第九話之二「合宿するの?」
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「……悪いけど、僕忙しいからねぇ。漫画部の顧問もやってるけど、野球部の顧問がメーンだからねぇ」
一手目でゲームオーバーである。徳永先生は、野球部の顧問だったのだ。誰も漫研の顧問の成り手がいないから、仕方なく、野球部の練習後に漫研の部室の鍵閉めをしているらしい。
……もちろん、顧問無しで校内合宿なんてまず通らない。だが、浅川さんは諦めなかった。
「いや~、そこをなんとかなりませんかねぇ……? 書類さえ書いて頂ければ、後はこちらの責任で勝手にやりますので、はい……」
「さすがにねぇ……。ちょっと無理だねぇ。……それに、漫画部? で校内合宿って、何するんだい」
至極当然の質問である。確かに、何するんだろう。正直、水着でエッチなイベント以外に、何も思いつかないというのが本音である。
「え、あ、うーんと、一日耐久石膏デッサンです!」
浅川さんは、今考え出したようなプランを先生に提示した。ごめん、それなら俺帰るぞ。
「石膏? ……ああ、あれか。……そうだねぇ、あれ、持ち帰っていいから、君たちの家でやりなさい」
「あ、家ですか! いいかも……? ……や、それはそれでいいんですけどね、今回はですね、あくまでも校内合宿という形でですね~……」
その後の浅川さんの説得も虚しく、当然だが、校内合宿の許可は下りなかった。
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「もー頭固いよ徳ちゃん! アニメなら、顧問なんていらないのになぁ~……。ぷん☆ ぷん☆ だ!」
「徳ちゃんって……。ま、許可が下りないんじゃ無理だろ。家で石膏デッサンやるか?」
「それは今度やる! 私は合宿もしたいの! 合宿! 合宿! 校・内・合・宿!」
よく分からないが、いつも必死ではあるけど、ここまで必死なのも珍しいな。合宿をやらないと、どこかのアニメよろしくエンドレスな夏休みに突入してしまいそうな勢いだ。
……まあ、今までずっと、アニメや漫画で合宿を見ていて、「合宿」というイベント自体に、憧れがあったんだろう。高校最後の夏休み、思い出作りに一度は体験しておきたい、というところか。
だけど、無理なものは無理。代わりに、今度旅行しよう、玲奈。
「こればっかりは無理だよ。……もう諦めよう。勝手にそんなことできないよ」
「うう……。おりべっちの意地悪。鬼。悪魔。ケダモノ」
なんでそこまで言われなきゃいけないんだ……。漫研が合宿するわけないって言ってたくせに、勝手に舞い上がった自分が悪い。だからさ、旅行行こう、玲奈。宿は俺が探すから。
「そんな落ち込むなって。合宿なんて、実際辛いだけだぞ。……だから、まあ代わりといっちゃあちょっと違うかもしれないけどさ、りょ、旅行とか――」
「……『勝手にそんなことできない』、か……。勝手に。……無断」
「どうかなー……って、何?」
「……どうして気づかなかったんだ、私!」
俺の誘いは、古臭い刑事ドラマのワンシーンのようなセリフによって掻き消された。え、何、今度はどうしたの。
「顧問がいないなら、無断でやればいいじゃない☆」
浅川さんは、どこぞの王妃よろしく、頓珍漢なことを言い出した。
「いや、分からない、ごめん、マジで、意味が分からない」
浅川さん曰く、徳永先生が鍵を閉めに来る一九時頃までに、電気を消して俺達は部室内に隠れる。そうすると、徳永先生はもう高齢なので、中に誰かがいるなんて全く気付かずに、鍵を閉め、帰る。
その後、光が漏れるであろうガラスには、黒い布や厚紙を貼り付け、外からは完全に無人に見せかける。もちろん、西校舎内に人は立ち入らないので、結果、俺たちは無事合宿を開催することができる、という作戦だそうだ。
「……いや、ダメだろ! バレたら停学じゃ済まないだろ!」
「バレる可能性はありません。他に何か質問があれば受け付けます」
冗談としか思えない話だが、浅川さんの顔は大真面目だった。
「……悪いけど、俺は参加しないぞ。やるなら一人でやってくれ」
もしも退学なんてことになったら、ただただ平凡な俺は路頭に迷うだろう。こんな下らないことで、ここまで大きなリスクを背負いたくない。
……しかし、浅川さんは、まだ何か秘策があるような顔をしている。なんだろう、嫌な予感がする。
「……夜の学校に、こっそり侵入」
「……ん?」
「……その日、世界中にゾンビウィルスが撒き散らされた」
「……は?」
浅川さんは、至って真面目な顔で、何かのラノベのあらすじのようなことを語りだした。
「その日の夜の内に、人類全員が感染。朝には、市街地はゾンビ化した人間で溢れかえっていた」
「…………」
「そのウィルスから逃れられたのは、たまたま部室にあった、特殊な布でガラスを覆っていた私達だけ――」
「――私達は、ゾンビと戦うために、武器を持って立ち上がった」
……何を言い出すんだ、急に。そんなB級映画みたいな展開、あるわけ――
「……誰も使わない西校舎、人目に付かなく、戦闘が起こっても、周りへの被害は少ない」
「…………」
「それは、この地に潜むサキュバスを密かに退治する、超高等魔法使い達にとって、都合の良い環境だった」
「…………」
「作戦決行は夜。いつものように、誰もいないはずの西校舎に、魔法使い達は、サキュバスを追い込んだ」
「……ごくり」
「しかし、あと一歩のところで、魔法使い達は、気の緩みから起こった連係ミスにより、深手を負ってしまう」
「…………」
「そこに、肝試しに興じていた私達は偶然立ち入ってしまう。目の前には倒れた魔法使いと、伝説のロッド」
「それを拾ったのは、おりべっち――」
……プッ。我慢の限界だ。下らなさすぎて、思わず笑ってしまった。なんだ、黙って聞いていれば、中二病患者が好きそうなストーリーで俺を誘惑しようってのか?
呆れて笑いしか出てこない。俺も舐められたもんだな。高校三年にもなって、いつまでもこんな妄想をしているわけないだろうが。
これが、浅川さんの秘策だとしたら、もう、合宿は諦めたほうがいい。……まさかこんな与太話に付き合わされるとはな。俺は執筆活動で忙しいってのに。
……ただ、まあ、浅川さんがここまで合宿に執着している、というのも、少し心配な気がしてきた、ような気がする。
「……仕方ないな。浅川さん、このままだと一人でも合宿するとか言いそうだし、……いくら学校でも、それは危ないと思うんだよね。それに、浅川さん一人じゃ、変なドジで先生に見つかりそうで、ちょっと心配だから、……あくまで心配だから、監督役として、一応一緒にいてあげるよ、一応ね」
「えっ♪? ほんとに?? やったー! じゃあ、お願いしてもいいかな……?」
やれやれ。全く、浅川さんには骨が折れる。今日部活が終わったら、武器……じゃなかった、必要な道具でも買いに行くか。




