、身を隠すような場所は無かった。唯一、普段は布で覆われている、液タブに接続されているパソコンの陰に隠れることができるかもしれないが、そこはパソコンというサイズ感から、一人隠れるのが限界に見えた。
「一人はパソコンの裏だとして、もう一人は……、トイレとかに隠れたほうがいいかな?」
「いや、部室の外に隠れるのは、リスクが高いと思うな。完全に人気が無くなるまでは、部室で静かにしてたほうが……」
確かに、教師達が何時の間にここを見回って、どこまで確認するのかなんて、分からないからな。静かなぶん、音も響く。下手なことはしたくない。
「だけど、パソコンの陰に二人入るか……?」
とりあえず、浅川さんをパソコンの陰にしゃがませてみた。
予想通り、一人なら、問題なく隠れられた。ま、浅川さん小さいもんな。
「よっ……と」
浅川さんの後ろに続いて、俺もしゃがんでみた。その後、浅川さんに立ち上がってもらい、俺の姿を確認してもらったところ、首から上は完全に見えてしまっているようだった。
どうしようか考えているうちに、時刻は十九時を回った。ヤバい、そろそろ来るぞ。
「……! ど、どうしよう、おりべっち、そろそろ来ちゃうよ」
「うーん……、首を曲げても限界が……。…………あ」
一つひらめいた。俺は、パソコンの陰に隠れるように、寝っころがってみた。すると、上手いこと、前からはパソコンで、横からは、机が陰になり、絶妙に見えないように隠れることができた。
「おおっ! ジャンプしても見えないよ、おりべっち♪!」
「だろ! 浅川さんも早く来い!」
「うっ、うん! ……って、私はどこに寝ればいいんだろ」
あ。パソコンの陰、占領しちゃった。……振り出しに戻る。
――カツン、カツン
「! ……お、おりべっち、せ、先生来ちゃった!」
階段を上がる足音。一歩一歩の歩みが遅いところから、恐らく徳永先生だろう。隠れる代替案も浮かばないうちに、その足音は、階段から、廊下を歩く音に変わった。
「あ、浅川さん、俺の上、重なって」
俺は、ジェスチャーを交えながら、小声で浅川さんを呼んだ。
「えっ……う、上に、私、が? 抱きしめる、みたいに?」
浅川さんもジェスチャーと共に返す。そうそう、抱きしめるみたいに、しっかりと密着してね。
そんなことをしているうちに、足音はどんどん大きくなり、まもなく部室に到着することが予測できた。
「早く!」
「で、でも」
「二回抱きしめたんだから、三回目も同じだろ!」
「……!」
この言葉が効いたのか、浅川さんは、体育祭で倒れたときに抱きしめた時のような感じで、ぴったりと、俺の上に重なった。
――沈黙。俺は息を止め、先生がパソコン裏の異変に気づかないことをひたすら祈った。……冷静に、この状況がバレたら、確実にアウトだな。
「……誰もいないね? 閉めるよ? ……はい」
ガチャリ、と、徳永先生はドアを開け、部室に向けやる気無く声をかけた。ドアが開いた瞬間、正直終わったなと思ったが、中に立ち入ることはせず、そのままドアを閉め、鍵を閉めて帰っていった。
俺達は、不用意に音を立ててしまわないように、先生の足音が聴こえなくなるまで、抱き合った状態で動かないでいた。
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「……よし、そろそろいいかな」
先生が鍵を閉めてから、二分くらい経っただろうか。西校舎からは、完全に音がしなくなった。そろそろ、パソコンの陰から出ても大丈夫だろう。
「はは、ドア開けられた時はどうなるかと思った……。浅川さん、もうどいて大丈――」
「……最低!」
沈黙からの開口一番、俺は浅川さんに罵られた。……え?何で?
「ど、どうしたの? どこか触ってた……? で、でもさ、それは不可抗力と言うか」
「そういうことじゃない!」
「え、じゃ、じゃあ、どうして」
「……もういい!」
浅川さんは、感情を荒げ、廊下に響くんじゃないかってくらい大きな声で、俺への不満をあらわにした。
……分かんねえ。やっぱり女の子の日なのか? 俺には手が負えない分野だ。
とりあえず、落ち着くのを待とう。そう思って、俺はガラスを覆う物をガラスに張り付ける作業に入った。




